百九十六話
「ユキカズどうした? それ、掃除に使う植物らしいぞ」
「ああ……そうなんだが……」
こう、俺の菓子職人としての勘なんだが、これは何かになると告げている。
試しに手に取り、何が反応しているのかを確認しながら割って中を確認する。
中には繊維質の強い果肉と種がびっしりと入って居る。
繊維質の方は……スイカのようなヘチマのようなキュウリのような、瓜っぽい植物だな。
で、種の方を凝視するとこっちになぜか勘が働く。
種の匂いを嗅いで見るのだけど……植物の匂いでよく分からない。
ただ……微かに嗅いだことのあるような気がする。
俺は腹の目を開いて熱線を放ち、種を炙って再度確認する。
「なんとなく、チョコレートっぽい匂いがするような気がするな」
「チョコ? ユキカズが言ってた奴?」
「ああ……もしかしたらカカオ豆って奴に近い植物の種なのかも知れない。ちょっと加工して見るか」
「おー!」
とはいえ、どうしたらカカオからチョコレートになるんだったっけ?
異世界の方でもチョコってそれっぽい材料を……あの職人が用意してたのを教えられたんだった。
材料名は違えど工程は似たようなもんだろう。
「まずは軽く乾燥させた種を水で汚れを落して……」
魔眼と熱線と魔法でまずは軽く種の水気を消し飛ばし、水で洗って汚れを全部取る。
「そこから種を焙煎して……うん。匂いが少し違うけどそれっぽいな。油分も多いし似たものが作れるはず」
荷物に入れておいたフライパンで熱しながら魔眼と併用して加熱処理と焙煎を行う。
この辺りは魔眼で高密度に出来るので便利だなぁ。パンパン! っと種の中で何かが乾燥して弾ける音が響く。
すぐに焙煎が終わって俺は種に手をかざす。
温度は分かるけど熱く感じない。魔物の体って便利だなぁ。熱も結構耐性が付いてるみたいなんだよな。
適度に冷ましながら種に触れるとパリ! っと皮がいい音を立てて割って剥がすことが出来た。
後は芽の部分を取って乳鉢に入れてゴリゴリと擦る。
量はそんなに要らない。一口分あれば良い。それだけあればムーイが量産させてくれる。
「うおおおおお」
ゴリゴリゴリ! っと魔物と成った俺の今の力で摩砕する。
「ユキカズ手伝う?」
「まだ大丈夫だ。ムーイはその間にスキムミルク、油分の抜けた方のミルクを用意してくれ」
「わかったー」
そうしてゴリゴリとしていると種の油分が出てきてチョコっぽく成ってきている。
まだざらつきが多いな。
「混ぜ混ぜだなー! ゴリゴリゴリー!」
途中でムーイにお願いして乳鉢で思い切り練り上げる。
おお……復活したムーイの腕力でどんどん疑似カカオマスがなめらかに成っていく。
「よーし、それくらいで良いぞ。後は更に分けて、こっちにはスキンミルクを少しずつ加えて……湯煎で温度を調整しながら、再現マーガリンを入れて……」
微粒化に近いくらいムーイと俺の根気ある作業でクーオラシノムカオの種はチョコレートっぽい感じに成ってきている。
いやー……目視で温度が分かるって我ながら便利だな。
で、布を出して漉してきめ細かくして精錬を行う。
量が少なくて良いから非常に短い時間で作れるぞ。
「ユキカズ、こっちはどうするんだ?」
「ムーイが思い切り握って絞り上げてくれ、そっちはココアパウダーとココアバターだ」
「おー」
そうして冷凍光線と熱線を駆使して調温した、結果……無糖チョコレートが出来上がった。
「よーし、再現無糖チョコレートの完成だ」
俺はビーダマ位の凝縮されたチョコレート玉を見つめて言い放つ。
「これがチョコなのかー?」
「まだ菓子と呼ぶ次元じゃ無くとんでもなく苦い薬って領域だけどな。ここから甘くさせて行く訳だけど、ムーイ。不味いけど食べてくれ」
「わ、わかった」
ムーイに頼んで試食だ。
パクリとムーイが口に含んだ所で目を思いっきり閉じて口がへの字になった。
「ユ、ユキカズ……これ、凄く苦くて不味いぞ……これ本当に美味しくなるのか?」
騙した? ってくらいムーイが俺に眉を寄せて尋ねる。
「さっき言った通りだ。甘さの調整に必要だから材料の段階で食べて貰ったんだ。さ、後はいつも通りの変化を頼む」
「わ、わかったぞ。水をコレに変えるぞ」
ムーイが水が張ってあった鍋の中に手を入れて水を再現無糖チョコレートへと変化させる。
俺はその再現無糖チョコレートに指を入れて味見した。
味は……ちょっとミントが混じったチョコレートだな。苦くても分かる。ムーイの再現だから少し薄くなっているけど苦みはそれ以上なので問題無いぞ。
うん……なめらかさも問題無いな。腕力に物を言わせた粉砕がかなり上手く行っている。
「後は湯煎でチョコを温めてー砂糖をドバドバと投入だ」
ムーイが居れば僅かなチョコレート片から量産出来るのだから楽なもんだ。
後はムーイ好みの甘みになるまで砂糖を投入して型に流し込んで冷凍光線で固めればチョコレートの完成!
「よーし! チョコレートの完成だ!」
「ほ、本当に大丈夫なのか? ユキカズ」
「騙されたって思って食べてみな」
「わかったぞー」
ムーイが板チョコとなったチョコレートをパリッと頬張って食べる。
「お!? ユキカズ! 甘くてコクがあって美味しいぞ! 前にユキカズが教えてくれた味ってこれだったんだな! 確かにそんな感じの風味がする!」
どうやらムーイの口に合った様で良かった。
「美味しい! これがチョコなんだな! なんかもの凄く元気になる気がする! おおおお!」
夢中になって食べるムーイから、なんかオーラみたいな物が発生しているのが確認出来る。
だ、大丈夫なのか?
どうやらムーイの所持するスイートグロウ内でチョコレートを知った事で劇的な能力強化が発生したっぽい。
「オレ、元気爆発ー!」
ムキッとムーイが嬉しそうに力こぶって感じのポーズを取っている。
喜んでくれて何よりだ。
「キャラメルと似てるけどかなり違うんだな! 凄く美味しかったぞユキカズ!」
「ああ、その味をしっかりと覚えてくれ。それがお菓子の基礎食材の一つってくらいにバラエティが豊富だからな」
思えばチョコレートなしでお菓子を作るって相当種類が限られるよな。
一応ゼラチンがあったので羊羹とかも作ったりした。豆があれば小豆材料の菓子っぽいのは作れる。
けど……やっぱりチョコレートはあるに越した事は無い。
「おー!」
「材料として覚えて貰えば後は大量に作れるな。本物のミルクも手に入ったし……今日は奮発して行くぞ!」
「やったー! 一週間ぶりのユキカズの作ってくれるお菓子ー!」
「キュー!」
ちなみにずっと俺の頭に引っ付いていたラウが声を上げる。
もちろん作業をしている間にムーイがミルクを与えてたぞ。俺の頭に乗ったままな。随分と手慣れた作業だったぞ。
といった様子で俺は厨房に立って夜遅くまでムーイへあの手この手でお菓子を披露したのだった。
カーラルジュを倒して、やっと掴めた平和なんだから楽しまないとな。
思えばムーイと一緒にサバイバルでお菓子作りをしていた頃とは随分と環境が変わったな。
そんなこんなで宴も終わり、静かな夜になった。
……相変わらず俺はターミナルポイント前の社での宿泊になりそうだけどな。
社へ戻った所でお腹をパンパンと満足そうに揺らして居るムーイが座る。
「キュウ……キュウ……」
ラウは既にすやすやと寝息を立てて寝ている。
俺に引っ付いたまま転がり落ちそうになったので尻尾で優しく包んで連れてきている。
結構思い通りに動くなこの尻尾、三四本目の手って感じだ。
魔物に変化して手は増えた事あるから馴れたな。





