二百十話
「んじゃ、お菓子でも作りますかね」
「キュー」
って事で俺は寝起きのムーイ用のお菓子作りをしていたのだった。
練乳は単純にミルクを煮詰める事で作れるから良いな。
冷凍光線で氷を精製してかき氷とかにも使えるし、用途の幅がそこそこある。
ムーイに覚えて貰う調味料にぴったりだ。
パンは……村の人たちが主食にしているものを確認したら俺の想像するパンとは異なったのでミルクフランス用のパンを自作して焼いておいた。
一次発酵から二次発酵、それから成形して焼く……うん。日本に居た頃に比べたら驚くほど手際よく作れるようになったなぁ。
バターも確保したから匂いも味も良い……普通にだけど。
どうもパンとかだと普通って表現する程度しか俺の料理は上手くいかんなー……やっぱり。
もっとこの辺りは手慣れて行けば美味くなるのかね。
あんまりこんな所に力を入れたくない気持ちが強いな。
「キュー……」
あやしているうちにラウも眠くなったようで眠ってしまった。
元気に成長してくれて何よりだけど、なんだろう……気の利く赤ん坊へと成長してきているような気がしてきた。
将来が末恐ろしい赤子ではない事を祈るばかりだ。
なんて感じでムーイや健人達が起きるまで俺は適度に菓子作りをしていたのだった。
「んまんま……ユキカズ! 今日もお菓子美味しいぞ! この練乳ってのもこれだけでも食べれる! ミルクって凄い万能なんだな!」
「砂糖とも違う味わいであるのはそうだな」
ムーイは俺が作ったお菓子をパクパクと夢中になって食べて居る。
それとは別に健人達も村での朝食を取っていた。
「んで、雪一が仕入れた情報だとこの辺りに迷宮種が少なくとも4体居るって事か」
「そうみたいだ。これからの戦いとかを想定したら寄り道をしておくのが好ましいのかね?」
「先を急ぎすぎてお前等が聖獣に勝てなきゃ本末転倒だしな。雪一も良さそうな寄生する魔物を確保するのも手だろ」
まあ、少なくともマンイータージャイアントグリズリーで聖獣に勝てるかというと否だろうとは想像に容易い。
それで勝てたら苦労しない。
「ユキカズがオレに寄生すればきっと前よりもっと強くなるぞー」
なんかムーイが寝言を言ってる。
そんな事をホイホイするわけないだろう。
「ムーイは俺よりもムーイ自身の体を使えるだろ」
どうにもムーイは寄生する事に関してマイナス的に感じて居ない節があるんだよな。
「理想はムーイ並に強い奴の体を操るか、ムーイ並みに俺が強くなるか……理想は後者だな」
今の俺の体はかなり強くなったとは言ってもムーイには敵わない。
もちろん兵士としての戦闘経験とか技術で多少はムーイよりも上手く戦えて居る所はあるけど日々の稽古や簡単な組み手をするだけでムーイに技術の面で押されている。
こう……戦闘センスがムーイは高いんだ。
戦いの申し子と評価するのに等しい。何せ元々所持するスキルに天賦の才があるくらいだ。
異世界の戦士、日本人として異世界ボーナスが無かったら俺なんて凡庸も良い所だしな。
とはいえ魔物に変異してしまった俺の体の成長性も相当だろう。
単体でもかなり戦える様になっている。
ムーイに追いつけるほどの強さになりたいもんだ。
「むー……」
ムーイが提案を却下されて納得しかねるって顔をしてる。
才能から来る直感って奴があるのかもしれないけどさすがに寄生をムーイにするのはな。
「そんじゃどうするんだ? 雪一」
「ま、この村の問題解決とムーイの強化って意味も兼ねて迷宮種の討伐が無難かな。話によると退治したらお礼はくれるそうだし」
この世界でも通貨は存在するようだし、報酬は約束してくれている。
まあ……俺は神獣の加護があるから無一文でも食べ物とかいろいろな物資を提供してくれるらしいんだけどさ。
なんか生け贄とか求めたらそのまま差し出されそうな雰囲気があるんだよな。
リイの村みたいに単純に感謝の気持ちがあって付き合ってくれるのなら良いんだけど怖がられても居る感じがしてちょっと居心地が悪い。
俺はお前達の神様か? って感覚だ。
その点で言えば頼まれた事をするだけで相応のお礼を貰えるってだけなら付き合いとして正しい。
「話は通してある。後は健人やリイがどうしたいかって所かな」
「ユキカズ、オレはー?」
「ムーイはどうしたい? ムーイの事だからここの人たちが困らない様にしたいって言うと思ってるが」
「うん。困ってるなら力になるぞー」
ムーイの返事が非常に好ましくて嬉しく思う。
出来ればそのまま良い人でいて欲しい。
迷宮種を倒して強くなるのが得だからなんて俗物な思考をムーイはしなくて良いんだ。
……なんか理想を押しつけてしまっているな。
身勝手な理想を人に押しつけるなんて良くないよな。
ああ、ブル……俺はどんどん汚れてしまっているような気がする。
早くあの善人の顔を見て心を浄化したい。
俺の心が真っ黒になるまでにお前に再会したい。
「……? ユキカズ、どうした?」
「なんでもない。ムーイは良い人に育ってきたなー」
「えへへー? そう?」
「ッキュー」
ラウも良い子に育って欲しいもんだ。
なんか俺とムーイのやりとりを呆れるような目で見てるような気がしてしょうがないけど。
「私としてはお力になりたいと思いますが、何分……皆さんに比べたら力不足な所が多分にありますので……ハッキリとは言いづらいですね」
「とか言いつつ無茶をリイはしやがるから油断出来ねえんだけどな。いざって時に庇おうとしたりするから注意するんだぞお前等」
「戦闘に入ったらラウを守って貰うから無理はしないで欲しいんだけどね」
とはいえ無理に庇おうとする相手なんて……健人とムーイと俺だと俺って所なんだろうなぁ。
できる限りは魔眼で援護をして敵の接近は抑える路線だけどさ。
エミロヴィアがノコノコ来た時も俺が即座に抑え込んだし……。
「ッキュ!」
ラウはムーイの口から胸辺りを指さして自分を指さしてる。
砂嚢に収めれば自分を守らず戦えるとでも言いたいのだろうか?
寄生提案をするムーイ叱り、ラウも似たような受け入れがたい戦法を提案してくるな。
「ムーイ。わかったか? アレがお前の寄生に関する俺が感じる提案だぞ」
「え? んー……そうなのか?」
ムーイも鈍感な所があるからかラウの考えがよく分かって無かったっぽい。
前に自らムーイの口に入ろうと手を伸ばしてた事あっただろ。
「守るって事だと確かにオレからすると安心出来るけど、敵から強力な攻撃が来たら確かに恐いぞー」
カーラルジュに腹を抉られた時みたいな事が無いとは言いがたい。
そんな攻撃を受けたらラウだって生きてないだろう。
受け答えがしっかり出来る様になったと言ってもラウは赤ん坊なんだ。
「という訳で、ラウはリイに抱えて守って貰うのが良い」
「キュー……」
「任された手前仕事は全うしますが……そこまで信用がないのですね」
「信用が無いんじゃなくてやりかねないしやられたら困るって話だぜ。俺を含めた全員が誰かに死なれるのは困るんだよ。何よりイイ女に死なれるのは俺は絶対に嫌だね」
健人のお気に入りだもんな。
リイは。どうも咄嗟に誰かを庇ってしまうのか。
確かにラウを庇ってたもんな。しかも真面目だし。
「ン……キュー!」
で、ラウは提案を却下された事に関して不満はそこまで無い様だけど立つ練習をしていて……よろよろとしながら、ムーイを支えにして立ち上がった。
「おー」
思わず拍手をしてしまった。
日本で言う所のタッチをラウは出来る様になったかー経験値が入って成長が早まってると言う話だったけど本当に立ち上がるのが早い。
「ラウが立ったぞーユキカズ! ケントー! リイ!」
ムーイも俺の拍手を見て合せるように拍手をする。
「成長したな」
「そろそろ立ち上がる頃とは思って居ましたが良かったですね」
「キュー」
よちよちと頼りない足取りだけど俺の方へ手を伸ばしながら歩いてくる。
俺はラウの手を握って後ろ歩きをして歩行の練習を付き合う。





