二百十一話
「あんよが上手、あんよが上手」
「キュアアアアア」
ラウがご機嫌な表情で楽しげな声を出していた。
転びそうになるのをサッと支えてしばらく歩行を繰り返す。
やがてまだ馴れないのかドスッと座り込んでしまった。
「ラウがもう歩ける様になったかー」
本当に成長が早いようで驚きだな。
歩くことも出来ない赤ちゃんだったラウがここまで成長するとはなー。
なんて喜びをかみしめてしまう。
「さて……んじゃ件の迷宮種の討伐をするとして、俺の兵役経験から来る賞金首の討伐手順で行こうか。健人もその辺りは分かるよな?」
「んあ? まあ、俺もあっちじゃかなり戦いの連続だったからなぁ……獲物を見つけて討伐」
それはギルドでの評価の高い上位冒険者の方法だろ。
先代の異世界の戦士だからか、所属していた国の違いかわかんないけど大雑把な。
「……まずは斥候、少人数での偵察。相手が何処に居て、周囲がどんな地形で魔物がいるか等の把握と相手の状態の観察。相手の強さの分析だ」
藤平にギルド規則で注意した事を思い出す。
この偵察任務さえも藤平は失敗したんだよな。
「相手を倒しに行こうとして罠に掛かったり道中の魔物との戦闘中に相手に奇襲とかされたら堪ったもんじゃないからできる限り損害を出さない為に必要な手順なんだよ」
「あーそこまで基礎的な奴かよ。そりゃあ俺もその程度はやるけどよ」
「大事な事だぞ? 件の迷宮種が何処にいるかも分からず闇雲に奥地に行って魔物を倒しているうちに損耗してる所に遭遇したら大変だろ。例えばムーイが腹ぺこになった時に遭遇したら出る力も出せないし」
「それでも頑張るぞー」
「無駄な頑張りってのもあるんだよ」
ムーイは学習能力は高いけどこういう所はまだ未熟だからなぁ。
「ユキカズ、前は戦う魔物を選ばずに行ってたのにダメなのか?」
「あの頃はムーイよりも強い相手がいなかったのもあるけど、魔物と戦う事が目的だったろ。今回は迷宮種だからできる限りの準備をしたいの」
気配でムーイは相手の強さを分かるらしいしムーイ自身が強いけど準備はするべきだ。
エミロヴィアみたいな弱い奴では無いのだろうし。
「とりあえず斥候向きは俺だな。健人もリイもその辺りは得意だろうけど、俺より機動性は無いだろ」
リイはオウルエンスで身のこなしが軽く、少しくらいは羽ばたいて滞空出来るらしいけど常時飛べる俺に比べたらな。
「まーお前の特技とか能力を考えたらそうだろうな」
「ユキカズ大丈夫なのか?」
本当、ムーイは俺の心配ばかりするな。
カーラルジュの時の事を何時までも気にしてる。
「あの頃の俺とは全然違うんだから安心しろ。最悪姿を隠して逃走出来るからな」
カーラルジュの固有能力らしい隠蔽状態で逃げれば襲撃者は見つけるのは難しい。
熱センサーで判断している奴なら怪しいけど目視や匂い、気配は遮断して動ける。
エネルギー的に使用出来る状態での行動が好ましい。
「何より周辺の魔物を解析しておけばその分、俺は強くなれるからな」
変化に必要なポイントは魔物を倒して得られるものだけど変化するための解析は目視しなくてはならない。
俺自身が強くなっているから解析も格下ならすぐに終わる。
「一番小回りが利くんでな。ちょっと飛んで周囲の把握をしてくるよ」
ふわっと羽を使って浮かんで見せる。
こう……何度も思うけど魔物となった点で良いと思う所だよな。自由に空を飛べるってのは。
「あいよ。こっちは高みの見物……じゃねえけど村の周辺警備でもしておくぜ」
「ムーイも大人しくな。ラウも良い子にしてろよ」
「わかったぞ。ユキカズ、絶対に帰ってきて」
「キュ」
「安全に帰還してくださる事を切に願っております」
って事で俺は背中の羽を羽ばたかせて颯爽と飛び上がり、村の結界を超えて偵察へと出かけたのだった。
「へー……この辺りにもソードファルコンが居るのか。フライアイボールとかその系統の魔物とかもいるのかね?」
空を飛びながら周囲を確認していると懐かしのソードファルコンが素早く飛んでいるのを確認した。
今の俺からすると格下の魔物であっちもそれを本能的に察しているのか襲ってくる気配はしない。
遠目で確認していると、凄い速度で分析が進んで居る感覚がある。
羽ばたく速度的にソードファルコンとかの翼に羽を変えた方が良いかな?
少なくとも機動性は上がりそう。
まあ……この体の上半身は変身不可で羽が背中に生える訳だけど。
地味に制約が厳しく感じてしまう。
尻尾もな……思い通りに動くし困っては居ないけど変化出来ない。
二本の尻尾だもんな。
割と思い通りに動く3本目4本目の手って感じ。
「しかしまー……本当、飛べる事で得られる情報量って多いよなー」
こういう地形把握は非常に便利だと思わざるを得ない。
まあ、俺も人間だった頃はバルトにお願いして把握して貰ってたもんな。
バルトかー……懐かしい。アイツが居たから色々と助かった時が無数にある。
俺が限界を迎えた時に飛野に後を任せたけど、どうか無事でいて欲しいもんだ。
……そもそも再会出来た時にアイツは俺を認識してくれるのか非常に怪しいけどさ。
今の俺はとてもじゃないが人間とは言えない化け物みたいな状態だし……。
異世界の戦士には変身能力ってのを得られるようだけどコレは限度を超えてるもんな。
っと、地形把握をしつつ出て来る魔物の調査調査っと。
この辺りはー……なんて言うんだろうか、森と山が多めの勾配が地味に激しい地形だな。
出て来る魔物は……ワインレッドクイーンパンサーとかジャスパーグリーンブレードウルフ、スマルトホーンディアー……タンジェリンオレンジディノイクス……探すと結構色々と魔物が居るんだな。
あ、ナイルブルーポイズンマジックスパイダーやベゴニアデッドリーバタフライ、その幼体のベゴニアデッドリーワームとか昆虫系も豊富か。
木に止まって休憩していたらプリズムオオカブトってキラキラ光るカブトムシを見つけた。無害な昆虫って感じでなんか高く売れそうな奴。
鑑定まがいに見てたら地味に解析に時間掛かった。
ハイロイヤルビーなんてハチの巣もあったな。めっちゃ大きいスズメハチだったぞ。
日本人の感覚だとウワ……ってなる大きさだ。刺されたら洒落にならないし飛び回る。
腹の目を開いて解析解析っと……。
じー……。
「……」
ビクッと空を飛びながら見ていると俺の視線に気付いて顔を上げる魔物もいるのだけど、手が届かない所にいるからか威嚇をしてくる奴もいれば、魔眼がオート発動して凝視したまま動けなくなる奴も出て来る。
ナイトブルーポイズンマジックスパイダーなんかは見られるのが苦手な様で震えている様だった。
アレか、野生の昆虫って目の模様が苦手って話を日本に居た頃に知識として仕入れた覚えがある。
兵役時代に似た魔物の対処方法を座学で学んだ。
昆虫系は駆除をする場合は薬草とかを調合して殺虫剤を作り燻して弱体化するのが適して居るとかだったっけ。
何にしても今の俺はそこそこ強くなった影響か強敵と認識されているようで近づかない限りは襲ってくる様子はない。
気配を消すとか何らかの偽装をしたら襲われる可能性はあるけど……今の体は随分と強くなったもんだなー。
そもそもトライデントロックバードとか大型の魔物じゃないと狙っては来ないか。
鈍足の魔眼とか麻痺の魔眼とか発動させれば十分解析は進むしな。
手頃な手土産に大型の魔物でも見つけて隙を見て寄生、乗っ取って村に持ち帰るとかも出来なくはないと思うが……目的は斥候で周辺の偵察だ。
あ……目玉系の魔物であるフローデスアイボールとかもこの辺りには生息してるみたいだ。
「……」
視線が交差するとこっちを味方と認識したのかパチパチと瞬きした後、何事も無いかのように飛んで行ってしまう。
こんな姿でも味方と認識するもんなんだな。





