百五十八話
「さて……」
日が暮れ始めるまでソードファルコンの分析をした。
気づかれずに見るのは案外出来るもんだな……。
これで行動範囲が広がればいいが……ソードファルコンのパーツ変化ポイントはどんなもんだろうか。
やはりベースとしてはリトルフローデスアイが良いか? バランスとかその辺りを考えるとリトルフローデスアイを進化させてフローデスアイにした方が良いだろうか?
なんて思いながら当たり前のように空を飛んで一旦、拠点に帰ろうとしていた。
この時、俺は異変が起こっている事に何も気づいていなかったのだ。
ソードファルコンが大人しく巣に閉じこもっていたからこそ、分析が出来ていたなど、微塵も思っていなかった。
「……今日は随分と弱肉強食が多いな」
木々の合間を飛んでいると食い荒らされた魔物の死体が転がっている。
このサバイバル生活も慣れてくるとよくある光景と化してしまっていて特に疑問を感じなくなっていた。
敢えて言うならという程度で魔物の残骸っぽいのが転がっている程度だったんだ。
魔物の死体の爪痕もビリジアンワイルドタイガーの爪痕によく似ていたのが理由だった。
そのビリジアンワイルドタイガーも拠点近くで待機しているムーイを相手に手も足も出ない程度だったわけで。
「まあいいや……今日はムーイと合流してから川辺で風呂でも入った後に帰りにターミナルポイントに寄ってー」
なんて拠点の崖近くで独り言を呟いている所で、フッと視界に見覚えのある魔物名が浮かんだので目で追う。
迷宮種。
「……ムーイ?」
俺を迎えなり探しにでも来たか? と、特に警戒もせずにその方角を見た。
直後、その相手は……木をへし折る勢いで足場にして現れた。
「ヴガアアアアアアアァアアアアアアア!」
ダークグリーン色の虎のような何かが俺が反応するより早く俺に向かって爪を振り下ろした。
「う――!?」
ヒヤっとした感覚と一緒に地面に叩き落されて俺は三回バウンドして地面に転がる。
意識がそれだけで飛んだ。
「ユ、ユキカズ!」
ムーイの声にハッと意識がすぐに戻ったのだけど羽から先の感覚が無い。
だらだらと羽があった場所から血が流れ出ていて、手が切り落とされたんだと今更になって理解した。
しかも皮膚の一部も削り取られていて、そこからも出血している。
うう……あまりにも酷いダメージで痛覚が麻痺しているのがわかった。しかもダメージの衝撃で体がまともに動かない。
「な……何が――」
どうにか目で何が起こったのかを把握しようと周囲を見渡すと、ムーイが怒りの形相でこっちに駆けてくる光景で、反対側には襲撃者……迷宮種・カーラルジュという名前の二股の大きな狐みたいな尻尾を生やしたダークグリーン色の虎が手を俺の血の色に染めてムーイへと残忍な笑みを浮かべて待ち構えていたのだった。
「ヴガアアア……」
ニヤリと獲物を見つけたとばかりに迷宮種・カーラルジュはムーイに向かって駆けだす。
「よくもユキカズを傷つけたな!」
ムーイは飛び掛かってくる迷宮種・カーラルジュを相手に怒気を孕んだ声を放ちながら構えて殴りかかる。
ドスンと重たい衝撃がビリビリと離れているのに響いてくる。
ムーイと迷宮種・カーラルジュの攻撃がぶつかった衝撃音だ。
「ああああああ!」
流れるようにムーイは俺が教えた組手をそのまま実践し、蹴りを迷宮種・カーラルジュの腹目掛けて放つ。
その蹴りを紙一重で避けた迷宮種・カーラルジュは距離を取って……なんだ? 透明化して素早く跳躍して一回転しながら尻尾で叩きつけを行う。
「むん!」
ムーイは両腕をクロスさせて叩きつけを受け止め、その尻尾を掴んで逆に地面に叩きつけを何度も行う。
「ヴウウウ!?」
思わぬ反撃を受けてそのままムーイの一方的な攻撃が行われるかと思った矢先、迷宮種・カーラルジュは片方の尻尾を……鋭くしてムーイに向かって反撃を試みた。
「はあ!」
弾けない一撃と判断したムーイは尻尾を手放してその攻撃を避けると、受け身を取った迷宮種・カーラルジュは距離を取って雄たけびを上げる。
「ヴガアアアアアア!」
迷宮種……ムーイもそうだが何なんだ? あまりにも異質な強さを持つ化け物にしか見えない。
「ユキカズを傷つけた事! 絶対に許さないからな!」
そこからの攻防を俺は目で追うので精一杯の戦いだった。
俺自身の弱さもあるけれどムーイと迷宮種・カーラルジュの速度と攻撃の重さがあまりにも違い過ぎていたからだ。
しっかりと見てわかることは迷宮種・カーラルジュは透明化と鋭い爪と牙、そして巧みな尻尾使いを得意とする戦法を行う魔物の様だ。
だが……時々尻尾の先に炎を宿して無数の火の矢をムーイに向かって飛ばしていた。
「うおおおおおお!」
ただ、遠距離の炎の矢に関してムーイは効かないとばかりにガスガスと殴りつけて弾き飛ばした。
脳筋な戦闘方法とも言えなくもないけど弾けるだけの能力をムーイが持っていると言っても良いかもしれない。
迷宮種・カーラルジュとムーイの攻防は……僅かながらムーイの方が有利か。
徐々にだけど追い詰めていっているのが俺でもわかる。
迷宮種・カーラルジュの戦闘スタイルは奇襲向けの一撃離脱。ムーイにしっかりと認識されていると正面からの戦闘では少々分が悪いのだろう。
とにかく、俺は少しでもムーイが戦いやすい状況を作り出すために何をすべきか。
く……右の羽が無くなってる。
右腕が消し飛ぶとか……治るのか? 俺の体。
今は出血を抑え込むために片方の手で傷口に応急手当の魔法と熱線での焼きを入れて……うぐ、飛べないのがきつい。
とにかく、今は変身をして援護を――と言う所で俺は視線に気づいた。
迷宮種・カーラルジュが起き上ろうとしている俺に視線を向けていたのを。
咄嗟に地面を蹴って逃げようとした所で迷宮種・カーラルジュはムーイの攻撃を避け、一直線に俺の所へと跳躍し、尻尾で俺の残った腕を掴んで締め上げた。
「うぐ――」
「ユ、ユキカズ!」
「ヴウウウウウ……」
ものすごい力で締めあげられ、息すらできない。
霞む目で周囲を見ると青ざめたムーイと残忍な笑みと取れる表情を浮かべる迷宮種・カーラルジュが居た。
くっそ……俺を人質にしたつもりか!
ムーイにとって俺が大事な相手だと迷宮種・カーラルジュは理解しているようだ。
「ユキカズを離せ!」
ムーイが怒鳴ると締め上げる力が増す。
「―――!」
つ、潰れる!
「ヴッヴッヴ!」
この野郎! 何笑ってんだコラ!
迷宮種・カーラルジュはムーイが少しでも動く度に俺を強く締め上げる。
動くなって言わんとしているのはムーイでもわかるほどの行動だった。
くっそ……失神する前に精一杯抵抗してやろうじゃねえか!
締め上げられくらくらする中で俺は熱線を放つ力を貯める。
一矢報いてやる!
と、眼光に力を入れた直後、ドスッと視界が大きくゆがみ、激痛が走った。
「――ッ!」
いってぇええ!
声すら上げられないけど抵抗しようとした俺に迷宮種・カーラルジュは俺の目に向けてもう片方の尻尾を突き刺しやがった。
目潰しってか! 熱線と魔眼が……視界が激しく歪んでわずかにしか見えない。
俺の視界の先には青ざめて動けないムーイしかいない。
待ってろ……俺が目潰しされて人質に取られた程度で諦めると思うなよ。
諦めが悪いのが最近の俺のスタンスなんだからな! こんな所でやられてたまるか! ムーイの足なんて引っ張る訳にもいかないだろ!
激痛に耐えながら俺は変身を行いリトルオクトクラーケンへと変化しようとする。





