二百六話
「ケントが追いかけていった奴の方が強くてな。それでもオレの半分くらいの力しかないのが分かるぞーカーラルジュはなーオレよりもう少し下だったから大丈夫だぞー」
つまり……アイツはカーラルジュよりも弱くて、今の俺でもどうにか出来そうな相手だって事ね。
健人もいるし、追いかけるんだから大丈夫って事か。
「とにかく、ササッと健人達を追いかけるか」
「ええ。ラウさん。どうか落ち着いて!」
リイが暴れるラウをあやしつつ、俺はマンイータージャイアントグリズリーに巻き付いた蔓を振り払いつつ寄生をしようとした所で闇の中で浮かぶ名前に目が行く。
「その子、大丈夫なんだな?」
「……」
リイが気配に短剣を投擲、俺は思わず羽を広げて急接近し、二本の尻尾で首を締め上げ腕を逆手にさせて抑え込む。
兵役仕込みの人間には通じる捕縛術だ。尻尾の方は別だけど。
「あいた!? イデデデデ!?」
「……なんで逃げたお前がそのまま戻って来てるんだよ」
間抜けとかそんな次元じゃないだろ。襲撃に失敗して逃げたのになんで戻って来てこっちの心配してんだコイツ。
馬鹿なのか?
「様子が変だったから聞いただけなのにいきなりこれは、ひ、ひどいんだな」
「いや……魔物をけしかけてラウがおかしくなってるのはお前等の所為だろ」
「兄貴の使った力がきっとこの子に影響を受けちゃってるんだな。オデ達はちょっと驚かせて食料を少し分けて貰おうと思っただけなんだな」
「人のものを取るって悪い事だろ」
「悪い事なんだな?」
あ、この無知具合、ムーイと同じタイプのお馬鹿さんかコイツ!
「人が困るような事をすると今お前が受けたような報いを受けるって事だよ。人が嫌がることはするな!」
「それは困るんだな! で、でも助けて欲しいんだな!」
「なら報いを受けろ。確か迷宮種って災害指定の化け物だったな。ムーイは別だが」
と、リイに確認を取ると頷く。
「はい。ですが……」
「何かあるのか?」
「その方は本当に迷宮種なのですか? かなり大柄ですがグフロエンスに酷似していらっしゃるので」
「グフロエンス?」
「はい。私も数回しか見た事はありませんが……確か南方の方を住処にしている種族かと、ですが……確かに所々違いますね。こう……神獣の申し子様とムーイ様が私達に配慮した姿をしていた時のような違和感があります。あの方々が大事にしている鞠を持っておりませんね」
あ、この世界に似た人種がいるって事なのか?
「ああ、コイツは迷宮種エミロヴィアって名前だ」
「な、なんでわかるんだな!? オデの名前!?」
「それは……まあ、俺の能力とでも思え」
「す、すごいんだな! そんなすぐに分かるなんて思いもしなかったんだな」
うーん……なんかコイツ、間抜けというか緊張感の無い奴だな。
「で、なんでお前は俺達を襲撃したんだ?」
「そ、それは兄貴がお前達が食料を持ってるから頂こうって言うからオデも手伝ったんだな」
ぐぐっと俺の拘束を抜け出そうと力を込めて抵抗しているけど迷宮種・エミロヴィアは大して強く無いのか抑え込まれたままだ。
うん。コイツ、かなり弱いんじゃ無いか?
俺達の強さで言えばムーイ、健人、俺の順番なんだし、その俺にここまで完全に抑え込まれているとなるとかなり弱いだろ。
リイは戦えるけれどラウの護衛って意味合いが強いので除外だ。
「食料ねー……じゃあこっちを傷つけるつもりはなかったと?」
「そうだと思うんだな」
俺達が確保して居る食料……本日狩った魔物の肉と村から持ち出された食料、それとムーイに作ったお菓子辺りか?
「というか迷宮種で話が出来るのはムーイだけじゃないのか」
「オデは兄貴に教わったんだな」
「ほー……兄貴ってのはさっき現われたフレーディンの方だな?」
「そうなんだな。フレーディンの兄貴なんだな」
エミロヴィアにフレーディンね……両方ともあんまり良い思い出のある名前じゃないんだよな。
なんでそんな名前なのか分からないけどエミロヴィアってのは俺が元いた異世界で訓練校から新兵として派遣され、トーラビッヒの元で過ごした奴の領地だった街の名前だ。
で、フレーディンは異世界の戦士を探しに行った前線基地の迷宮名で、ここでもトーラビッヒと戦った所だ。
ただ……エミロヴィアはブルとフィリン、両方とも仲良くなった街なので今では嫌な思い出だけでは無いけどさ。
ライラ教官と出会った場所でもあるしな。
って考えが脱線している。
このエミロヴィアは相当素直な性分みたいだ。聞けばポロポロと話してくれる間抜けなんだろう。
「兄貴は人と話を色々として知っているんだな」
迷宮種がこの世界の人と話ね……きな臭い情報だ。
何処かで迷宮種と繋がった悪人ってのが居るって事になる。
「ああそう。で、ラウの様子がおかしいのはその兄貴の所為だって言ってたがどういうことだ?」
「詳しくは分からないんだな。ただ、最近兄貴がオデと一緒に頑張って倒した奴から得た力の源で手に入れた能力だと思うんだな。チューって鳴く魔物とか色々と音で操れるんだな。それと食べれるものが増えたらしいんだな」
音で操る……そういや笛っぽい音を聞いてからラウの様子がおかしくなった。
それで食べるものが増えた……迷宮種は力の源を手に入れると食性が増えるのか。
ムーイは甘いものが主食だな。
「どうすれば解除出来る?」
「わからないんだな」
知らないのかよ!
「……ッキュ? キュ?」
って話をしていたらラウが我に返ったのか大人しくなり小首を傾げている。
「どうやら一定時間しか操れない。もしくは距離が離れると洗脳が解けるって代物みたいだな」
「キュー?」
キョロキョロしていたラウが俺が押さえつけているエミロヴィアを見て鳴く。
ああ、妙な襲撃者だよコイツは。
何にしてもラウが元に戻ってよかったな。
ムーイと健人が心配だが、どうしたもんかな。
魔眼で麻痺でもさせてしまうか?
抑え込んで俺が飛んでムーイ達の所に合流するのも手だけど今度はリイとラウが危ないか。
二人とも俺より強いし今はこのエミロヴィアを抑え込んで情報を聞き出しておくか……最悪、コイツに俺が寄生して動きを抑え込むって手も無くは無い。
今の俺なら迷宮種でも上手く寄生して仕留められるだろうし。
「凄い大物の気配がしたから様子を見てたら散々なんだな」
「それはムーイ……俺達と一緒に居たムーフリスの事だな?」
迷宮種同士で食い合うみたいなのはこれまでの経緯で痛いほど分かっている。
ムーイもそれは分かって居て、カーラルジュに俺が人質にされて力の源を奪われ死にかけたんだし……死にかけたんだと思いたい。
「なんだな。さすがにオデは無理だと思ったんだな。でも兄貴がどれくらい強いのか様子を見つつ隙あらば食料を頂こうって事で手伝ったんだな。だからアイツが兄貴を追いかけたからオデがこっちに来たんだな。安全だと思ったし、打ち合わせ通りにしたんだな」
うわ……馬鹿正直。けどここまで突き抜けてると嫌いになれないな。
出会った頃のムーイを思い出して微笑ましくなってしまいそうだ。
「ただ……兄貴、何が欲しかったのかオデ、よくわかんなかったんだな。だからもう少し確認していようと思ったら困ってたから聞いたんだな」
「そこを俺に思い切り抑え込まれてこの様か」
「うう……」
つまり様子見の襲撃兼、食料をかすめ取ろうって算段か。
「で、お前達はムーイの実力を見るのと俺達の食料が目当てだったみたいだが……どうなんだ? ムーイの強さは」
「少し動くだけですぐ分かるくらい強いのがわかるんだな! 怪力だけどきっと兄貴ならどうにかしてくれると思うんだな」
ああそう。健人がちゃんとムーイに警戒を指示してくれると良いけど……急いで追いかけるべきかな。
なんとなくだけどムーイはまだ大丈夫な気がする。
腹の目を開いて凝視するとムーイ達がかなり遠くに名前が見える。
戦って居るって訳じゃ無く移動している。
あ、こっちに戻ってくるっぽい。
「元々その兄貴は何を食うんだ?」
健人や俺達の飯とムーイの飯は違うし……ってもっと詰問すべきことがあるか?
まあ、ムーイ達も戻ってくるし捕縛してるから良いだろう。
「兄貴は驚きを食べてたんだな。だからお前達と一緒の迷宮種を驚かせて、その美味しい驚きを食べてるんだと思うんだな。他のはよくわかんないんだな」





