百七十八話
気配ね……そりゃあそうだろうな。
ムーイを構成する一番大事な物が今のムーイには欠けているんだから当然だ。
「悪いが迷宮種って魔物がどんな種類なのか俺はよく知らないが、分かって居る点で言うと……カーラルジュはムーイの力の源を奪って行ったから取り戻すために奴の行方を追っている」
「迷宮種同士は強くなるために殺し合うが……なるほど力の源が無いから気配が薄いって事か。けど力の源が無きゃ死んでるはずだが?」
「そこは……俺が換わりとなっているんだよ」
死んだムーイの体をどうにか動かして命を繋いでいるに過ぎない。
それは今も変わらない。
「キュウウウ! キュウウ!」
ここで赤ん坊が泣き始める。腹が減ってきたんだろう。
「ユ、ユキカズ。赤ん坊が泣き始めたぞ! ど、どうしたら良いんだ? ご飯食べれば泣き止むか?」
「ちょっと待ってろ」
水筒を取り出して熱線で前回と同じく温めて赤ん坊の口元に触手で軽く蓋をして運ぶ。
パクッと軽く赤ん坊は柔らかなくちばしで俺の手と水筒を咥えて舌で舐めて吸い始める。
少しずつ流す量を調節してっと……。
「キュっ……きゅっ……」
前回よりも元気が出たのかミルクを飲んでくれている。
代用のパームミルクに蜜を少し入れて甘みを増したモノでしか無いのでこれで良いのか不安な所だな。
「あー……細かい事は後にして置くべきみたいだな」
「そうしてくれると助かる。この子の世話をしてくれるんだったら村人の埋葬を俺達がやる」
「しょうがねえな。飲み終わるまで待ってやるよ」
って事で、会話を取り持つのが赤ん坊とばかりに世話をしつつ俺達は村人の亡骸を埋葬する事を終える。
健人に赤ん坊を預けたお陰で安心して作業に入れた。
途中でサンドキラーシャークの肌に腕を変えて地面に手を入れてから力の限り掘りだせば地面を大きく掘り返せるのが分かって、人数分の埋葬が早まった。
墓と分かるように石を並べて置き……赤ん坊の両親の墓の前で祈りを捧げる。
ここまで来ると日が傾き掛けていた。
「終わったみたいだな」
「ああ」
「これからどうするつもりだ?」
「日も傾いてきてる、今夜はここで一泊したい所だな……魔物がまた襲ってこなきゃ良いけど……むしろこの村はどうやって魔物の襲撃から身を守って居たのか……」
「ああ? もしかしてお前……ああ、魔物なんだから当然か」
「なんだ? 何か理由があるみたいだな」
「ユキカズ、オレみたいにケントから聞いてるぞー」
ムーイが赤ん坊を丁寧にあやしながら茶化してくる。
「何もかも手探りなんだからしょうがないだろ」
「村の中央に砕けた水晶があるだろ? どうもお前等が追いかけて居る迷宮種に壊されたみたいだけど、その水晶がターミナルと同じ仕組みで動いてる代物なんだと、だから魔物に対する隠蔽効果と結界が働いてんだよ」
ああ、そういえばターミナルにはそんな仕組みがあるんだったっけ。
大迷宮で罠に掛かってサバイバルをさせられた時にフィリンがターミナルで安全地帯を作った時の出来事が思い出される。
「お前等が追っている奴は村の偽装と結界を突破するだけの力を持って居る。こりゃあ手を焼きそうだ」
結界を突破し、ターミナルを破壊して皆殺し……結果、周辺の魔物まで入り込んで来るようになったのか。
「ターミナルの設置は決められた所におかないと行けないとか聞いた事がある。なるほど……ターミナルポイントに合わせて設置するのか」
「壊れたからオレ達も気づけたって事なんだよな? じゃあ今までの道中でも村とかあったかも知れないって事か?」
あー……たぶんそうなんだろうな。
俺とムーイは魔物って扱いで隠蔽と結界で気づけなかった可能性がある。
ただ、法則が分かれば特定は出来そうな気もするな。俺の目ならばだけど。
ここで健人と話をしてカーラルジュの行方と何かしらの情報を得るのが得策か。
「健人、まだ俺達から事情を聞かなきゃ納得はしなさそうだしな」
「そりゃあな」
「俺も色々と聞きたい所でもある」
「まったく……今まで色々と奇妙な状況に立ち会ったけど、異世界召喚された事に匹敵する状況だぜ」
と、健人が赤ん坊を手慣れた様子であやしながら頭をボリボリと搔いていた。
この世界に来てムーイ以外で初めての話が出来る相手、しかもどうやら異世界の戦士だった様だしまずは色々と情報交換をしなくちゃな。
壊れた家を応急修理して、村に残された物資を使わせて貰う事にしよう。
調べた時に見つけたチーズやドライフルーツがある。
チーズがあるのは大収穫だ。出来れば本物のミルクがあれば良かったのだけど腐っていて使い物にならない。
死肉を漁った魔物の影響で食料と呼べる物は大分少ないけど、カーラルジュが残した残骸なんかもあるな。
かまどに薪を入れて火をおこす。
なんだかんだ今日も大分消耗してしまっているのでしっかりとエネルギー補給をしなくちゃ行けない。
チェーンソーミクスウルフとコヨーテの魔石は俺が咀嚼してエネルギーにさせて貰った。
今夜のムーイが食べるお菓子は何にするかね。
まずはチーズの構造と味をしっかりと理解して貰うのが先か。
「自己紹介が日本人ってだけで終わっていたな。異世界でのポジションはレラリア国ローレシア隊所属、兎束雪一伍長だ。あっちじゃ殉職扱いで二階級上がってるかも知れない」
「レラリア国? ああ、あの国か。割と兵役の窓口が大きい所だな」
健人はどうやらレラリア国を知っているっぽい。
「俺は元々レラリア国で、暗躍して居た奴によってクラスメイト毎大規模に召喚されて、異世界の戦士として世界の危機の為に戦ってくれって言われたけど断って兵士から地道に強くなろうとしたんだ」
「へー……国が召喚か、こっちは自然現象なのかよくわかんねえけど偶然迷い込んでしまった所からだったな」
懐かしいな……と健人は漏らす。
「もう十年くらい昔の話だな」
「十年……異世界の戦士って短命と聞いたけど違うんだな」
なんとなくブルやルリーゼの父親とかの話が思い浮かぶけど十年程度じゃ別人だよな。
「お前、知らないのか? 浸食スキルを使わずに過ごしていくと体が異世界に馴染むんだよ。そこまで行くと浸食で異形化はしねえよ」
へーそうなのか、となると飛野は節約していれば生き延びれるという事か。
いい話を聞いたな。
「やっぱり異形化は知ってるんだな」
「そりゃあな……アイツは調子に乗ってバンバン力を使って、割とすぐに異形化した。あんな末路を見りゃあ、いざって時以外は出し惜しみをするだろ」
最初の犠牲者を目の当たりにしたのか。
人によって色々と真実に気付くまでの経緯が異なるんだな。
「というかなんでお前が知らないんだよ」
「そりゃあ俺は臨界を迎える程に力を使ったからだよ。黒幕が大半のクラスメイトを騙して異世界の戦士の力を抽出して我が物にしたのを倒すためにな」
俺だけ激しいハンデを受けて異世界の戦士をやらされるとか酷い話だ。
今でも思うけど……俺の現在の状況から考えると色々と謎が増すよな。
「何より、俺を選んだ神獣って奴が現役の最後の奴だから、浸食が早いとか言ってたぞ。いざって時まで出し惜しみしていた事を誇れとか」
「散々な話じゃねえか。けど……なるほど、アイツが浸食仕切るのが余りにも早いと思ったが、きっとアイツはお前と同じ奴に選ばれたって事か」
どうやら健人と同じく召喚された仲間にも俺を選んだ奴と同じ異世界の戦士がいたみたいだ。
短命だったんだろうな。
「異形化した時の特徴が全身に目玉……なるほど、お前が目玉なのも辻褄が合うな」
納得されるのも微妙な気分だな。
特徴が同じだから間違い無いだろうけどな。
神獣も俺にこの件は誇れとか言ってたけど、間違い無く外れ枠だろ俺。
召喚された際の薄らと思い出すアレだと俺って残りものみたいな感じだったし……今になって腹が立ってきたぞ。





