百七十六話
「キュッキュ」
あやされて赤ん坊が笑顔を向ける。
何も分からない赤ん坊だからこその笑顔かも知れない。
だって俺達はこの赤ん坊とは何もかも異なる魔物である訳だしな。
俺が元人間だけど魔物のギガパラサイトで、ムーイは迷宮種・ムーフリスなんだし。
「おーよしよしって言うんだよなユキカズ」
「言わなきゃいけない訳じゃないぞ。ただ、あやすのには大事な事だな……後は、どうしたものか。薬の調合は多少覚えがあるけど……」
問題としてこの赤ん坊を俺達はどうしたら良いのかとなる。
俺達の目的はカーラルジュを追いかけてムーイの力の源を取り返す事であり、この子の両親の敵を倒さないといけない。
だからといって、この子を放置するにも連れて行くにも色々と問題が出てくる。
俺達自身の生活だってままならない状況だし、魔物との戦闘にこの子が巻き込まれ兼ねない。
かといって無人の廃村でこのままこの子の世話をするのか?
と、考えを巡らせていると……ゴゴゴと地響きが聞こえてくる。
ムーイが物音から建物の外へと顔を覗かせるとチェーンソーコヨーテという魔物の親玉らしき……ムーイよりも大きい体躯をしているチェーンソーミクスウルフが村の中へとやってくる姿が見える。
今になって村へと死肉を貪りに来たって事か。
空にはミディアムパープルコンドルが居て、今か今かと俺達へと狙いを定めている。
この赤ん坊を隙あらばかすめ取ろうとするのは誰の目にも明らかだ。
チェーンソーコヨーテたちも俺達に気付いて徐々に距離を近づけつつ襲いかかるタイミングを狙って居る。
「ユキカズ……オレ、アイツらを追い返したい。まだこの村の人たちの埋葬が出来てない」
「そうだな。だけど今の俺達には守らなきゃ行けない子がいるんだぞ? どうする? この子の親みたいに」
「ユキカズはそれで大丈夫だと思うか?」
……大丈夫だとは思いたいけど匂いとかで居場所を特定され、壁を体当たりで壊すしてこの子を奪って行くとかも無いとは言いがたい。
チェーンソーミクスウルフの体の大きさから今居る住居は体当たり一つで壊されるだろう。
本気で壊そうと思えばあっさりと倒壊するのが判断出来る。
「厳しいだろうな」
「わかった……ならオレとユキカズがこの子を守る」
「言うのは簡単だけど、どうするんだ? この家をムーイの力で頑丈な物質に変化させるか?」
収納は生き物を収める事は出来ない。
ならと考えつく方法にムーイの力で頑丈にするという方法だ。
頑丈な箱に入れればそれだけで守れる可能性は上がる。
「ユキカズ、オレの体を弄って、この子をオレの体に隠す」
……うわ、もっと直球の方法だった。ムーイの体の中に隠すのかよ。
確かにその方法ならもっとも安全とも言えるけど逆にもっとも危険だぞ。
「無茶な要求をするもんだな」
「出来ないのかー?」
「ムーイ。お前の体はお前が一番扱い方を分かってるだろ」
「うん。ちょっとだけ、我慢して……ユキカズ、お願いするぞ」
「はぁ……もっと別の方法があると思うんだがな」
「キューキュウー!」
周囲の状況から赤ん坊が泣き声を出した。
ああ、ごめんな。絶対に守って見せるから今は少しだけ我慢してくれ。
「あーむ」
「キュ――!」
ムーイは赤ん坊を持ち上げると口を思いっきり開けてそのまま流し込んでしまう。
「ん……っく……ん」
収める前に俺はムーイの胃袋より上の部分を広げて砂嚢みたいな状態にし、空気を確保出来る様に酸素を循環出来る様にする。
流し込まれた赤ん坊はムーイの疑似砂嚢に収められてしまう。
「キュウ! キュウ!」
抵抗する力が弱い赤ん坊が声を上げて暴れている。
俺はその疑似砂嚢部分に目を出して赤ん坊が怖がらない様にさっきまで居た家の映像を疑似砂嚢内に照射し、この子の親の生前の姿を想像して照射する。
ベビーベッドで揺られている感じだ。
狭いけど疑似映像空間の再現だな。
「キュ……キュ……」
最初こそ目を白黒させていた赤ん坊だったけど映し出される映像から徐々に落ち着きを見せ始める。
「プハ……ユキカズ、やるぞ」
「ああ、あんな奴ら、赤ん坊を泣かせる前に仕留めるぞ」
「おおー!」
っと、疑似砂嚢に赤ん坊を収めたムーイが力強く竜騎兵用の剣を握りしめてチェーンソーミクスウルフへとかけ始める。
今まで以上に魔物の攻撃を被弾するのは避けねばならない。
「おりゃああああ!」
「ワォオオオオオオオオオオン!」
遠吠えと共にチェーンソーコヨーテを引き連れたチェーンソーミクスウルフがムーイの攻撃をバックステップして避ける。
竜騎兵用の剣での叩きつけで地面に土柱が巻き起こり、そのままムーイはチェーンソーミクスウルフへと向かって突進気味に追撃を行う。
「バウバウ!」
チェーンソーコヨーテが左右から飛びかかって来る。
「ユキカズ! 目潰し!」
「わかった!」
俺は目を開いて閃光を放つ。
「キャン!?」
視覚で俺達を見ていたチェーンソーコヨーテが俺の放った魔眼の閃光で目潰しを喰らい、顔を逸らす。
「喰らえ!」
ムーイがその隙を逃さずに竜騎兵用の剣に力を込めて横に一回転をして遠心力でチェーンソーコヨーテをなぎ払う。
「ギャン!」
ブン! っと振りかぶった一撃を受けて至近距離に居たチェーンソーコヨーテの二匹が切り裂かれながら吹き飛んだ。
「バウウウウ!」
目潰しを物ともせずに巨体のチェーンソーミクスウルフがムーイに向けて突進してくる。
「よ!」
一回転して剣を振りかぶる余裕がないムーイは剣から手を離して横に飛んで避け、そのまま流れるようにチェーンソーミクスウルフの顔を殴りつける。
「喰らえ!」
ゴスっと音が響くが……感触からチェーンソーミクスウルフが仰け反る様子はない。
「バウ!」
かみ砕いてやるとばかりに口を開いてチェーンソーミクスウルフは文字通りチェーンソーみたいな不揃いな歯をムーイの体に刻みつけようとしてくる。
「おらぁ!」
その鼻先をムーイは手を伸ばして掴んで紙一重で避けたかと思うとロープみたいに腕を伸ばして一回転して口を無理矢理閉じさせ、顎下に回り込み……口を鋭い牙に変えて噛みついた。
ブシュ! っと鮮血がチェーンソーミクスウルフの喉から飛び散る。
「――!」
思わぬ反撃に目を白黒させたチェーンソーミクスウルフが回避の為に地面に顔をこすりつけて体を回転させる。
その巨体に押しつぶされる訳にはいかず、ムーイは手を離して飛び上がって竜騎兵用の剣の前へと着地すると同時に剣の柄を逆手で握って飛び上がる。
「ワオオオン!」
殺意の籠った声を上げながらムーイを迎え撃つチェーンソーミクスウルフだけどな。
お前はムーイがどんな攻撃をしてくるか、まだ分かってないぞ?
「大盤振る舞いだ! 喰らえ!」
腹部にある……俺の目が見開いて熱線を放つ。
ついでに周囲にいるチェーンソーコヨーテにも残った熱線をお見舞いだ。隙を見て飛びかかられたら堪ったもんじゃない。
「キャ――」
チャージしていた熱線がチェーンソーミクスウルフの顔面に放たれて目を焼く。
「からの……トドメ!」
ドシュ! っとチェーンソーミクスウルフの眉間に竜騎兵用の剣が突き刺さりそのまま流れるように切り上げる。
背骨の半分まで切りつけた所で剣を振り上げた。
ずしん……っと鮮血が飛び散りながらチェーンソーミクスウルフは絶命した。
経験値が入ってくるのを感じる。
「わう……」
自分達のボスが仕留められたのを理解したチェーンソーコヨーテが一目散に背を向けてその場から逃げ出して行く。
「ギュアアアアア!」
声を上げながら死肉を寄越せと空でミディアムパープルコンドルの群れが声を上げている。
余計な獲物を呼び込んでしまったもんだ。
ムーイの魔力でチェーンソーミクスウルフやチェーンソーコヨーテの死体をお菓子の材料にしてやるか?
無駄な消費になるけどアイツらに狙われるよりマシかも知れない。





