百五十九話
「く……」
人質を取られて動けないムーイが構えたままで様子を見ていると迷宮種・カーラルジュが俺を掴んだまま飛び掛かった。
「かは――」
ドスンという衝撃がして、変化している最中に目を動かしてムーイを見ると……迷宮種・カーラルジュの片方の尻尾がムーイの腹を刺していた。
「ぐ……ううう……」
ドクンドクンとムーイから何かがむしり取られる。
「ム――」
思わず俺は迷宮種・カーラルジュに当たるか判断できない熱線をぶちかましていた。
「ユキ、カ――ズ!」
「ヴウウ!?」
合わせるようにムーイが刺された体を前進させて俺を拘束する迷宮種・カーラルジュの尻尾を殴りつけ拘束が解けた俺を抱き留め、地面を強く踏みしめるとドンっと崖の谷間へと一歩で跳躍する。
即座に重力を感じながら俺とムーイは谷間へと落下して行った。
最後にほんの少しだけ見えたのは崖の上から落ちる俺達をゴミを見るかのような目を向けていた迷宮種・カーラルジュの顔だった。
それからすぐにドスンという衝撃が起こり……俺の意識が暗転していった……。
「うぐ……」
どれくらい気絶していただろうか。
一瞬だったのかもしれないし、長い時間だったのかもしれない。
ただ、潰された目を応急手当で治療しながらぼやける視界で状況を把握する。
「ユ、ユキ……カズ」
「ムーイか!」
相変わらず羽だった手が欠落してて感覚がない。
俺を抱きしめていたムーイの手が緩んで転がったので立ち上がる。
リトルオクトクラーケンへの変身は終わっていた。
手が複数あるので一本欠けた程度じゃどうってことはない。
タコないしイカだろうからきっと回復魔法ですぐに生えてくるだろう。
そんな俺の状況よりもムーイだ!
どうやら谷間に落ちた俺達を迷宮種・カーラルジュは追ってくるような様子は……今の所は無い。
「大丈夫か!」
「うう……」
まだ治療が終わっていない俺はムーイに霞む目で尋ねる。
状況的に高い所から落ちても平気だったのはムーイがクッションとなってくれていたからに他ならない。
しかしあの野郎……俺を人質にムーイを攻撃しやがって! なんて卑怯なやろうだ!
いきなりの不意打ちもそうだが気に食わない。
「ユキ……カズ……どこ……?」
ムーイがふらついた手を持ち上げて俺を探している。
「ここだ! お前がアイツから助けてくれたおかげで無事だぞ!」
その手を俺は握りしめるのだけど、あまりにも握り返す手の力が弱い。
「ムーイ! しっかりしろ!」
大本の目が霞むので手の先を目に変えてムーイの様子を確認する。
するとムーイの腹に大きな穴が出来上がり、何かが抉り取られているようだった。
「今すぐ手当をしてやるからな!」
俺の回復魔法じゃここまでの重傷を治せるかわからないけれどムーイの強靭な生命力ならきっと治るはずだ!
そう思わねばやっていられない!
薬草だって……拠点にあるんだ! 絶対に治してやる!
「ああ……ユ、キカズ……オレな……負けちゃった」
「ああ、負けたな。けど次こそ勝てばいいんだ!」
一度負けた程度でなんだ。諦めないことが大事なんだ! 命がある限りなんだって取り返せる!
どれだけ辛酸を浴びせられたって最後に勝てれば良いんだ!
「次……もう……無い。オレ……大事な所、取られた……アレ、オレの力の源……だった……」
「力の源!? おい! 何を言ってんだ!?」
「オレ、アイツを見たときわかった。アイツも同じ力の源持ってて奪う、オレもアイツも目的……アイツ、オレが目的でユキカズ襲った」
迷宮種同士は同族を殺しあって力の源を奪い合っているって事なのか?
ムーイはそれを本能的にわかっていて戦っていた?
そして迷宮種カーラルジュはムーイに勝つために俺を狙って人質にして……ムーイから力の源を奪った。
ムーイが虚ろな瞳で手のある方向を見てほほ笑む。
「オレ……な。ユキカズ、守れて……うれしい。ユキカズとの……時間、すごく楽しかった」
「おい。何そんな別れの言葉みたいな事を言ってんだよ!」
力の源を奪われたムーイはどうなる? それは結果として表れ始めている。
力なく倒れたまま立ち上がる事すらできず……その先は……。
「ユキカズ……オレ……すごく眠い……一人の時、寝るの怖かった。けど……ユキカ、ズがいるから怖く……無い。ああ……」
その声まで徐々に小さくなっていて……俺は自身の腕や体の痛みよりも……別の部分が凄く痛むのを感じていた。
体の痛みなんて比じゃない程に遥かに痛い……こんな痛みを耐えるなんて、とてもじゃないが出来そうにない。
でも……それは……。
「ユキカズ……絶対に、生きて……みんなの……ところに帰って……オレ、そう……願ってる。アイツとユキカズは戦っちゃダメ。アイツ、ムーイから奪ったからユキカズに興味、無くなった。間違い、ない」
これはムーイから俺への助言……のつもりなんだろう。
確かに迷宮種・カーラルジュは俺たちにとどめを刺しに来る気配は微塵も無い。
間違いは……無いのだろう。
「もっとユキカズのお菓子を……食べたかったなぁ……オレね。ユキカズのお菓子食べると……強くなれた気が、してたんだ」
「ムーイ……」
「ああ……ユキ……カズ。オレ……ユ……キカズ。殴って……ごめん……なさい」
「まだそんな事気にしてたのかよ! もう気になんてしてないだろ!」
最初の出会いは最悪だったと言っても間違いはなかった。
けど、それは何も知らなかったからであって話が出来るようになって色々と教えて、ムーイもしっかりと覚えたから今があるんだ。
懸命に応急手当の回復魔法を魔力が続く限りムーイに施す。
諦めるな! 力の源が奪われたくらいでなんだ! この傷がふさがれば――。
「ユ……キ……おや……す……」
フッとムーイの手の力が抜ける。
そのすぐ後にクラっとめまいを俺は覚え始めた。
これは経験値中毒……ムーイが死んだことでムーイに内包された経験値が周囲に霧散して行っているんだ!
死んだ……死――ムーイが……死んだ……
「おい……ムーイ! しっかりしろ! ムーイ!」
幾ら揺すってもムーイの意識が戻る様子がない……。
脳裏にムーイとの出会いとこれまでの出来事が走馬灯のように何度もめぐって行っては後悔ばかりが浮かんでくる。
俺は……ああ、また俺はこんな後悔ばかりをしているのか。
異世界に召喚され、異世界の戦士になることを断った所為でクラスの皆の最後を見てしまった。
あの時、あいつらの陰謀を察知すれば……そんな事を事前に察知なんてできないし未来なんて見通す事なんてできない。
けれど……だけど……何か出来ることがあったはずなんだ。
さっきの戦いだって、俺に出来ることがあったはずなんだ。
死を恐れずに、人質にされた。掴まれたときにもっと殺されても良い位に抵抗すれば……ムーイは死なずに済んだかもしれない。
ああ……ブル……フィリン……ライラ教官……みんなは同じ状況だったらどんな決断をした?
俺は……我が身可愛さに中途半端な抵抗しか……出来てなかったんじゃないのか?
『……ユキカズは良い人ってのが好きなんだよな』
『そうだな……俺は言っちゃなんだけどブルやフィリン、ライラ教官みたいな善人……良い人には成れてないんだ』
少し前、ムーイと寝る前の会話が脳裏に浮かんできた。
『俺は……良い人に憧れてるな。良い人と一緒に頑張って、良い人が不幸な目に会わないように力になりたい』
何が憧れてるだよ……俺は、大切な相手が不幸な目に会わないように力になりたいと言ってできなかったじゃないか。
『ユキカズ、オレは良い人かー?』
ムーイ……お前は良い人だよ。俺が人質にされて構わず攻撃とかせずに俺を生かすことを我が身よりも……優先したんだ。
『ユキカズ、オレも良い人になりたいぞ。そのために色々と教えて』
……ああ、どこでも俺は……良い人になりたいというのに助けられてばかりで助けることが何一つ出来てない。
何か手は無いか……藤平が最後を迎えた時も、俺は何もできなかった。
今度も何もできずに……一生後悔をして……この先をのうのうと生きて行かなきゃいけないのか?
急いで考えろ……まだ何か手立てがあるかもしれないだろ。
出来る事をお前はしたのか? 本当に何もないのか? どこかで見張っている神様って奴や神獣って奴に助けてもらうだけなのか?
今のお前に何が出来る?
と言う所でムーイとの思い出から……一つの悪魔のような閃きが浮かんできた。
とてもじゃないが正しいとは絶対に言えないだろう考えだけど……それでも俺は……。
俺は急いでサーベラインスアイへと姿を変え、霧散していくムーイの経験値をその身に受け止める。
「ムーイ……俺はやっぱり良い人に憧れているだけの身勝手な奴……なんだと思う。後で幾らでも恨んでくれていい。これは俺の……エゴだ」
どれだけ罵られても良い。ブルやフィリン、みんなに嫌われたって……この先に行う行動を咎められても開き直ってやる!
「神獣共に悪態なんてもう吐けないな……」
俺はムーイの亡骸に向かってつぶやき……願った。
どうか……俺の閃きが上手く行くように……と。





