二百三話
「何にしても注意を引いてくれた方が楽なんだよ」
「わ、わかったぞ!」
健人と問答をしているとムーイが頷き、剣を力強く握りしめて駆け出した。
ドスドスと力強い足取り、俺が力の源代わりにしていた時のムーイはもう遠く、カーラルジュに出遭う前の……いや、それ以上の強さを俺はムーイから感じて居る。
「たぁああああああああ!」
高らかに地面を蹴って跳ね上がったムーイが一回転して剣をマンイータージャイアントグリズリーに振り下ろす。
「ガアア!」
それを人食い大熊は二足歩行状態で片手で受け止め、もう片方の凶悪なツメの生えた手で高速で振りかぶる。
昔は目で追うのでやっとだった俺だけど、今の俺の体はその速度に対応していてサッと見切って避け、ムーイはそのツメを片手で受け止めつつ敢えて吹き飛ばされる形で大きく後方に飛ばされつつ着地を取る。
「ほれほれ」
で、俺は顔面近くを飛ぶ、うっとうしい虫の如く人食い大熊の顔近くを飛んで挑発まがいに鼻へと着地したりして動く。
「ガアアアアア! ッ――!?」
うっぜ! っと人食い大熊は俺を睨み付けたが、さて寄生してやろうかな? って噛みつこうと口を開くのを待っていたらゾクッと俺が何を狙って居るのか察したのかガチッと口を深く閉じた。
おー……野生の勘でやっちゃ行けない行動ってのを察したって事か?
もしくは俺の体から発せられる何かを察したのかな? ラウ達も感じて居るらしい何かがあるそうだし。
口からの侵入は難しいか? ムーイに強引にこじ開けさせて入り込むって手もあるが……。
とりあえず幻影魔眼を放って混乱して貰うか。
腹の目を開いて状態異常を掛ける。
「ガアアア」
く……視線を合わせようとしたけど上手く合わないようにして手で払いのけようとしてくる。
「いくぞー! うおおおおおお!」
ってムーイが地面を蹴って竜騎兵用の剣でマンイータージャイアントグリズリーの腹へと力強く突き刺す。
バインと弾かれ――
「刺さらない! ううん! てぇええい!」
弾かれそうになった所を力業とばかりに剣の柄部分を殴って貫通させる。
「ガアアアアアア!?」
想像以上の一撃を受け、マンイータージャイアントグリズリーの腹に剣が刺さる。
ただ、刺さっただけで致命傷にはほど遠い。
日本にも居る熊に包丁の先が腹に刺さった程度の傷だ。
人間だったらギリギリ臓器に届かない腹の皮を貫通するギリギリの所だな。
後一押し足りない。
おいおい……この手の魔物って腹は毛皮が分厚くて脇腹の方が防御が低いとかあるんだけど、それでもこれだけ刺さっただけで相当の力持ちだぞ。
これをもっと腰に力を入れて刺したら臓器に届いただろうな。
「ガアアアア!」
この程度か! っと、マンイータージャイアントグリズリーが腕をなぎ払う。
「おっと!」
ズル……っと、ムーイはその攻撃が来るより早く剣を抜いて紙一重で躱した。
多少の出血はあったけれどマンイータージャイアントグリズリーの致命傷に至るにはあまりにも僅かな傷だった。
けど……うん。俺の寄生能力部分が弱点が発生したと把握した。
残り薄皮一枚で……入り込めそうだな。
「よくやったムーイ! 後は任せて健人達と一緒に時間を稼いでくれ」
羽を広げ俺はマンイータージャイアントグリズリーのムーイが刺した腹の傷目掛け急降下して、寄生のスキルが誘導するように……尻尾をそこに滑り込ませてこじ開けて入り込んだ。
ズブゥウウウ……っと薄皮を剥いで臓器内に侵入……触手を伸ばして侵食したのとはまた違った入り方だなぁ。
血なまぐさい……本当、邪悪な能力を俺は持ってしまったと何度も使って思う。
「ガウウゥウウウウウ!?」
異物が入り込んだ事をマンイータージャイアントグリズリーが感じ取り、自らの傷口にツメを差し込んで俺を搔き出そうとしたけれどもう遅い。
「ガアアア!」
上手く行かなかった事に腹を立てたマンイータージャイアントグリズリーがムーイと、その後方にいる健人、そして多数の獲物の死体を前に駆け出す。
が……その動きもすぐに思い通りに行かずに前のめりに一度転び……体が不自然に痙攣し始める事に気付いたようだ。
「悪いな。寄生されたって記憶を抹消して意のままに操るとかも出来る様になるみたいだけど……」
おそらく意のままに従属させる事も……出来る様な気がする。
任意のタイミングで分離して乗り込む感じでさ。
魔物を容易く俺しか操作できない魔獣兵にするって形。
そんな手の内で操ってますってのは俺の好みじゃないんだ。
「ガ――……」
なので神経侵食を手早く……掌握速度が異様に早く終わり、マンイータージャイアントグリズリーの自我の部分を手早く潰して仕留める。
ビクン! ビクン! っとマンイータージャイアントグリズリーが白目を向く。
それからすぐに俺が操作を開始した。
「掌握完了っと」
寄生して体の操作権を乗っ取った俺はマンイータージャイアントグリズリーの視線で手を開けたり閉じたりしてから立ち上がってパンパンと埃を払ってムーイ達へと視線を向ける。
ムーイやカーラルジュに寄生するよりも幾分か楽に手早く寄生して操れるようになったな。
感覚はやっぱり魔獣兵を操縦してるような感覚だ。
「もう大丈夫なのか?」
健人が警戒気味に聞いてくるので頷く。
「ああ、寄生能力も向上してるみたいだ。こんな感じだな」
と……マンイータージャイアントグリズリーの視線で体を確認すると……胸から上辺りが見覚えのある色合いになっていて背中を見ると二本の尻尾が生えてる。
健人やムーイ、ラウ達が小さく見えるのに、これは一体……。
「入り込んで喋るようになる直前に尻尾がニューッと生えて胸から上の色がまんま変わったな」
俺が寄生すると……宿主に可変不可部位の部分が反映される?
うーん……ここの部分が弱点だったら嫌だな。
なんか尻尾の部分は神経がむき出しになっているような錯覚を覚える。
他よりも操作しやすいのがなんとも……。
後はそうだな。ムーイに寄生していた時よりも力が出るか……。
サンドキラーシャークを操った時みたいな死体操作にはならないようにしないと行けないけどあの時みたいにエネルギーが足りないって事は無いから大丈夫か?
何にしても増援はこれで倒しきったな。
俺はマンイータージャイアントグリズリーの体を操って腕を振るって挙動の確認をする。
尻尾も振りかぶれるから手段は増えたか。
この状態だとムーイの時みたいに目玉を開く……はさすがに出来ないな。
ムーイの体が自由すぎただけだな。この辺りは。
でも……マンイータージャイアントグリズリーの体と俺のエネルギーを合成して何か出来そうな気はする。
溜まったら何が出来るか試そう。
「とりあえず操作のコツは掴んだ。後は……」
アレだ。これだけ体が大きいならみんなを乗せて移動するとか出来るな。
渡りに船だ。存分に使わせて貰おう。
「よし、先は長いだろうしみんな背中に乗ってくれ。この体で移動すれば楽だろ?」
「おー! そりゃあ良いんじゃねか?」
「神獣の申し子様に乗るなど恐れ多い」
「遠慮するなって、雪一が良いって言ってんだから乗ってこうぜ」
「ユキカズ、オレが乗っても大丈夫かー? 前に潰れそうになってたよなー」
ムーイが前に乗せた時の事をネタに聞いてきたな。
「ちょっと乗って見てくれ」
「わかったー」
ムーイは伏せをした俺の背中によじ登って乗っかった。
う……たしかにムーイは重量があるな。
ただ……重くて動けないって程ではないな。さすがにマンイータージャイアントグリズリー、体が大きいからムーイも乗せられる。





