百九十二話
「はぁ……はぁ……」
「野郎、随分と逃げるじゃねえか」
「ユキカズ……どこー!」
ムーイが大声で呼びかける。
「今は足跡を追いかけるしかねえが……ムーイ、お前、体の調子はどうなんだ? 雪一の奴が何かお前に流し込んだようだけどよ」
「ユキカズ、オレに力の源を取り返して繋げた。だから前みたいに凄く力が出るようになった。少しだけユキカズの欠片がオレの中に残ってるけど答えてくれない」
「そうか、力ってどれくらいなもんなんだ?」
「ん」
ブンとムーイは拳を握って裏拳で近くに生えていた巨木を一発殴ってへし折る。
「ひゅー……こりゃあバケもんだ。頼りになりそうだな」
「ユキカズー! ケント! アイツの匂いとか無いのか?」
「匂いは残ってるから安心しろ。大分近い……ってアレか?」
そう言って健人が指さした方角には……不自然に丸まったカーラルジュがピクリとも動かずに居た。
傍目には眠っているようにも見えただろう。
「見つけた! ユキカズを返せー!」
ムーイがドタドタとカーラルジュ目掛けて走り出す。
「おい待て! 狡猾な奴なんだからそんな突撃したら何か罠に掛かるぞ!」
制止する健人だったけどムーイは止まらない。
カーラルジュの目の前まで来て拳を振り上げて声を上げる。
「ユキカズ返せ!」
そして拳を振り下ろそうとした所で健人が手を前に出す。
「ちょっと待て」
「なんだケント。邪魔するのか!」
「そうじゃねえよ……コイツ、何か変じゃねえか?」
「え?」
健人はピクリとも動かないカーラルジュの様子を確認しつつ、恐る恐る触れる。
「……なんだ? 水の通った配管みたいに中で何かが通って居るような手触りだぞ」
と、驚いて様子を確認していると……ビクンビクンとカーラルジュの体が不自然に動く。
骨とか関節とか関係無しに……そして……硬質化し始め、ぱっくりと二つの丸まって背中に引っ付いていた尻尾の間から裂ける。
「う……ううん……」
頭を何度も振るいながら俺は外気に触れて顔を撫でる風を感じていた。
やった瞬間意識が飛んだ。
気付いて起き上がった訳だけど……目の前にはムーイと健人がいる。
今の俺の直接の身長は低いから見上げる形だけどさ。
あー……だるい。どうにかカーラルジュは倒せたみたいだけどずっと不眠且つ心臓代わりに動いていた所為で異様に眠い。
「やーっと出られた。ムーイ、体の調子はどうだ?」
片腕を上げていたムーイに声を掛ける。
見た所特に異常は無く、上手く体が動かせるようになっているようだ。
ムーイの体に触れて侵食状態を確認する。
9%……俺の体のちぎれた部分をパラサイトの力で接続し直して回収っと。
神経部分が千切れててヤバイな……ムーイの体は適当な所を補完してくれて助かる。
ただ、やっぱり神獣の力ってのは安易に使うもんじゃない。この程度でこんなに上がるのかよ。
「えっと……」
反応に困ると言った様子でムーイが俺を見てるので健人の方へと顔を向ける。
「どうにか仕留める事が出来た。一か八かだったけど上手く行ったな」
「あーお前、雪一で良いのか?」
「ああ、ちょっと姿が変わったと思うけどな。ムーイもそんな驚くなよ。こうでもしないと仕留められないと思ったんだから」
カーラルジュの今際の記憶とかは分かって居る。収納状態にあるが速効で破棄って事にして良いだろう。
なるほど、こんな感じなのかと俺は何度も現在の感覚の把握に努める。
「その……ユキカズなのか? さっき触った時の感覚で分かったけど……」
「そうだ。まあ、ムーイも俺にコレを何度も勧めたけど、やっぱり俺としては推奨する進化じゃないな。お前の記憶や人格を呼び出す事は出来ても、良い方法じゃない」
さて、俺がカーラルジュにトドメを刺すために体内で何をしたかというと必殺の進化って感じだ。
進化先はパラサイト・クリサリス系、即座に羽化出来ると踏んだし、宿主の体を蛹に変えてやった。
宿主は当然カーラルジュだ。
あのままだったらどうなったかわかったもんじゃなかったからこうするしかなかった。
「さーて、カーラルジュの中にあった力の源はムーイにも互換性があるんだよな。サクッと渡して……」
と、蛹の中を探すけど見つからない。
もしかして……進化した時に俺の中に混じった?
「ムーイ、もしかしてカーラルジュの力の源、俺が取っちゃったか?」
迷宮種同士って食い合うらしいからそんな力はサッサと渡したい。
「え? うーん……? 少なくともオレはユキカズが持ってるかわかんない」
「そっか……進化した際に壊しちゃったのかもしれないな」
と、思いつつ状況を確認。
手がちょっと短いな思いのほか伸びるけど、足も短い。
んで何か背中というか尻尾を見ると、カーラルジュが生やしていた尻尾によく似たキツネっぽい尻尾が二本生えてる。
……カーラルジュってこの尻尾の中に管があったけど……と、確認するのだけどそんな構造は無いっぽい。
あくまで影響を受ける程度って事かな?
鏡とか確認しないと俺の体は完全にどうなったのか分からないけどな。
今はとにかく変身してフライアイボールにでもなって、ムーイの背中にでも止まるか。
と変身する。
羽が生えるのだけど……なんか手がそのままあるな。
目が……合計三つ。
大きな目とその上に普通に二つの目。
どうなってんだ?
「ユキカズー、ユキカズだって姿を変えようとするからわかるけど、アイツから出た時の姿のままな所多いぞ」
「う……よくわかんないんだよ。鏡もターミナル無しなんだから!」
ステータスでもう少し明確に分かれば変身も細かく出来るはずなんだけどな。
「何はともあれユキカズ」
「おわ!」
ムーイが俺を抱き上げて抱きしめる。
「良かった! ユキカズがアイツの中に入ったまま逃げられてオレ……本当に心配した」
ギュッと強く抱きしめられてて……う、中身が出そう。
ムーイの怪力が戻って何よりだと安心すべきなのかね。
「なんつーかとんでもないトドメの刺し方をしやがったな……こう、発想が規格外にも程があるぜ」
「まあ……進化にカーラルジュを巻き込んでな。その所為で色々と体にアイツの要素が混ざっちまった。タダそれだけだ」
「捕食って感じなのかね……本当にお前の体は化け物なんだな」
気にしてることを言うんじゃねえよ。
とは思いつつ手段を選ばずに来たんだからしょうが無い。
「何はともあれ一安心……っと思ったら……」
寝起きみたいな感じだったけど異様に眠いのと倦怠感が果てしない。
ヤバイ……こう、抱きかかえられてるけど立ったまま寝そう。
「ユキカズ! どうした!? 大丈夫なのか!?」
「いや……なんかこう……ムーイの力の源を取り戻してカーラルジュを仕留めたら、ドッと今までの疲れが反動で来た感じでな」
ムーイの体を動かし続けるためにかなり無茶したからな。
俺自身の心臓だけではムーイの体の維持には足りなかったし全身を使ってエネルギーの循環をさせていたんだ。
疲れが溜まっていないはずも無い。疲労物質の排出はムーイの体に押しつけたりもしてたんだけど、蓄積した物が俺の体に随分と溜まっていたようだ。
進化したらこの辺りがリセットとかされていたら良かったんだが……。
異様に眠い。にも関わらず何か力が溢れるような変な感覚。
「ちょっと……寝かせてくれないか?」
瞼が異様に重たい。
「わ、わかったぞユキカズ」
「そのまま事切れそうだなお前」
「そ、そうなのかユキカズ! 寝ちゃダメだぞユキカズ! ケント! どうやったらユキカズを助けられる」
「うお! 揺するなムーイ。健人、そんなんじゃなくガチで眠いだけだから、変な冗談言うなっての」
死ぬのを眠りに例えてるんじゃなくて、本当に疲れて眠いだけだっての……。
「本当かー? フラグ立てんなよ?」
ここでふと、ブルとフィリンを騙した時の事を思い出すけど、その時とは全く違う。
痛みとかそう言った物は無く、ただ猛烈に眠たいだけでしかない。
「フラグは無いって言ってんだろ。素直に寝かせてくれ……今まで不眠不休だったんだぞ? 健人、お前も自分の心臓に常に感謝しろ」
「憎まれ口を吐く余裕はあるみたいだな。ムーイ、ヤバかったらどうにかして起こせば良いから今は寝かせてやれ。お前やみんなの為に頑張った奴なんだから」
「わ、わかったぞ。ユキカズ。死んじゃダメだからな」
「はいはい……んじゃ……ちょっと、休むな。スタミナ回復力向上があるから……そんなに、寝なくても……大丈……夫」
っと、心地よい疲れに俺はゆっくりと瞼を閉じ、ムーイに抱きかかえられたまま……眠りの世界へと旅だった。
俺を何処かで見てる野郎。ここで何か語ってくるか?
なんて思っていたけれど……特に何も無かった――





