百八十八話
バキィ! っと村の結界にヒビが入っているのが視界に入る。
その先に居るのは前に見た時より二回りは大きくなっている二尾のキツネの尻尾を生やした虎型の魔物。
片方の目の上には俺が放った熱線の傷跡が残っている。
間違い無い。
迷宮種・カーラルジュ……やっぱりお前だったか。
「ユキカズ! アイツだ」
ムーイがカーラルジュを見て殺気を放ちながら擬態を解いて戦いに適した普段の姿に戻る。
元々村の連中はムーイの擬態に関して分かっていたみたいで、ムーイの体の変化に何の驚きも見せない。
「やっと追いつく事が出来たな……あの時みたいに入念な手口で襲ったりはしてなさそうだな」
あの時はムーイの方が単純な戦闘力が上だったのは間違い無い。だから奴は俺を狙い、ムーイの隙を突いてきた。
「ヴガアアアア!」
バキン! っと甲高い音を立てて村の結界が破壊されてしまった。
「ヴウウウ……」
砕けた結界を踏み越えてカーラルジュが邪悪な笑みを浮かべながら舌なめずりをして居る。
下品な野郎だ。
修復の為に俺が村にあるターミナルポイントに干渉すべきか? 修理には多少の時間を要するぞ。
「我らが村にこれ以上踏み入らせるな!」
「隣村の者たちの無念! ここで晴らさせて貰う!」
武装したオウルエンス達が武器を手にカーラルジュに向けて構えて居るが、悪いけれど俺の目で分かるLvでは健人の足下に及ばない者たちだ。
カーラルジュを前に経験値……になるのが関の山だろう。カーラルジュが迷宮種で、ムーイと同じならば菓子を食うことで強化されるのか?
ただ、ムーイにしても魔物を倒しても経験値は手に入らない。
なんで村を襲っているのか、今までの経路を見たってまるで理解は出来ないが……そんな事を気にするよりも今は戦いに集中すべきか。
ラウを保護してくれる村の脅威を排除するために。
絶対に逃げる訳には……いかない!
「おうおう。派手にやってんじゃねえか」
「健人!」
「わかってるって、やってやるよ。じゃねえとシャレにならねえみたいだからよ」
健人が槍を構え、ムーイが竜騎兵用の剣の柄を握りしめて抜刀して構える。
「ユキカズ、やるぞ!」
「ああ! 生半可な攻撃じゃビクともしないのは分かってる。俺も隙は絶対に逃さないからムーイ、全力で行くぞ」
「おお!」
「ヴガアアアアアア!」
カーラルジュが雄叫びを上げ、高速で突進してくる。
速い! 前に遭った時よりも何倍も速く見える。
ムーイから奪った力の源でこんなにも力を増して居るのか。
今でも目で追うのがやっとだぞ。
「うお!」
健人が紙一重でカーラルジュのツメを避け、槍で突いて下がるが、逃がさないとばかりに方向を変えたカーラルジュが健人へともう片方のツメを振りかぶる。
「はや! やっべ! 雪一!」
どうにか健人は再度紙一重で避けるとカーラルジュは獰猛な牙で噛みつきを行う。
が、それは俺達が許さない。
力の限り踏み込んで加速を掛けた竜騎兵用の剣で斬りかかる。
「ヴアアア!」
ガツ! っと竜騎兵用の剣でカーラルジュの強靱な毛皮を切り裂く……事は出来ず、弾かれてしまう。
くっそ、当てるのだって大変そうなのに力の限り殴って傷すら付けられないって言うのか?
魔眼で視線を合わせようとして僅かに交差するけど効果があるように感じない。
「まだだ! おおおおおお!」
追撃にムーイが片方の手で殴りつけるが――
「ガアアアアア!」
「うぐうう――」
バシュ! っと素早くカーラルジュが前足を俺達に向かって横に払っただけで吹き飛ばされる。
斬撃は咄嗟にムーイが体を捻って俺に当たらないようにしてくれたけど、ムーイの体が切り刻まれる。
「ヴガアアア……」
チラッとカーラルジュが俺達に視線を向け、前にコイツ等に会ったこと無いか? って目をしたように見えたが、すぐに興味を失ったかのように目の前の獲物とばかりに健人へと視線を戻す。
俺達がどうにか命を繋いで再戦してきたなんて微塵も思っておらず、力を存分に振るえる獲物を探しているとでも言いたげな様子だ。
くっそ……その力はムーイのもんだぞ! この野郎!
「オラァ!」
ザクッと俺達が攻撃した隙を突いて健人が槍を引いてスキル、ドゥーススピアという技を放ってカーラルジュの顔目掛けて突き、外して肩に命中させる。
「チッ! 随分と動きがはええじゃねえか……攻撃の重さも何も、ちっと厳しいかもしれねえな。けど負けてなんて居られねえな! 雪一! ムーイ、雪辱戦なんだろ。何時までも転がってんじゃねえぞ」
わかってるわ! けど奴の戦闘力と俺達の戦闘力の差が激しすぎて勝負にすらなってねえんだよ!
くそ……道中は色々とやってきて大分強く、戦えるようになったと思ったのに実際はこんなもんだって言うのか。
「ム、ムーイ」
「う……わかってる」
ムーイが頭を何度も振るい、傷を自ら塞ぎながら立ち上がる。
体の特性から斬撃とかに対してもすぐに再生して戦えるのがムーイの長所だけど、この状況じゃカーラルジュに攻撃がまともに入らない。
健人が辛うじて紙一重で攻撃を躱しながら攻撃しているけど、それも決定打にするには足りない。
何より健人が何時までも攻撃を受けずに戦えるかの保証も無い。
「皆のもの! 迎え撃てー!」
オウルエンス達が各々弓矢や投げやり、石斧……魔法も使えるのか、風の魔法でカーラルジュへ援護攻撃をするけれど、カーラルジュはビクともしないとばかりに飛んで来る攻撃を尻尾で弾く。
「ヴガァ」
これはどうだ? とばかりにカーラルジュの二股の尻尾が健人に向かって伸び高速で突き出す。
「うおっと! 攻撃頻度がやべえ!」
拳で尻尾の攻撃を弾きつつ、カーラルジュの股下を通りながら高速で三発突きを入れてすれ違う健人。
善戦していると言えばしているけれど、カーラルジュの動きからして本気では無く健人を相手に遊んで居る様に見える。
獲物にすぐにトドメを刺さずに遊ぶ肉食獣だ。
それは健人も分かって居るのか表情に余裕が無い。
「やべえな……竜騎兵があってもコイツに勝つのは厳しいぞ。守護聖獣相手でやっと勝てるか?」
「ヴガア」
今度はこれはどうだ? っとばかりにカーラルジュが大きく下がった所でスーッと姿が立ち消える。
「何!?」
「き、消えた!?」
俺は目を見開いて周囲を確認する。
前回は油断していたけど今度はそうはいかないぞ。
コイツは隠蔽状態になって奇襲を仕掛ける奴だからな。
サーモグラフィーモードで奴の居場所を特定する。
ご丁寧に砂煙とか見えないように忍び足で何度も跳躍して居場所を変えているぞ。
「健人! お前から左後ろ、八時の方向だ! くるぞ!」
俺の声に健人が振り向いて、地面の土を蹴り飛ばしてぶつけ、居場所を特定しカーラルジュの奇襲を避けた。
「ヴガアアアア……」
スッと姿を現したカーラルジュが健人の反応の良さに不気味な笑いをする。
嬲るのに良い獲物だって思ってるのは間違い無い。
「気配もしねえ、匂いも隠すとか……くっそ、厄介極まりねえぞ。雪一が見えて無かったらやられてたかもしれねえ」
と、ここで姿を現したカーラルジュ目掛けて、ムーイが教えたブルの技、力を貯めて勢いを付けて剣で殴り掛かった。
「うおおおおおお!」
ザリィイインン! っと火花が散りながら剣がカーラルジュの皮膚を切り裂いてダメージを与える。
「ヴガアアア!?」
バシン! っと痛みに反応してカーラルジュの尻尾で薙ぐと俺達はそのまま吹っ飛ばされるが、その隙を健人は逃さずに槍を逆手に持ってバックステップしながら投げつける。
風を切る音を立ててカーラルジュに向かって飛んで行く。
避けようとしたカーラルジュの後ろ足に命中し、血が飛び散った。
よし! 多少ダメージが入った!





