十七話
「き、きっさまー! この貴族であり、この町の幹部にして騎士であるトーラビッヒ=セナイールとわかっての狼藉か! 顔を見せろ! 直々に処分し、生きているのを後悔するほどの罰を与えてくれる。一族郎党許さんぞ!」
などと喚き散らすトーラビッヒ。
「ふむ……セナイール家か。あいにくと聞かぬ家名だな。どこの下級貴族の家かは知らんが騎士としての品位を落とし、狼藉を行うその姿を騎士として、街を守る隊を担う者としてライラ=エル=ローレシアが許さん」
ローブのフード部分を降ろし、なんか容姿端麗って感じの大人のお姉さんって感じの人がトーラビッヒに向かって言い放つ。
髪は緩いウェーブが掛っていて、顔しか肌の様子は分からないけど薄暗い店内でも白って分かる。
目は角度的に分からないけど、横顔だけで美人なんだろうなって分かる感じ。
背丈は俺よりも高い。170後半くらいかな?
年齢は……20代前半?
おー……なんか煌めいて凄くかっこいい気がする。
身分証明の証って感じにカードと何か家紋を掲げているようだ。
トーラビッヒが唖然とした表情でそのカードと家紋を見つめていて忌々しそうに上目遣いで睨みつける。
が、それも直ぐに収まる。
「じょ、上級騎士様がこのような酒場に何のご用でしょうか?」
トーラビッヒが敬語になった!
どう見ても、この紋所が目に入らぬか! だ。
「ああ、国からの指示でな。地方で正しく兵士や騎士が仕事をしているか、業務内容の監査、人事の再構築、立て直しを言い渡され、就任する事になったのだ」
フィリンが唖然としたままずーっと固まってるぞ?
どうしたんだろう。
「そ、そんな! 上級騎士様程の人をこのエミロヴィア如きに派遣なさるだなんて、私共が信用できないと国は仰っているのでしょうか?」
トーラビッヒが権力を前に媚びへつらう様に先ほどの態度は鳴りを潜めて敬語を意識して話し出した。
で、女騎士らしき人物がフィリンへと一度視線を向けた後に口を開く。
「ふむ……何分……どういった事情があるのかは私も話す事はできん。ただ、騎士トーラビッヒ。貴君が配下とする兵士への処遇に関して多大に問題のある行動をしているのは私の目にはしっかりと見えているぞ?」
で、ローブのした……腰に帯剣していた剣を引き抜いてトーラビッヒの首筋に当てる。
ゆっくりとした動作だけど洗練したものを感じた。
「正直、殺した方が良いかも知れんな。国の面汚しめ」
「ひぃいい! ど、どうか今一度猶予を!」
トーラビッヒの奴、数に物を言わせて襲い掛かるかと思ったが、抵抗の素ぶりを見せない。
……カードに提示されたLvを見て勝てないと悟ったとかかな?
で、上級騎士はフィリンの方を向く。
フィリンがブンブンと横に首を振るので、上級騎士は溜息を吐いて剣を収めた。
見逃してやったって事か?
「部下に感謝するのだな。ともかく、騎士トーラビッヒ。貴殿の詰め所へと案内してもらおうか?」
「は、はいいいいい!」
副将軍の印篭を見たかのような反応でトーラビッヒは頭を下げて出ていく。
「さ、フィリン、君も来るんだ」
アレ? フィリンもか?
……? 名前を知ってる?
そんな感じで……トーラビッヒは何やら上司っぽい女騎士に連れていかれてしまった。
「な、何ボサッとしてるんだ! 皿洗いは終わってねえぞ!」
俺はまだ仕事が残っていたのでやらされた。
次の仕事はキャンセルとなったので……寮へと帰った。
とりあえず……有能上司登場!
やっはあああああああ!
トーラビッヒざまあないなぁ!
と少しばかり胸がスッとした。
「ブ?」
部屋に戻るとブルも既に帰ってきていた。
どうやらトーラビッヒが関わっている兵士の業務が弄られたらしい。
おそらくはさっきの女騎士が関わっているのだろう。
「ブ、ブ、ブ……」
相変わらずブルは筋トレが好きな様で腕立て伏せをしている。
飯は帰る途中で食ってきたし……久々の空き時間だから洗濯でもしておこう。
寮の裏手にある井戸で衣服を洗濯しておく。
手がザラザラになるまで洗濯をさせられたのが思い出される。
ここ三週間近くは風呂すらまともに入れずに寝る前に行水して誤魔化していたんだっけ。
トーラビッヒの野郎が過密スケジュールで仕事をさせていたからなぁ。
仮眠するのが精いっぱいだった。飯は掻っ込んで食ってどうにか誤魔化していた。たぶん俺、かなりやせたと思う。
で、洗濯物を絞って部屋に戻り、窓と扉の間に掛けた洗濯用の棒に引っかける。
……時間があると割と暇だな。
談話室で本でも取ってこよう。埃を被ってたけどさ。
で、本を拝借して来てベッドの上で読む。
「ブー」
「ん? どうした?」
腕立て伏せをしていたブルが顔を上げて俺の方に向かって鳴く。
背中に手を伸ばしてポンポンしてるな。
「何? 重い物を乗せろ?」
「ブー」
正解らしく頷かれた。
とは言ってもな。
この部屋狭いし……仮設で付けた棚には俺達の荷物がある。
荷物もそれほど重くはない。
重い物……重い物……しょうがないな。
「ブ、ブ、ブ……」
無心でブルは腕立て伏せを続ける。
心なしか楽しそうに聞こえるな。
しかし俺は本が読み辛い。
揺れる。
馬車の中でもこういった本を読める様になりたいと練習がてらブルの背に乗っているけど、中々にしんどいものがあるな。
まあ、これくらいできなきゃ冒険者なんて夢のまた夢か?
そう思いながら読書を続ける。
酔いそうになったら読書を中断。
なんて事をしているとドアをたたく音が聞こえる。
「誰だろ?」
バランスを取りながら扉を開ける。するとそこにはフィリンがいた。
「あ、ユキカズさん……何、やってるんですか?」
「ブルの筋トレの手伝いだよ」
「ブ、ブ、ブ……」
一心不乱に腕立て伏せをするブルはフィリンが来た事には気付いてないようだ。
「だ、大丈夫なんですか? その……ブルさんは」
「本人が重い物を乗せて腕立てしたいらしくてさ……降りると嫌がるんじゃないかな」
「はあ……」
とりあえず狭いしフィリンが来た事を自覚して貰おうと俺がベッドへと飛び乗る。
「ブ!?」
なんで降りるの!? って感じの目をブルは俺に向けた後、フィリンが来た事に気づいて振り向いて座る。
恥ずかしそうに頭を掻いてる。
「あはは……本当なんですね。ユキカズさんの話」
フィリンが苦笑いしてる。
俺が相棒を虐待してると思っているのなら心外だぞ。
ブルの友達になりたいんだよ。
「どうしたの? そういえばトーラビッヒ……隊長はどうなった?」
できればクズとかバカとか無能とか呼びたいけど、どこで耳を立てているか分からないからなぁ。
「えーっとライラ上級騎士に内部監査をされて、てんやわんやしてます。トーラビッヒ隊長以外のいろんな部署でも同様です」
なるほどなるほど。
結構凄い事になっているみたいだ。
ざまぁ。
「ま、上層部から監査が来たって事はある程度は仕事が楽になるのかな」
「だとは思うのですが……」
なんかフィリンの様子がおかしいような気がする。
まるで好ましくない状態に傾いているような顔だ。
「それで俺達になんか用事? 残念だけどお菓子はもう無いかな」
「いえ、そうではなく……と言うかユキカズさん、私をクッキーで餌付けしてません?」
「滅相も無い」
誤解だ。
餌付けしたのはフィリンだけじゃない。
訓練校の先輩を含めた全員だ。
クッキー作りの腕も上達したしね。
「なんかあるの?」
「いえ……」
「ブ?」
フィリンの顔を見ていると目が泳いでいるように見えなくもない。
嘘と言うわけじゃないのだけど俺に何か言いたげというか。
察しろというのは難しいなぁ。
俺もフィリンの事をそこまで知っているわけじゃない。
訓練校からの知り合いだけど直接話すようになったのはここに来てからだし、日々忙しくてまともに話なんてできてない。
同期だけど、それ以上じゃない……なんだろうクラスメイトの女子くらいの距離感なのに、妙に親しくなっていると思われてる不思議な感覚。
これは自惚れて良いのかな?
フィリンに取って信用できる男子って事で。
とは言っても……踏み込んでほしくないって態度なのも確かか。
「パッと見た感じだと、ライラ上級騎士と知り合いなの?」





