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百四十五話


 おお……心の底から謝るって感じで謝罪された。

 ……異世界に来てからここまで素直に謝られたのってセレナ様とか王様とかライラ教官以来の初めての出来事じゃないか?

 よく考えると謝られた経験多いな、俺。

 しかし、俺に直接暴力を振るった奴が悪い事をしたと思って謝る相手なんて今まで居なかった。

 召喚は……たまたま俺達だっただけでしかないし、部下の不手際に対する上司からの謝罪な訳だし……うん。

 俺はこいつを許せると感じた。


「俺に危害を加えないなら……良いよ。今度はしっかりと美味しく出来るように菓子を作るよ」

「ホントか!?」

「ああ、その代わり、俺の言ったことはしっかりと覚えてくれ。これからこの拠点での同居人って事にするから」

「うん! オレ……覚える」


 なんか予想外の形で俺は迷宮種・ムーフリスと同居する事になってしまった。


「オレ、お菓子そろそろできる?」


 ん? なんか妙な言い方をしてるぞ。

 俺、お菓子そろそろできる?

 何故お前がお菓子を出来ると言った?

 いや、もしかして……。


「確認を取りたいんだが、俺とは何を指す言葉だと思ってる?」

「オレ」


 と、迷宮種・ムーフリスは俺を指さした。

 いや、俺はオレという名前じゃないぞ。

 ああ……そう言う所から言葉を教えないといけないのか。


「俺って言うのは一人称で個体名を現す名称じゃないんだ」

「???」

「そうだなー……今日から……お前も一緒に生活するだろ? そうなった時に使うのは二人で俺達となる。けど、そうなると……お前を俺達以外から呼ぶ場合はどう区別すればいい?」

「オレタチ……二人だから区別できる。けど区別する場合。オレとは別の言葉」

「まあそうなる。例えばお前って名前ある?」

「名前……それは知ってる。迷宮種・ムーフリスって名前。わかった! これが区別!」


 物分かり早いなー学習能力が恐ろしい。こんなわずかなやり取りで学ぶとかどんだけなんだ?


「じゃあ……オマエの名前は?」


 と迷宮種・ムーフリスは尋ねてくる。


「兎束雪一」

「トツカユキカズ」

「兎束っていうのは……響きからするとお前だと迷宮種って所だな。だから名前だけを指すなら雪一だ」

「ユキカズ! じゃあオレはムーフリス」


 迷宮種・ムーフリスは自らの名をしっかりと楽し気な表情で名乗った。


「ユキカズユキカズ! ムーフリス!」


 なんか子供みたいに何度も俺と自身の名前をムーフリスは連呼していた。


「名前って不思議、なんか不思議! もっと無いのか?」

「んー……後は親しい相手だとニックネームとか渾名ってのがあるなー」

「あだなー?」


 知りたいとばかりにムーフリスは目をキラキラさせて聞いてきた。


「それってどんななんだ?」

「そうだな……俺の場合は兎束って所からトッキーって言われたり、雪一って名前からユッキーやユキって呼ばれたよ」

「へー! じゃあオレだったら?」

「ムーフリスの場合は……フリスとかムーイじゃないか?」

「ムーイ! なんか良い! ユキカズ! オレ、ムーイって呼ばれるの気に入った」


 そんなニックネームで良いのか?

 なんか妙な感性してるなー。


「じゃあ俺はこれからお前の事をムーイって呼ぶよ。ムーフリス」

「うん!」

「あ、そろそろ菓子が焼けるな」


 かまどで焼いていた菓子を取り出してムーイに差し出す。

 するとムーイは菓子を受け取り楽し気に頬張り始めた。


「おいしい! やっぱりコレが食べたかった! わああああ!」


 と、まるで……というか話をする限りだと子供な精神の奴なんだな。

 ムシャムシャとムーイは差し出した菓子を夢中で食べて腹鼓を打っていたのだった。

 そんなこんなで話し込んでいると眠くなってきた。


「ふわぁ……」


 思わずあくびが出てしまう。


「ユキカズ、寝るのか?」

「ああ……そうだな……そろそろ寝ておきたい」


 自由になってムーイが同居することになったわけで安堵からかここ数日の疲れがどっと出て来た気がする。

 まともに体を動かさなくても命の危機から来る緊張って疲れが出るもんなんだなー。

 特に精神的な所では。体の疲れはともかく精神的な疲れってのは当然ある訳で。


「じゃあオレも寝る。どこで寝るんだ?」


 寝床は用意してあるけど……。

 ムーイの奴、俺を箱に押し込んで逃げられないようにしていたけど何処で寝ていたんだ?


「こっちだ。ここの藁と毛皮で作ったベッドで普段俺は寝てたの」


 俺は寝床に行って、ベッドに腰かけてから説明する。

 数日ぶりのベッドに何となく懐かしさがこみ上げる。

 今日はぐっすり寝付けそう。


「ああ、なんか柔らかい所だと思った! そうか、そこで寝るのか」


 と……ムーイがなぜか俺の隣に座る。


「いや……寝るんだが……ムーイはどこで寝る?」

「ユキカズと寝る!」


 なんで? って言いたい気持ちをぐっと堪える。

 話をした限り、ムーイは本当に何にも知らない訳だから、言い聞かせれば素直に応じてくれる。

 さて……なんて言い聞かせようか。

 そう思案していた所でムーイが俺を抱えて寝転がった。


「うわ」

「えへへ……ユキカズ温かい……ここで一緒に寝るー」


 なんだろう。ちょっとかわいい所あるなとは思ってしまうが……。


「まあ……ここには寝床は一つしかないから今回はしょうがないけど……本来は別々に寝る物なんだぞ?」

「そうなのかー? でもオレ、ユキカズと一緒に寝てみたいぞ。ダメか?」

「寝ている間に怪力で俺を握りつぶしたりしちゃう危険性とかあるだろ」

「うー……そうならないように頑張る」


 頑張られてもな……そもそもなぜ俺を抱き枕にしたがるのか。

 ……まあ俺も極限まで疲れた時にブルを抱き枕にしようかと思ったからなぁ。

 とはいえガッチリ抱えられて逃げられそうにない。

 悪意とか敵意じゃなく、甘えているって事だし邪険にもし辛い。

 こういう時、ブルはどう答えるだろう……子供になつかれたというシチュエーションでブルがどう動くか考えてみよう。

 おそらく、邪険にせずされるがままに一緒に寝てあげているだろうと想像できた。


「はあ……しょうがないな」

「わーい!」

「んじゃ寝るか……」

「うん! それでなユキカズ」

「なんだ?」

「お話して、途中で寝ても良いから」


 寝付くまで子供に物語を聞かせるみたいなやり取りだな。

 そんなにも俺と話をするのが楽しいのか……まあ、俺の睡眠はかなりショートスリープなんだけどさ。


「わかった。じゃあ何を話したらいいかな」

「んっとね。ユキカズの事をオレはもっと知りたい。教えてー」


 俺をもっと知りたい……ねー。


「そんな面白いのか?」

「うん! ユキカズ、他の生き物と何もかも違う。ムーイがここに来た時もそう感じてた」

「そういやムーイは今までどんな生活をしてたんだ。親とかいるだろ?」

「オヤ? オヤってなんだ?」


 親すらムーイは知らないのか。


「じゃあムーイが覚えている最初の記憶、出来事ってなんだ?」


 俺の質問にムーイはしばし考えるようにうーんと唸った後。


「えっとなー地面に倒れてて起き上ってな。歩いてたら魔物ってのが殴って来たから殴り返して戦えなくなった所でオレが使える力で倒してずっと戦いながらご飯食べて寝て過ごしてた」


 つまりこの辺りで目覚めてずっと魔物というか野生で過ごしていた、と。

 まあ魔物って割とそういう生まれが多いんじゃないか? とは思う。


「そんでな色々と歩いてたらいいにおいがして、見上げたらここの入り口からユキカズが飛んでって、匂いの元の所まで来て食べたらすごくおいしかったけど知らない食べ物で、きっとユキカズが何か知ってるんだと思って帰ってくるの見張ってた」


 あんまり目的の無い行動の末の俺との遭遇だったのか。

 搔い摘んだ説明でしかないけど……ムーイに親はいないらしい。

 実年齢とか幾つとかそういう問いは無粋か。

 年齢という概念から説明しないといけないだろうしな。

 そういや抱きかかえられて感じた事なんだが、ムーイって肌触りがなんかこう……見た目の通り餅のようなマシュマロのような変わった肌触りしてる。


「オレの話したぞ。今度はユキカズ」

「ああそうだな。とは言っても俺の話をムーイが理解できるかわからないけど良いのか?」


 正直言ってムーイが俺の今までの出来事を聞いて内容を理解できるとは思えない。

 自分でも随分と奇想天外な一生を歩んでいる自覚はあるしな。


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