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百八十五話

「あ? しょうがねえな」


 スターン! っと、そこそこ離れた所に居たゼリーリザードを健人は槍を投げつけて仕留める。

 俺が熱線を放って仕留めても良かったけど魔力とエネルギーの節約をしたかった。


「おら。これで良かったのか?」

「ああ、コイツの肉は良質なゼラチンでな、上手く漉して使うと簡単にゼリーになるんだ」


 今まで素材の組み合わせで固まらせていたお菓子が好きにゼラチンを入れるだけで良くなる。

 ゼラチンがあるだけで作れるお菓子の幅が広がる。

 フルーツゼリーだってなんだってだ。プリンだけが全てじゃ無い。


「前にユキカズが見せてくれたお菓子だな!」


 ムーイが目を輝かせて聞いて来る。


「キュッアー!」


 楽しげなムーイに合わせてラウも鳴いている。

 お菓子ってのはこう言った状況下での緊張を解くんだ。


「スライムでも代用が利きそうだが。何かちげえのか?」

「そこは否定しないが精神的なもんだよ。何よりスライムにも色々とあるだろ」


 細胞型のブロブとかジェリーとかも居る。

 あっちはどっちかというと出来損ないの肉って感じだ。


「ま、次に作る菓子を楽しみにしてろって、ミルクゼリーだろ……アップルゼリーだろ? ゼリータイプのプリンになんちゃってレアチーズケーキも作れる、同じような料理でも違う物が作れる」

「菓子職人の性分ってのは面倒なこった」


 おいちょっと待て。


「誰が菓子職人だ。俺は兵士で将来は冒険者だぞ」

「さっきの会話の何処に兵士で冒険者な所があるんだよ」


 く……何も言い返せない。


「まったく、こんな所で菓子作りの食材を見つけて喜んでんじゃねえよ。今後に必要なようだししょうがねえけど」


 という訳で俺はその場でゼリーリザードを加工してゼラチンを手に入れて固めた所でムーイに試食して貰う。


「材料だから分かってるけどぷるぷるしてるだけで味全然しないぞ」

「そりゃあな」

「気になるなら蜜でも掛けりゃ良いんじゃね? わらび餅とか葛餅みたいな感じでよ」


 ここで俺の菓子技能が何か、俺の記憶とは異なる事を告げる気がした。


「その二つ……たぶん、ゼラチンじゃないぞ材料。葛餅風とかわらび餅風には出来るけど」

「たぶんってなんだよ」

「なんとなく材料が違う気がするんだよ。俺の感覚だからよく分からん」

「お前さ……細かいってのとも何か違いそうだな」

「俺もよく分からん。細かい自覚もある」

「これもスキルって事なのかとは思うけどお前、菓子作りが隠れた才能なんじゃねえの?」


 く……薄々思って居た事を言われてしまったぞ。


「俺が仲良くしたいい女の中で菓子作りが趣味の奴がいたんだが菓子ってのは計算された代物だって話だ。適当に作って出来るもんじゃないって話だぞ」

「ユキカズ、何時もオレに美味しいお菓子作ってくれるぞ?」

「そこが話とかみ合わないんだよ。お前、菓子作り失敗した事あるよな?」

「そりゃあるに決まってんだろ」


 少なくとも独学でクッキーを作っていた頃は失敗が多かったし、あの菓子職人の元に居た頃にはかなり失敗したぞ。

 ただ……その後に関しては失敗した事は殆ど無い。

 感覚を掴んだというか……素材を見るだけでなんとなく手持ちの食材で作れるお菓子が分かる様になってしまっている。


「怪しいもんだ」

「疑っても何も出ねえよ。ともかく……黒蜜っぽいシロップは砂糖と水で作れるな」


 荷物袋にあった砂糖を魔眼の念力で浮かせて水を適量入れ、熱線で焦がしてから冷やしてムーイの持つゼラチンに振りかける。

 もむもむとムーイが食べる。


「ユキカズ、甘くて美味しいぞー!」

「息するようにシロップ作ってんじゃねえよ。ったく、気の抜ける連中だなおい」

「ユキカズ、このゼリー? ゼラチンで次は何が作れるんだー?」

「そりゃあゼリー類だろ? 健人の言うよもぎ餅や葛餅、羊羹っぽいのも作ろうと思えば作れるか? ちょっとこの世界独自の加工をすれば寒天に近づけるとは思うな……アエローから砂糖を作るみたいに」

「まずアエローから砂糖をどうやって作るのか俺は分からん」

「ならターミナルでスキルを取れば良いだろ。そうすれば分かるはずだ」

「そりゃあ分かるもんもあるが、そこまでポンポン出たか? お前からはターミナル頼りじゃないガチな物を感じるんだよ」


 嫌だぞそんな才能、異世界に来てお前の天職は菓子職人だ。

 とか言われたくない。

 そもそもあの菓子職人に教わったレシピだし、そんな難しくはないぞ。


「ユキカズ、お菓子作りは凄いんだぞ」


 ムーイ、それは何の弁護にもなってないからと言っても聞くような奴じゃ無いよな。


「ッキュ……」

「ラウに食べさせても良いかー?」


 赤ん坊でも甘い味は分かるかな?

 たぶん、食べても大丈夫だと俺の解析が教えてくれてる。


「ああ」

「よーし、ラウー」


 羨ましそうにしていたラウにムーイがシロップを掛けたゼラチン改め、葛餅っぽいお菓子を差し出す。

 パクリとラウはくちばしの中に入れて舐めるようにモグモグしながら飲み込む。


「キュー!」


 お? 口にあったのか美味しいとばかりに元気に鳴く。


「喜んでる! 良かったー!」


 ムーイが楽しげに笑うラウに微笑んで居た。

 そうして小休憩を俺達は終え、移動を再開し……フィールドダンジョン内オウルエンス達の隣村へと俺達は到着したのだった。





 砂漠や森林を抜けると……ツンドラ地帯とばかりに若干温度の低い場所へと出た。

 温度差が急すぎてこういったフィールドを抜けた先は驚きで一杯だ。

 この辺りは兵士をして居た頃も経験は少しあるけどやっぱりなれないもんだな。

 で……健人が教えてくれなければやっぱりというか俺とムーイはオウルエンス達の村が見える事は無かった。

 というか今も見えない。

 魔物避けというか隠蔽の性能は高いな。


「じゃあ、ちょっと話を付けて来るから少し待ってろよ」

「わかったー」

「あいよ」

「キュ」


 ラウも少しずつ元気を見せてきているようで、抱きかかえるムーイの腕の中で大人しくしてくれている。

 健人と一緒に村に入って……結界に少しだけピリッと引っかかったけど、すんなり入る事が出来た。


「キュー」


 ラウがムーイの腕の中で頭を動かして腹側、俺の目の方へと何度も見ようと試みている。

 元気になったら大分活動的になってきたなー。

 今は擬態してるから目を開けられない。ムーイの目から流れる情報から周囲を把握している。


「行ってくるからお前等はここで待ってろ」

「うん」

「キュ」


 って感じで健人がオウルエンス達の代表に話すために大きな家へと入って行き、俺達は待機する。


「ユキカズ、あの村で死んでた人たちと同じ種族の人たちだな」

「そうだな」


 彼らの会話が聞こえるが……事前に聞いた会話や文字だけでは何を言っているのか把握しきれない。


「なんて言ってるんだろうな。ムーイ、お前なら俺より早く覚えられるんじゃ無いか?」

「覚える様に頑張るぞユキカズ」


 もうちょっと言語の勉強をしないとこの先の話とかで不便になりそうだ。

 ただ、習得は想像よりも早く出来そうな手応えはある。

 日常会話をもう少し聞いていたら覚えられそう。


「……キュ」


 ラウがギュッとムーイの体を掴んで静かにしている。

 機嫌は……良いかな?


「ユキカズ……ラウは、この村の人たちに預けるのか?」

「たぶんな……」

「そう……だよな……オレ達とは一緒に居られないよな……」


 ムーイがラウを優しくあやしながら寂しげに呟く。

 愛着を持っている気持ちは分かる。けど、俺達の戦いにラウを何時までも巻き込んで良いはずも無いだろう。

 ラウが生き延びる事がラウの亡き両親の願いだろう。

 問題はラウを引き取ってくれるオウルエンスがいるかどうかだ。

 隣村の誰とも知らない子を引き取って育てるという事がどれだけ大変かなんて俺にだってわかる。


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