百六十話
「……ん……んんん……あれ……?」
ピクッとムーイは何度も瞬きをしながら起き上ろうと頭を動かして起き上れずに声を漏らす。
「おお……意識が戻ったか……上手く行って……よかった」
「ユキカズ? あれ? オレ、夢って奴を見てたのか?」
「夢?」
「うん。あのな、オレな? ユキカズが襲われてな。守ろうと戦ったんだけどユキカズを盾にされてオレの力の源を取られて崖から落ちてユキカズに手を握って貰いながら死ぬ夢を見たんだ、すごく怖かった」
「ああ……うん」
「ユキカズ? なんかオレ、体の様子がおかしいぞ? 全然力が入らなくて起き上れない」
ンッショ、ンッショとムーイは起き上ろうと体を動かそうとしている。
「ああ……ごめんな。まだ調整というか俺の適合が上手く行ってなくて上手く代用出来てないんだ。あと少しで動けるようになるはずだから待っててくれ」
「代用? 代用ってなんだ? ユキカズ、教えて」
「……恨んでくれて良い。ムーイ、さっきお前が言ってたことは夢じゃないしお前が死んだって言うのもあながち間違いない。俺が強引に生き返らせてるようなもんなんだ」
「え?」
「頭だけは動かせるみたいだから上げて腹の方を見てくれ」
ムーイは頭だけグイっと持ち上げて……腹を見る。
するとそこにはギョロリと大きな目があって……俺と視線が交差した。
「な、なんかユキカズの目みたいのがオレのお腹にある!?」
「みたいじゃなくて俺の目だ! く……」
「ユキカズ! どうしたんだ!? 痛いのか!?」
「俺の事よりムーイ、お前はどうなんだ? 体が動かない以外でおかしなところは無いか?」
「よくわかんない。けどどうなってんだ? オレ、力の源無くなってるのに死んで無い。代用ってユキカズ何してんだ?」
「ああ……ムーイが死んだときに放出された経験値でパラサイトに進化してな……直後にムーイに寄生して強引に力って奴を循環させて完全な死を回避させたんだ」
そう……俺が考えた閃きとはパラサイトに進化し、ムーイに寄生して奪われた力の源の代用をするという荒業だった。
力の源とはおそらく魔物の魔石に相当する部位だろう。
俺も今は魔物だし、ムーイの臓器代わりになる事が出来るんじゃないかと一か八かの賭けに出た訳だ。
まあ……進化して寄生する際の状態は邪悪な魔物そのものだし……上手く体が動かない今もムーイの腹からぎょろりと目玉を出している姿はとてもじゃないが絵面が悪い。
パラサイトとしての体の使い方は何となくわかるのだけど、やはりというかムーイの体はかなり特殊で上手く……力の源の代用をするのは難しい。
ドクンドクンと全身を使って心臓の代わりに運動しているような状態だ。
正直……かなり疲れる。スタミナ回復力向上が俺に内包されていて助かった。殆ど疲れ知らずの俺自身の体だからこそ出来る事だと思う。
「たぶんムーイの体に入っていた経験値はかなり抜けてスカスカになってるし、力は出ないかもしれない……怖いだろうし怒るのはわかるけど……ごめんな……」
「ううん……大丈夫……オレ、ユキカズとまた話が出来るようになって嬉しい。別れなくて良いんだな」
ムーイは大丈夫だと言ってくれているが、俺は自らの行いを正しいとは思わない。
ただ、この方法しか俺にはムーイの完全な死を阻止することができなかったんだ。
死を冒涜した死体を操る邪悪な行いと罵られても言い返すことは……できないだろう。
例えムーイが許したとしても……みんな、許してくれとは言わない。
「……」
「ユキカズ? 大丈夫?」
「あ、ああ……でな……頭を動かすことは出来るだろうけど体を動かすのは待っていてくれ」
「うん……大丈夫、オレ……我慢する。けどユキカズ、話はしててね」
「わかった」
「ユキカズ、一緒だよ?」
「そうだな……ムーイ」
「なに?」
「絶対に……ムーイの力の源を取り返すぞ。この状態は、間違ってるんだ」
「オレは……ううん。ユキカズがそういうならオレ、頑張る!」
ムーイの返事を聞き届け、俺は出来る限りムーイの体に適合ししっかりと動かせるように努めることにしたのだった。
幸いにして崖下に魔物が来ることはなかった。
フライアイボールが死肉と思って降りてくることがあったが俺と視線が合うなりそのまま飛び立っていった。
何らかの感覚とでもいうのか、死肉とは思わなかったという所だろう。
ただ……ムーイの体が動かせるようにするのは中々骨が折れる。
俺自身の能力の低さが原因だろう。パラサイトになったばかりだし。
そうして……空の様子から一日半くらい経過した頃。
ぐるるるる……とムーイのお腹がずーっと鳴り響いていた。
「ユキカズ……お腹空いた気がするー……」
もう数えるのも嫌になるムーイの空腹アピールである。
『まだー?』とか文句を言わないだけマシか。
言う考えがないのかもしれない。教えたら連呼しそう。
空腹を感じる部分を俺が弄っているから感じないだけなんだけど、腹が鳴るのはしょうがないか。
生き物と呼ぶにはかなり適当な体をしてて胃袋ってのもそれっぽい作りの部分でしかない体をしてるって感じなのにな。
寄生することでムーイの体のよくわからなさは拍車が掛かっている。
空腹に関して、俺自身のエネルギーを循環させているけど、いい加減エネルギー切れになるのも時間の問題か。
等と思っている所で……やっと俺はムーイの体との接続を終えて力の源としての代用を完全に出来るようになった。
「よし……ムーイ、まずはゆっくり足を動かして起き上ってみてくれ」
「こ、こうかー? んー!」
ぐぐぐっとムーイは足に力を入れ、腕にも同様に力を込めてむくりと起き上る。
「おもい……ユキカズ……動くようになったけど前みたいに力でない……」
「しょうがないだろ。どうにか俺が代用しただけなんだから、前みたいに怪力が出せないのは当然だ」
「うー……」
「それだけ今までムーイは恵まれた体を持っていたって事なんだな……絶対に力の源を取り返したくなっただろ?」
「うん。でも……」
サスサスとムーイがなぜか腹……俺のいる辺りを撫でる。
「なんでもない。ユキカズ……オレ、お腹空いた」
「ああ……ゆっくりと体を動かすのに慣れて行って、拠点に一度帰ろう……問題はこの崖を登らないといけないんだけど……な」
残り少ないエネルギーで拠点に帰ってエネルギーを補充できるか非常に怪しいけど、この谷間じゃ食料は無いんだ。
やるしかない。
と言った感じで俺とムーイは新たな体ともいえる共生関係で立ち上がり、全然力が出ない状態で崖を登る事にしたのだった。
一応……俺の手をムーイの背中辺りから生やしてアンカー代わりに壁に吸い付いて支えることができたのでかなり四苦八苦したけど拠点に戻ることは……できた。
急いで保存していた作り置きのお菓子をムーイに食べさせる。
「ん……んっ! もう食べれないと思ってたユキカズのおかし! ユキカズ、本当に全部食べて良いのか?」
「ああ」
何をするにしても空腹では何もできない。パラサイトとなった俺はムーイが食べた物をエネルギーとして行動することができる。
もちろん俺自身が飯を食うことも出来るんだけどさ……まずはムーイが拠点にある菓子で栄養補給するのが一番だろう。
何より……これから迷宮種・カーラルジュを探してムーイの力の源を取り返さないといけない。
奴がどこに行ったのか、追いかけていかないと。
そのために拠点は放棄する。
幸いにしてこの辺りを探索した際に見つけた物資、装備はある。
今まではムーイの身体能力が高すぎる所為で不要だったけど、今はしっかりと装備しておくのが良いだろう。
「ごちそうさま!」
「よし、じゃあムーイ。俺が指示した物を集めて袋に入れてくれ。拠点を放棄して奴を追いかけるからな」
「うん」
と言う訳で調理用の鍋(アイアンバックラー+1)と調理用のハンマー(魔法銀のメイス+3)にナプキン(疾風のスカーフ+2)をムーイに持たせ、パラボナラビットの毛皮で作ったベッドシーツをローブとマントにして着せた。
「ごわごわするぞユキカズ……それに武器ってのが重い……前はすごく軽かった」
「前のムーイだったら不要だったんだろうが、装備は重要だ」
正直、今のムーイは相当に弱体化してしまっている。
これを装備で誤魔化せればいいのだが……。
あとは荷物袋にムーイが事前に作っていた果物などを入れて準備は終わった。
「腹が膨れた所で確認だ。ムーイ。前みたいにモノを変化させることは出来るのか?」
「ん? ちょっと待ってな……むむむ……」
ムーイが石を持ち上げていつものように物を変化させようと試みる。
前はすぐに変化したが……変化するのに時間が掛かる……しかも俺の魔力が少し減るのを感じた。
「ほ! ユキカズ! できた! けどすごく力が減る気がするぞ」
石を木の実に変化させることができたようだ。
俺の魔力も使ってどうにかムーイは石を木の実にするのが今は精一杯って所……か。
どうやらムーイ自身の魔力と俺の魔力は一部共有状態って感じみたいで、ムーイの力も減退はしているけど使える。
ただ……あんまり乱用はしない方が良いか。
最悪空腹は俺が飯を食うことでムーイには我慢して貰おう。
「よし、これから力を付けて絶対にムーイの力の源を取り返すぞ! おー!」
「おー」
そんな訳で俺達は拠点を放棄して……ムーイの力の源を取り返すために移動を開始したのだった。





