十九話
俺達の業務……。
新兵だから常にトーラビッヒから言われた仕事をこなす事しかしてなかったんだよな。
いつ、何の仕事をやらされるかわからないってのは中々にストレスを感じるものだ。
しかもどこでも即戦力として動かないと説教されるわけだし。
ちなみにブルがギルドの受付補佐とか酒場の皿洗いと掃除、宿屋での清掃と洗濯等の仕事をさせてもらえないのは客が文句を言うためなのを忘れてはならない。
それでもやらせると苦情が来るのはギルドの方だからねー。
自らの首を絞めるような真似を奴等はしない。
とりあえず仕事はどうしたらいいのかな?
トーラビッヒから仕事を聞けばいいのか?
今近づいたら難癖付けられそうだぞ。
そう思っていたらトーラビッヒが忌々しそうな顔をしながら俺達を睨んでくる。
「お前等はライラ上級騎士の所へ行け! まずは新兵から聞くそうだ!」
ああ、そうなんですか。
そんなわけで俺達はライラ上級騎士が個人面談を行っているという冒険者ギルド内の会議室に向かった。
補佐の事務員が扉を開けて案内してくれた。
まずは深呼吸……そこから扉をノック。
「入れ」
「はい! 失礼します!」
ブルを後に残して先に部屋に入る。
えーっと騎士相手にしなきゃいけない動作はと……。
部屋に入ってから敬礼をしてから――。
「新兵の兎束雪一です!」
「ふむ……よし、そこの椅子に座れ」
「は!」
硬いをイメージして訓練校で叩きこまれた動作をして椅子に腰かける。
「さて……朝礼でも名乗ったがライラ=エル=ローレシアだ。よろしく頼む」
「はい! 兎束雪一です!」
で、ライラ上級騎士は俺の書類らしき物を確認する。
「トツカ新兵、貴君は随分とおかしな経歴をしているようだな?」
え?
俺の経歴ってそんな変だっけ?
どんな事が書かれているんだ?
まさかトーラビッヒに改竄とかされているとかって展開?
「おかしな事に、国公認の詐称がかかっている。それなりに上位の者でなければ正しく閲覧できない。挙句それを突破できる立場でも国家機密扱いとはな……」
ああ、そっちか。
異世界の戦士って経歴を隠されているって事?
なんで隠しているんだ?
まあ、国が気を使ってくれていると思うのが自然だけど。
「詳しく話せば良いのですか?」
別に俺は隠す気は無い。
ばれたって失う物も無いし、国からはバラすなとも言われていない。
「いや、これほど厳重な機密だ。相応の立場の者にしか閲覧させられない事情があるのだろう」
「それって大丈夫なんでしょうか?」
「なんだ? そんな大問題なのか?」
「いえ……自分は大したことではないとは思いますが……」
少なくとも……異世界人ですという話はね。
「まあいい。私にその権限が無い。多少気になる気持ちはあるが、規則は規則だ」
おお、厳格な人って奴か。
まあ裏で国がそういう風に気を使っているって事なんだろうしな。
「その件はいい。それで新兵トツカ、トーラビッヒの下での研修に関する経過報告を聞きたい。どちらかと言えばこちらが本題だ」
経過報告ね。
つまりトーラビッヒが仕事をしているのか? という馬鹿でもわかる情報の裏を取りたいわけだ。
トーラビッヒの上司って事なら話してもいいよねぇ?
とは言っても新兵の範囲内での報告だから言葉は選ぶべきだ。
「毎日20時間くらい様々な雑務をさせられています。休む暇は無いです」
「ふむ……雑務とは?」
「酒場の皿洗い、ギルド内や宿屋の清掃、薬草採取、他倉庫搬入作業です」
「……妙だな。トーラビッヒの記した貴君の業務日誌には戦闘訓練と冒険者ギルド内での業務と書かれているぞ。更に職務態度が悪く、まともに仕事をしていない扱いだ」
完全に嘘かよ。
そんな所だろうとは思っていたけどな。
「服務規程詐称容疑があるな。仮に貴君の証言が正しい場合、研修期間中とはいえ給金はどうなっているのかも調査すべきか」
多分、トーラビッヒが酒代に使ってますよ、と証言したいなぁ。
連日遊んでいたし。
「では確認だが、戦闘訓練はしていないのだな?」
「マラソン等を戦闘訓練と言うのでしたらしています。模擬戦闘でしたらした事はありません」
と言うか依頼とかが無いと腕立てとか懸垂、うさぎ跳びまでさせられたっけ。
思い返せば休む暇も無い。
「その様子だと実戦形式の講習もしていなさそうだな……」
なんですかそれ? って感じだ。
「しかし……仮にその話が本当だったとして、よく体が持ったものだな」
「えー……訓練校でも呆れられましたが、自分はスタミナ回復力向上を取ってまして……疲れはそこそこ回復しやすいようになっています」
するとライラ上級騎士は嘆くように額に手を当てる。
「まあ、その辺りは個人の自由だが、非常に勿体無い真似をとは思うな……」
「あのー……よく勿体無いと言われますがどうしてでしょうか?」
これだけの性能を持つスキルを勿体無いと取らないのはどうも納得できない。
Lvが上がるとタフになるだけじゃ説明ができないでしょう。
ある程度自動で取得するにしても俺はそのLvになっていないわけだしな。
というか、そもそもなんで魔物と戦わせてLv上げさせないんだ?
「その顔から察するに訓練校で、何故魔物と戦ってLvを上げないかも思っているな?」
「は、はい」
「兵役には最低Lvがあるというのに……まあ、徴兵されるケースもあるから一概に言えんか」
この兵役をする最低Lvというのは一律で20からだそうだ。
それだけLvがあれば多少の重労働には耐えきれるようになるかららしい。
トーラビッヒはその点で言えば虚弱だな。
しかもサボっているとステータスは相応に下がるわけで……まあ一生のほとんどの期間をサボっていただろうしな。納得だ。
「まあ、良いだろう。それを教えるのが上官としての務めだからな」
ライラ上級騎士はそう言ってから説明を始める。
「まず兵役に就く者に訓練をするのは基礎能力を引き上げる意味合いが強い。Lvを上げただけではそこまで強くはならん。むしろ正しく体を鍛えるからこそ、Lvを上げるとより強くなると言われているのだ。経験値……と名付けられた概念で引き上がる魔法的加護はな」
つまり体を鍛えてからLv上げを行う事で成長力に影響があるって事なのか。
筋肉マッチョこそが強くなる世界?
なんかそれはそれで嫌だな。
ああ、だから成長力補正とかの便利そうなスキルが無いわけね。
……あれ? 腕力アップみたいなスキルはあったぞ?
まさかそれなのか?
余裕があったら振っておくか。
座学や本では微塵もこのスキル群の話は無かったけど……。
異世界人限定スキルとか?
「もちろん何事にも例外というものがあるし、通説というものは覆る事も多い。だが、少なくとも現在この国ではそう信じられている」
「訓練校では教わりませんでした」
「いや、教わっているはずだぞ。『新兵共! まずは何にしても体を鍛えろ! そうすれば最終的に強くなれる!』とか、教官が言わなかったか?」
あ……聞き覚えがある。
兵役一日目にマラソンをする際に言ってた!
あれってそのままの意味だったの!?
もっとわかり易く言ってくれませんかね?
「まあ、先ほどの顔は見覚えがあるから言ったのだがな……主に戦いを知らない貴族や国民がそんな顔をしているがな。基礎訓練はしていたようだし、良しとしよう」
なるほどー……という事はブルが体を鍛える事に情熱を注いでいるのは強くなるためだったのか!
言葉が通じない事による弊害だな。
……いや、ブルは筋トレが趣味なだけかもしれないが。
そんな事まで考えているようには見えないし。





