百七十九話
「で、臨界を迎えて異形化するはずのお前がなんで自我がハッキリして魔物になっちまってるんだ?」
「そんなのわかる訳ないだろ。ただ……神獣とも異なる奴の声がしたのは覚えてる。親の務めとか……」
と、俺が呟いた直後、健人が真顔になって考えるように口元に手を当てていた。
「なるほど、奴の干渉があったって事か。そりゃあ幸運な事だな」
「何か知っているのか?」
「知ってるも何も神獣共の創造主だろうな。この世界を作った奴って話だ。その創造主が異形化するお前を特別に何かした所為で魔物になったって事だろ」
神の庭園という地名を思い出す。
奴らの創造主がいる場所って事なんだろうとは思ったが迷惑な話だ。
まあ……あのまま異形化するよりは良いのかも知れないけどな。
「この世界の連中は創造主に対して祈りをするし、色々と教えてくれたよ。居るのは分かってる」
幸か不幸か……あのまま死ぬくらいならマシなのかも知れないけどせめてみんなの元で魔物化させてくれ、なんで見知らぬ世界でサバイバルしなきゃならないんだよ。
「ユキカズ達の話だな。色々と大変だったんだな」
「ムーイはそんな奴に覚えはないのか?」
「んー……なんか、あるような? 無いような?」
全てそいつの手の平の上だったら勘弁して貰いたい所だ。
とにかく、俺が魔物となってしまった謎が分かったような気もする。
健人の話が嘘の可能性もあるけど、ブルならここは疑わずに信じるだろう。
「創造主って奴を見つけて一言言ってやらないとな」
「……ふむ」
健人が腕を組んで俺とムーイを舐めるように見る。
「なんだよ?」
「いいや? 気にせず話を続けろ。そんな魔物に変化したお前がどうしてそんな姿になったんだ?」
健人の質問に俺は魔物化してからの生活とムーイとの出会いを話した。
そうこうして居る内に今夜のお菓子であるチーズケーキが焼き上がり、冷ましてムーイに差し出す。
「いただきまーす! んー! ユキカズ! これ、始めての食感! チーズって奴、凄く濃厚で美味しいぞ!」
「肉とか焼かずにお菓子とか良くやるな……美味いな。お前、兵士とか言ってたが菓子職人なんじゃないか?」
健人の指摘は聞き流そう。
ムーイに食べさせる事は嫌じゃないし、喜ばれるから嬉しいけど菓子職人ではない。
お菓子作りで失敗した事は、菓子作りのコックから教わってから全くと言って良いほど無い。
素材さえあればなんとなくで作れるし……これも異世界の技能のお陰なんだから何もおかしくはない。
健人も差し出したケーキをパクパクと食べて居た。
「甘みも十分、歯ごたえも随分と柔らかいし……腕が良いな」
「ムーイはお菓子が主食の生態をしてるんだ。作って居たら懐かれたんだよ」
「ユキカズの作ったお菓子の匂いに釣られて……あの頃のオレ、何も知らなくてユキカズに酷い事しちゃってた」
「もう気にすんな。俺が良いって言ってんだからな?」
ムーイの今際の台詞が思い出される。
……あのムーイと、今のムーイが同じであるのか、俺は判断出来ずにいる。
「迷宮種の好みってか、嗜好は色々とあるからな……」
「同じ迷宮種同士で殺し合って力の源を奪い合うみたいなんだけどな」
「で、何にも知らなかったムーフリスとコミュニケーションをしている内に懐かれたって事か」
「そういう事だ。で、どうにか謎を解き明かすにしてももっと強くならなきゃいけないって行動していたら迷宮種・カーラルジュに俺が人質に取られてムーイが隙を突かれて力の源を奪われ、死にそうになってしまったムーイに俺がパラサイトに進化して命を繋いでこうして追いかけてるって事だよ」
経緯だけど説明するとこうだよな。
あれから長い旅が始まったようなもんだ。
毎日が死線の連続だ。
「事情は分かった。随分と固い絆があるって事だな」
「固い絆って……」
「うん!」
いや、ムーイ? 力強く頷く事じゃないと思うぞ?
ちょっと恥ずかしいぞ。
「オレ、ユキカズ以外の人ともこうして話をしてな。仲良くなりたいって思ってたんだ!」
「ムーイ、まだ信用に値するかわからないからな? 幾ら俺と同郷とは言っても悪人だってありえるんだし」
藤平の例だってある。同じ日本人だからって信用出来るとは限らない。
「んだよ警戒心つえー奴だな」
「いきなり槍で脅されたら警戒もするだろ」
「ま、理由はごもっとも、んじゃ敢えて聞くが、この村をこんなにしたカーラルジュをお前等倒した後はどうするんだ?」
「え?」
カーラルジュを倒してムーイの力の源を取り返したらどうするか? か。
「そりゃあ当然元の世界、日本じゃなくあの世界に帰るに決まってんだろ。俺の夢は兵役を終えて良い奴と一緒に楽しく過ごす事なんだから」
「奇遇だな。俺も元の異世界に戻って良い女と楽しく過ごす事が目的だぜ」
気が合うとか俺に共感してるけどなんで女と特定した?
「ま、話を聞く限り、今の所は問題無さそうか。何にしても件の迷宮種を仕留めるのが先決だな。じゃないと力の源ってのを奪還出来ないだろ」
「ああ」
奴はムーイの力を使って物を変質させる事が出来る様になっている。
しかも強さも増しているのがコレまでの道で分かって居るんだ。
「……」
ムーイが強く拳を握っているのが分かる。
「キュ……キュ!」
赤ん坊が声を上げたのでムーイはハッと我に返り、あやすように体を揺らし始める。
「ユキカズ、こうすればいいんだよな?」
「一応な。何か不満があったら鳴くはずだし……用は足してないみたいだから大丈夫か。そろそろミルクを与えないとな」
「うん」
という訳でムーイに水をミルクにして貰って赤ん坊に与える。
「よーしよし」
「キュッキュ!」
徐々に元気を取り戻しつつある赤ん坊に安堵する。
このままできれば安全に育ってほしいもんだが、赤ん坊ってのはか弱いから何時死んでしまうか分かった物じゃない。
「健人、俺はこのオウルエンスという人種らしい赤ん坊の育て方とか知らないし、ミルクもヤシの実から抽出して作ったパームミルクを飲みやすく加工した代用食しか知らない。常食とは異なるだろうからどうにかしたいんだが心当たりはないか?」
「オウルエンスはこの先の川を抜けた先にあるダンジョンフィールドを抜けた先にある森林地域に生息する人種だ。お前らその子の面倒をしっかりと見ようって気なんだな」
「まあ……」
「うん! オレの所為でこの子が不幸になったんだ。絶対に助けたいぞ」
ムーイが決意を強くして即答する。
本当、お前は人間的成長をしていて驚かされてばかりだ。
「食事に関しちゃ……ちょっと味見な」
赤ん坊に飲ませているミルクを健人は少し口に付ける。
「ちょっと薄いが甘味を追加してどうにか飲めるって所か、温度は適温……牛乳じゃないにしてもヤギの乳辺りで母乳代わりにしたいって所だな」
「ああ。離乳食とかが食えるならむしろそっちの方が良いんだけどな。ミルク粥ならパンとミルクで作れるから」
「見た感じ乳離れはしちゃいないな。栄養素的に脂肪分が足りない程度だから、お前等の腕前なら脂肪分を追加して誤魔化せば良いか」
母乳に出来る限り近づけて赤ん坊の口にも合うように加工か……脂肪分……パームミルクの生クリームを調整して赤ん坊に飲ませる。
「キュ……キュッキュ……」
ちょっと渋い顔をしているようにも見えるけどお腹がすいているのか赤ん坊は代用ミルクを飲んでくれている。
やがてお腹がいっぱいになったのかうつらうつらとし始めた。





