百九十一話
「だ、ダメ! ユキカズ、他のなにをオレから奪っても良いから……それ、だけは……ダメ!」
ムーイが泣きながら出せる力の限界まで出してカーラルジュの腕を振り切って尻尾を狙おうと懇願する。
が、そんな事はさせないとカーラルジュはムーイの手を離さない。
ジュルルル……と、カーラルジュの尻尾の内部が膨れて体の方へと到達。
ムーイの体に刻まれていた文様がカーラルジュにも浮かび上がる。
「ヴガアアアア!」
さーて、これでもっと強くなったぜぇええ! っとカーラルジュが勝利を確信する表情をした直後――。
「ヴ……ガ……」
「え……こ、これは……力が漲ってくる……?」
ブルブルとカーラルジュが冷や汗を流し、驚愕の表情に染まる。
ブチィ……っと、音を立てて俺が……カーラルジュの体内にあったムーイの力の源と思わしき臓器を見つけて引きちぎり、俺の体を管にして引き延ばしたムーイの体を繋げ、尻尾経由でムーイの体へと送り出す。
「これで勝ったつもりか? こっちだって頭を使うんだよ!」
今の俺はギガパラサイト。寄生する能力に長けた魔物なんだ。目標の体内に潜り込んで悪さをするくらい造作も無い!
この展開は俺も想像していた範囲だ!
馬鹿正直に奪おうとしやがって、滑稽なのはこっちだぜ!
「ユ、ユキカズ?」
尻尾が膨れ上がり、ムーイの力の源が徐々にムーイの方へと流れ始める。
ムーイの体も求める物と繋がって鼓動を高め、引き込む力が強まる。
と、同時に力の源が切除された影響でカーラルジュの力が大幅にダウンする。
すると金属質になっていたツメと毛皮が戻った。
どうやら一時的な変化をさせていただけだったみたいだな。
ただ……神獣の結晶としての増幅がカーラルジュにも影響をしてしまっているのか膠着状態になってしまっている。
「ヴガア……アア」
させないとカーラルジュが尻尾と体内に力を込め、ムーイの体へと力の源が送り込まれるのを阻止せんとしている。
引き抜こうとしているようだが無駄だ!
「うぐぐぐ……」
「ガガガガガ……」
ムーイのエネルギー循環を維持したまま体をできる限り伸ばして、力の源を送り届けないと行けない。
俺の本体に該当する箇所はカーラルジュ内に移動している。
く……抵抗が激しい。
「うえ……気色悪……」
何悠長に見てんだ健人! と、思うけれど下手に攻撃されると力の源をムーイの体に再移植出来ないかも知れない。
なので攻撃するなら他の所を攻撃しろ!
「ヴガアアアアア!」
ギュン! っとカーラルジュが尻尾に思い切り力を入れたけど、負けてられるか!
俺を舐めていた事を後悔させてやる!
これは……ムーイの力なんだからなぁあああああああああ!
ギュウ! っと俺は膨れ上がり尻尾の中を拡張させムーイの体の方へと更に押し込む。
その攻防は……どれだけ続いただろうか……伸びたカーラルジュの尻尾の内部にあったムーイの力の源が……ムーイの中に届き、俺が寄生した場所に転がり込んだ。
ムーイの体は適した臓器が戻った事を察知したのか力の源へ引っ付いた部分が太くなり臓器が癒着していく。
その癒着を俺は補助しつつ取り戻そうとするカーラルジュの尻尾の動きを阻止し、しっかりと……ムーイの体に力の源が戻ったのを確信した。
後はカーラルジュの力の源も頂いてやる! っと、そうしようとした直後。
「ヴガアアアアア!」
「いってぇええええ!?」
ブチイイ……っと音を立ててカーラルジュが自らの尻尾を俺ごと無理矢理引きちぎって膠着状態を振り切って距離を取る。
まだ俺が……カーラルジュの体内にいる状態で。
ズルル、とそのままムーイと繋がっていた所が引っ込んでしまった。
「ユ、ユキカズ! ねえ! ユキカズ! 答えて……まさか……」
力が戻ったムーイが寄生して居ると思って自身の体に呼びかけるが声が返ってこず、カーラルジュの方へと顔を向ける。
「ヴガアアアアア!」
不利を悟ったカーラルジュは撤退を判断したのか、体内にいる俺をもの凄い力で抑え込もうとしながらその場から離脱を試みる。
ムーイの力の源は奪われたけれど、侵食状態だった俺と繋がった所為で多少力が残っている様だ。
「だ、ダメ! ユキカズ! ケント! まだユキカズ、アイツの中にいる! 早く!」
ムーイが逃げるカーラルジュを追いかけようとするけれど、侵食状態が解除されたムーイの足では追いつけずに距離がどんどん離れて行ってしまう。
「待てって……クソはええ! 待てコラァアア!」
逃げようとするカーラルジュだったが、突然転んだ。
「転んだ? 今だ!」
「オレから何を奪っても良いから、だけど……それだけは……ユキカズだけはダメ!」
「ヴガアアア! ガアアアアア」
そして徐に後ろ足を無理矢理尻尾で巻き込んで動かし始める。
くっそ……あの手この手で抵抗しやがる。
そう、俺が寄生した状態なので神経に接続して足の動きを止めようとしたんだ。
ムーイと構造は大分違うけど動きの阻害くらいはすぐに出来るようになった。
けど逆にカーラルジュも体内で暴れる俺に全力で抵抗して掌握しようとしてくる。
どんだけタフなんだよ。寄生する魔物すらも抑え込もうとするとか。
迷宮種ってだけで侮れない。
体内が迷宮ってか? 冗談も大概にしろ。
このままカーラルジュに逃げられたら、黙って体内に居たら掌握されて侵食状態でパワーアップする臓器代わりにされるかも知れない。
腹を食い破って脱出も考えたがカーラルジュの皮膚をすぐに食い破れない。
消化器も尻尾の器官にも干渉していて、もの凄い吐き気が起こっているはずなのに抵抗しやがって!
「おらああああ! 出しやがれぇええ!」
カーラルジュの腹部が歪んでいるのは間違い無いだろう。
出るために俺が暴れてんだからな。
「ヴガアア!」
バシン! っとカーラルジュが抵抗する俺の居る場所に尻尾を叩きつけたり、暴れ回りながら飛び上がって腹を地面に叩きつける。
「うぐぅ!」
いってえ! 潰れるかと思ったぞ!
コレ、お前にもダメージは入ってるだろ!
「悪食も限度を超えたみたいな様子だが……」
外で健人が呟いているのがカーラルジュの神経経由で聞こえて来る。ああ、めちゃくちゃ悪食だよコイツはその所為で俺達に倒されるに決まってるんだから!
現に今、強引に神経を弄りつつ食い破ろうとしているのだけど、抵抗が激しい。
吐き出せば良いのに。
仮に脱出出来たとして味方の居ない状態じゃこんな真似をした俺をカーラルジュは生かして帰すわけない。
何が何でもここでカーラルジュの息の根を止めるなり神経を侵食して逆に乗っ取らないといけない!
けど、力の源を搭載して居る迷宮種……抵抗が激しすぎて片足の動きを抑え込むので精一杯だ。
精々迷宮種にとって不要な魔素、経験値を俺が頂いてLvが徐々に上がっているって状況だが……。
このままだとじり貧だ。
すぐに逃げ切られる……何か、何か手は無いか!
パラサイトとしてこんな事態になるまでは考えてなかったぞ。
浅はかとライラ教官とかフィリンは注意しそう。
「ヴガア……ヴガアアア! ヴガアアアア!」
せめてコイツに利用されないように俺が朽ちるくらいしか無いのか!
逃げ切れるとカーラルジュは村から飛び出してツンドラ地帯を闇雲に走る。
後方を追いかけるムーイと健人から逃げ切るために。
息を切らし気味だけど、姿を隠そうとしているので、俺がカーラルジュの神経に干渉して阻止する。
「ヴガアア!」
体の中の異物に怒りの声と一撃を加えつつカーラルジュは逃げる。
ぎゅうううう……っとさっきよりも抑え込む力が強まっている。
く……俺だってコイツの息の根を止めたい。
長くパラサイトをしたんだ、何か……神経侵食をやりきれない状態で……トドメをさすには……カーラルジュの力の源を潰せるかと思って弄ろうとしたのだけど抵抗されてしまった。
しかもこの臓器なんなんだ? 潰せるような構造をしてない気もする。
心臓もコレみたいなもんで……息の根を潰すには頭を潰すしか無いけどそれは叶わない。
考えろ……自害するまでの間に考えるんだ。
って所でまたも閃いた。
いや、これまでの道中での事を思い出した。
「このままお前に逃げられるのも嫌だし掌握されるのはごめんだし、殺されるのもごめんだ。そして雪辱は……果たす! 何があっても……俺はお前を殺してやる!」
お前さえ、俺達を襲わなければ犠牲も出ず、こんな末路を歩む事も無かったんだ。
卑劣な真似をする報いを……受けろ!
ダッダッダと走っていたカーラルジュはムーイ達と大分距離が離れた所で呼吸を整えるとばかりに歩みを緩める。
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」
忌々しそうに俺が寄生している腹を睨み付けながら、何かすぐに打って出る悪巧みを考え込みながら俺を抑え込もうと力を入れて笑みを浮かべる。
「ヴガッガアアアァア」
にやりと何か閃いたみたいだが、それも終わりだぞ?
ドクン! っとカーラルジュは謎の鼓動を俺から感じ取って腹に顔を向ける。
ドクン……ドクン……ドクンドクンドクン。
「ヴァガアアアアアアアアアアアアア――」
鼓動と共に冷や汗を流し始めるカーラルジュ。
痛みとも異なる何かによって生命が脅かされ、徐々に体が思うように動かなくなっていく。
そんなカーラルジュは恐怖に彩られた絶叫を上げ、目を強く瞑り、腹を押さえながら七転八倒を始め、最後には丸まって動けなくなった。
「ヴガアア……アアア……ア……ア」
やがて……スーッとカーラルジュの意識は……闇の中へと消えて行った。





