十五話
そんな感じで睡眠時間が二、三時間程度の日々が一週間くらい過ぎた。
街にある各所の倉庫整理という重労働や引越しの手伝いを何時間もさせられた。
スキル万歳。
現代日本だったらブラックもブラックの仕事だぜ。
血を吐きそう。
いい加減、身の振り方を考えた方が良さそうだな。
「ふ……今日は所用で出かけてくるぞ。下賤な者共、しっかりと仕事をしているように!」
ってな感じでトーラビッヒとその配下は何やら外出していった。
仕事を言い渡されているけど、それも微々たるもので、実質休暇みたいなものだ。
最近では作業に慣れていたので半日で終わった。
ブルは筆記が苦手だそうで、近隣にあるダンジョンの出入りチェック&見張りの仕事。
俺はギルドの業務補佐をしていたんだけど……人手が足りてるという状態になり、隙を見て別の仕事を仰せつかった振りをして怠ける。
じゃなきゃ別の奴が怠けてただろう。
このギルド……勤務態度が非常に悪い。
まともな冒険者は寄り付かないわけだ。
ちなみにフィリンから聞いた話だと女兵士達も派閥があって、一部はトーラビッヒに媚を売って出世しようとしているそうだ。
なんだかんだで貴族だし、権力はあるって事なんだろう。
一応フィリンはそんな媚を売る勢力に上手い事立ちまわってトーラビッヒ達が本格的に襲ってこないようにしているそうだ。
気弱っぽいのに器用な事するなとは思う。
そんなわけで同じギルドで仕事をする仲間なんだろうが、知らない仕事仲間を怠けさせてたまるか。
こんな連勤が許されるわけがない。
ギルド内の倉庫整理と清掃という名の重労働とか何回目だっての!
座っているだけの受付業務すらした事無いわ!
あの小汚かったギルドがやっとそこそこ綺麗になったのは俺達のお陰だぞ!
次の仕事の時間までどっかで昼寝でもして体を休めてくれる。
じゃなきゃ死んでしまう!
どこか人気の無い所で寝よう。
なんて感じに寝る場所を探して街を歩いていると……。
「キャアアアアアアアア! エリックー!」
悲鳴と馬車の馬音が聞こえる。
声の方に振り返ると豪華な……貴族が走らせる馬車の前に4歳児くらいの少年が腰を抜かしている。
状況から見て飛び出しだ。
危ないと走り出そうとしたが間に合わない!
そんな時、人波から影が飛び出して少年を救いだしながら横に飛んでいく。
間一髪と言った様子で少年は助けられた。
ホッと一息……。
「わあああああああん。ママー!」
「エリックー!」
少年が母親に泣きながら近寄り熱い抱擁。
後はお約束のお礼の言葉……を言いそうな状況で母親の明るい表情から殺意の籠った怒りの形相に変わる。
「私のエリックちゃんを突き飛ばしたのね! 一歩間違えたらどうなったと思っているのよ! このクズ!」
「え?」
助けられたエリックちゃんが助けてくれた人と母親を交互に見て唖然としてるぞ。
突き飛ばしたって……助けた相手が飛び出したのはお前の反対側からだぞ。
物理的に無理だろ。
「エリックちゃん! 早く体を洗いましょうね。ばっちいばい菌が付いちゃってるわ! アレは下衆で汚い生き物なのよ! さ! 早く!」
「う、うん……?」
礼を言うまでもなく、助けてくれた相手の事など目もくれずに母子は去っていった。
エリックちゃんは首を傾げていたが、母親に腕を引っ張られていたからすぐに見えなくなった。
周りのギャラリーも白い目をして助けた相手を見ている。
「恩着せがましい」
「ワザと突き飛ばして母親を犯そうと思ったんだろうな」
などと、聞こえてくる。
「ブ……」
パンパンと埃を払い、英雄的行動をした人物は人混みを掻きわけて去っていく。
「ど、ドロボー!」
その直ぐ後にそんな声が聞こえてきた。
見ると今度はバッグを両手で抱えるように持った人相の悪い……ボロボロのローブを羽織った乞食みたいな男が走って逃げていく姿が見えた。
ひったくりだ!
それにしても治安悪いなこの街!
俺の立場は新兵だけど、街の治安維持のために活動する事は許可されている。
一応、兵士の制服を着てるしね。
まあ……新兵だからその身分から逸脱した行為として面倒な事になる可能性もあるけど。
とりあえず泥棒は捕えてもいいだろう。
捕まえられるか分からないけど追い掛けて警備兵班に情報提供すればいい。
なんて駆け出すと俺よりも早く動いた奴が居た。
もちろん、さっき人混みを掻きわけた人物だ。
速い……腕力のお化けの癖に敏捷と言うか、足もかなり速いんだ。
で……裏路地にひったくりが逃げ出し、俺は後を追ったのだけど、その本気の速度に目標を見失ってしまった。
くっそー……まだLvとかが色々と足りないか。
石とか投げるにしたってあの人ゴミじゃ別の人に当るかもしれないしな。
Lチャージを使えば捕まえられたか?
いやいや……さすがにな。
とりあえず、報告として被害者女性を警備兵に会わせて事情説明するか。
まだ居れば良いけど……そう思って戻ってくると……。
「貴方が盗ったんでしょ! 何、恩着せがましく返しに来てるのよ! けがらわしい!」
既にその誇れるだけの行動をしている人物が引ったくりから物を取り返して届けようとしていた。
被害に遭った女性は、先ほどの母子のようにその相手に礼を述べずに罵倒の声をぶつけている。
「警備兵! 早くこのけがらわしい魔物を捕えなさいよ! コイツが首謀者なのよー!」
……もう限界。
苛立ちも最高潮だ。
どうして良い事をしているはずなのに彼が罵倒されなきゃいけないんだ。
「ブー……」
そう……俺の相棒であるブルトクレスが何故か感謝をすべき人々から罵倒される場面に遭遇していた。
もはや黙って見ている事なんてできない。
「まあまあまあ……落ちついてください!」
警備兵のフリをして、クソ女からブルを庇うように前に出る。
とはいえ、ここで俺が暴れてはブルの正しい行いに傷が付く。
最低限譲歩しよう。
それで引き下がらなかったら許さん。
侮辱罪とかの罪で捕まえてくれる。
「俺の指示で彼は盗人から貴方の所有物を取り返し、返すように命じていたのですよ」
「あ、あらそうなの? と言う事は貴方が恩人? それなら……下賤なオークを調教して使役するなんて悪趣味な事を……」
その下賤なオークにカバンを取り返してもらったお前は何なんだよ! と内心愚痴る。
「ま、妥協してあげましょう」
なんでお前が上から目線で妥協してるわけ?
大事なカバンを取り返してもらったんだろ?
不自然な程人種差別が横行してないか?
反吐が出るんだが……。
オークってそんなに嫌われているのか?
「それよりもカバンの中身を確認していただけないでしょうか?」
「ええ……見たところ、盗られた物は無いみたい」
「それは何より、よくやったぞ」
犬ってわけじゃないけどペットを褒める感じでブルの頭を撫でる。
「ブー!」
ブルも流れに乗った!
犬みたいに陽気に声を出してる!
ちょっとかわいい。
「ではコレにて。俺達は引ったくりの追跡をしなければならないので」
「え、ええ! ありがとうございました!」
気にせずにーって感じで人混みから抜けて人のいない路地に入る。
それから俺はブルの方へ振り返る。
「ブー……」
居心地の悪そうな様子でブルは両手を合わせて顔を逸らしていた。
なんつーか……溜息しか出ない。
このレラリア国が亜人獣人だから差別しているというわけではないのは、今までの生活でなんとなく分かっている。
だけどオークだけは頑なに認めないって感じなのは何なんだ?
もしかして俺が想像していたオークと同じ認識だとか?
どっちにしてもだ。
嫌われ過ぎだろ。
不自然だ。
納得いかん。
この町限定なのか国の方針なのか、どちらにしてもだ。
ブルのした事は正しいだろ。
「安心しろ、ブル。俺はお前がした事は、尊敬できる事だって思ってる」
馬車が迫ってきたあの時、俺では間に合わなかったし、間にあったとしても咄嗟に動けなかった。
息をするかのように飛び出して助けたんだ。
その騒動の舌の根も乾かないうちに出てきた盗人を追い掛けて奪われたカバンを取り返した行動力。
そういや訓練校でも似たような光景を見た気がする。
飼育していた食料用の魔物が高い木に登って降りられなくなっていたのを登って降ろしていたり、階段を踏み外して転げ落ちそうになった訓練兵を抱きとめたりしていた。
こいつ……考える前に脊髄反射で善行をしているのではないだろうか?
何だろう。
今まで相棒役だったから一緒に行動していたけど、素直に友達になりたいと思った。
こう……言葉はよくわからないけど、仲良くなれば一生涯の信頼できる相手になってくれそうって言うのか?
打算が混じるけど、良い思いをさせてあげたい。
素直に、そう思う。
じゃなきゃ理不尽だ。俺が我慢できない。
「だからさ、そんな顔するな。何かあったら俺が間に立ってやるから」





