二百十三話
「ああ、ちょっと待ってなー」
ヒョイっと俺は飛び上がり先ほど見かけた所で舞い戻りプリズムカブトを掴んで持ってくる。
キラキラ光るカブトムシってだけだから何の害も無い。サイズも普通のカブトムシだし。
「ほら」
「わー!」
エミロヴィアに渡すととても嬉しそうな顔をしたエミロヴィアがゲコゲコって感じで喉を鳴らしている。
この辺りは実にカエルって感じだ。
で、エミロヴィアはプリズムカブトを口に放り込んで舌で転がしてから飲み込んだ。
「んー……すっごく美味しいんだな! ごちそうさまなんだな!」
「どういたしまして」
やっぱりエミロヴィアは昆虫食なのか。
本当に食べてるな。
「お陰で前より力が出るようになった気がするんだな。まだこの辺りには沢山虫さんが居るんだな。オデ、強くなる為に沢山食べるんだな」
ムーイがお菓子を食べて強くなるようにエミロヴィアも少し強化された感じだな。
どの程度強くなったのかは分からんけど、一食の食事量では目に見えた強さにはならないだろう。
「あんなに酷い事をしたのにありがとうなんだな。お礼を言うんだな。この前はごめんなさいなんだな」
「謝ったんなら良い。次は襲ってくるなよ」
「わかってるんだな!」
ちょっとこっちを信用したのか、それとも素直なだけなのかわかんないけど返事は良い。
「貰うだけだと悪いんだな。何かこっちもお返ししたいんだな」
「んじゃ植物を操れるならなんか美味しそうな果物とか出せないか?」
「わかったんだな。虫さんが沢山集まる植物の実を出すんだなー! きっとお前も美味しいと思うんだな」
っとエミロヴィアが手に力を集約させるとモコモコと地面から……蔓が伸びてパカっと実が伸びる。
木イチゴとも違うスイカみたいな実とでも言うのかな?
スイートレッドベリィって実みたいだ。
めっちゃ甘い匂いがするぞこれ、試しに少し啄むとイチゴのようなそれでありながら深みのある味が口に広がる。
しかも超甘い。
ムーイ基準だとこれだけでお菓子と認識出来る代物だろ。
手土産には良いな。
魔物の能力である収納をしておく。
「助かったよ。良い土産になりそうだ」
このスイートレッドベリィで色々と作れるだろうな。
ジャムだろ? パイだろ? ケーキの具にも良いし応用の幅は沢山ある。
まずはムーイに試食させて複製させるのが先だけどな。
舌が馬鹿になる次元のお菓子が出来るだろうな。
しかし……しっかりと礼を出来る奴なんだな。
平和主義だし……このままお持ち帰りしたい様な気がしてくる。
良い人コレクションに入れるか、もう少し話をしてみよう。
「良かったんだな。あの赤ん坊は大丈夫なんだな?」
「ああ、元気に立ち上がれるように成長してるよ」
「それは何よりなんだな」
エミロヴィアは追加の虫を捕るために植物操作で仕掛けを作っているようだ。
まだまだ虫を食べたいのだろう。
「虫ってそんなに美味い訳? というかどういう基準でお前の場合、力が漲る感じ?」
「んっとな。あんまり見ない虫さんだったり凄く強い虫さんだったりすると味が濃いんだぞ。さっきの虫さんはあんまり見ないし皮が美味しかったんだな」
よく見る虫とかは食べれるけど好みじゃ無いとか食べ飽きたって感じなのかね。
ムーイにお菓子を与えるとして……何食わせても美味しい言うから検証してなかったな。
材料の段階で味見させてよく分からないって顔や不味いって顔はされた事あるけどさ。
ふむ……ここでちょっとしたいたずら心が疼いてしまった。
「んじゃさ?」
俺はエミロヴィアの目の前で解析したプリズムカブトの要素を羽と外皮を変化させる。
オマケに下半身をブラッドウォームに変化させて内臓部分の一部を糸を作る部分も模倣。こっちはポイズンマジックスパイダーにする。
こう……思うだけで形を模倣出来るって本当、化け物みたいな能力だよな……健人が時々言うだけの事ある。
ポイントはそこそこ使うけど損にはならないから良いだろう。
「お前からすると今の俺ってどう感じるのかな?」
「あ……な、なんだなぁああ……」
くんくんと匂いを嗅いで俺を見たエミロヴィアが自らの頭を両手で抱え込み白目を剥いてもだえ始める。
涎をこれでもかと垂らしながら俺を極力視界に入れないように、本能に抗うような……ブルブルと震えて居る様は毒にでも当たったかのようだ。
「お、お前……それ、や、やめて欲しいんだなぁ……こ、このままだとオデ、おかしくなっちゃうんだなぁあああ……ダメ、ダメなんだな。食べちゃダメなんだなぁアアア……お前は食べちゃ、ダナんだなああ。はやく……はなれて欲しいんだなぁあ……」
うわ……めっちゃ苦しんで葛藤してる。
俺は食い物じゃ無い。食べちゃダメだって理性と欲求を相手に戦わせてしまった。
なんとなく食われても俺、平気なのが分かるんだよな。
寄生能力を持ってるから食われたらそのまま寄生して操れると思う。
酷い発想だけどエミロヴィアを生け捕りにするには良い方法ではあるのだが……こうして抗ってる手前、その手は使いたくないな。
俺は食べ物では無い。殺してはいけないって思ってる証だ。
この場で俺を襲っても誰も見てないんだからバレない。仮にバレてもそれはフレーディン辺りだろう。
にも関わらず自身を律する姿は立派なものだ。
「悪い悪い」
変化を解いて昆虫が混ざらない姿になる。
するとエミロヴィアも食欲が刺激されなくなったのか涎が収まり落ち着きを取り戻した。
「びっくりしたんだな! オデが抑えてなかったらお前は大変な事になったんだな」
「悪いって言ってるじゃないか」
「酷すぎるんだな!」
ぷんすか怒ってるけど、なんか微笑ましく見えてしまう。
セリフからして食ったらヤバイと判断するのは無さそう。
マンイータージャイアントグリズリーの体を乗っ取っている方法は分かって無いか。
「ちなみに俺と同等の虫が食えたらどんくらい強くなれるんだお前?」
「きっと凄く力が漲って収まらないと思うんだな! だけどお前はイヤなんだな! 食べ物にしちゃダメなんだな!」
「ははは」
「おかしく無いんだな! 自分を食べ物として並べるって変なんだな!」
いやー本当、笑いたくなる。
お菓子を待ち望むムーイみたいで本当、憎めない奴だよお前は。
食べ物として並べたんじゃなく食べ物に擬態して寄生しようとしたんだけどな。
試して悪かった。
少なくとも俺が気に入るくらいにはエミロヴィアは善良だ。
「それでお前の兄貴は何処にいるんだ?」
エミロヴィアに戯れてたらフレーディンも出て来るかと思って周囲を警戒してるけどそれっぽい奴は出てこない。
「わかんないんだな」
「ふむ……」
まあ、何処かで遭遇する事はあるかもしれないが……待つのもどうかと思うしな。
フレーディンとエミロヴィアの首というか力の源を手土産に持ち帰るとか……偵察に出たのに目標を仕留めるとか藤平じゃあるまいし。
奴の場合は仕事も杜撰だったけどな。
俺も斥候としての調査があるのでエミロヴィアに絡むのはこれくらいにしておくか。
「そうか、んじゃ色々と話が出来て良かったよ。誰かに迷惑を掛けないようにな」
「わかってるんだなー」
俺はパタパタと羽ばたいて飛び上がり、エミロヴィアに手を振って偵察の仕事へと戻ったのだった。
周辺の魔物の捜索をしているうちに日が暮れてきた。
俺自身の能力が上がっているお陰で解析はすんなり終わって行くので……後はLv上げとかそんな所かなー。
まだまだ俺はLvが上げられるのが健人との大きな違いなのでやっておきたい所ではある。
そんで……件の迷宮種なんだが、もっと低空飛行で探さないと難しいか。
森の中に入って探し回ったけど生憎発見には至らなかった。
地形に関しちゃ空を飛んでいる手前ある程度は把握出来たんだがな。
なんて思いつつ俺は一旦みんなの元へと戻った。
村に空から入る。
結界が機能している影響か見づらいのが難点といえば難点だ。
一応、最初のアクセスで認識出来るようにはなったんだけど。





