百四十四話
出かけている間に俺を逃がさないつもりなのか?
ロッククライミングで俺の拠点に来たのかよ……あり得たけどさ……こんなクマとも見間違えかねない人型の鏡餅みたいな生き物の癖に……身体能力が化け物染みている。
迷宮種って……一体。
「クウウウウ」
「うおおおおお……」
ドスンドスンと音を立てて川に到着水を汲んで拠点に戻らされた。
うう……ガタガタと揺れて乗り物酔いになりそうだ。
ともかく、コイツは俺に菓子を作らせるために殺さずにいたというのは間違いない様だ。
なら……まあ色々と手立てがない訳じゃないか……。
そう思いながら俺は嫌々ながら生き残るために生け捕りにされたまま……菓子作りを強要させられる事になったのだった。
菓子作りをさせられて数日程経過した。
色々とわかったことが複数ある。
まず俺が装着させられているこの箱は元々拠点に設置した木箱だったようだ。
よく観察すると覚えのある傷が刻まれていたので間違いない。
その木箱に俺を入れて閉じ込めるように迷宮種・ムーフリスが加工した結果、鉄製の逃亡防止用の鎧と化した。
ちなみに……用を足す用の穴を後付けでつけられた。
……これは非常に屈辱だ。
次に迷宮種・ムーフリスは片時も俺から離れず監視を続けている。
寝ている隙に逃げようかと思ったが不審な真似をする前に空気穴を用意した穴に入れられて周囲を逃げられないように固められてしまうので逃げようがなかった……。
なんか俺をお気に入りの僕とでも思ってんじゃないか?
更に水などの食材採取とばかりに俺を担いで出かけるようになった。
その際に俺が凝視している物を指さしてきた。どうやら菓子の材料に使うんだと思っているっぽい。
あとはそうだな……。
「はあ……次は何を作るべきか……」
「アウ……あうあうあう……」
なんか俺の喋る真似を迷宮種・ムーフリスはし始めている。
俺をからかって何をしたいというのか。
総じて判明しているのはこんな所で、絶賛俺は捕虜生活をさせられてしまっていた。
あ……なるほど、俺は捕虜になっているのか。
くっそ……兵士が捕虜になるとか聞くけど、訳の分からない生き物の捕虜として菓子作りをさせられるのはどうなんだよ。
ちなみに食事は菓子の一部を貰って飢えを凌いでる。
だが……こんな生活もあと少しの辛抱だ。
機会はやってきた。
担がれたまま食材探しに付き合わされている所で、毒草のミズネムヤリという槍に似た尖った植物を俺は熱線で指し示して採取させた。
兵役経験を元に教わった薬草学なのだが、この毒草の汁を煮込んで凝縮させると即効性の睡眠薬になる。
迷宮種・ムーフリスに効果があるか未知数であるが、菓子に混ぜて飲ませれば即座に寝落ちするだろう。そうなったらこんな箱を熱線で焼き切って逃げ出してくれる。
正直、猛毒のキノコとかを材料にするかと考えたけど知っていたら殺されかねないし、まだ毒キノコを見つけることが出来ていなかった。
そうして毒草を煮込んで菓子を作ろうとかまどの前に座っていると。
「……くお……おい」
迷宮種・ムーフリスがなんかこっちに言ってくる。
「オイ……おーい」
こいつの鳴き声何なんだろうな。ボディランゲージでどうにか意志は伝わるけどさ。
「チガ、ウ? オーイ、ワカ……ル?」
って……言葉?
俺は迷宮種・ムーフリスの方に振り返り答える。
「それは言葉か?」
「ウ……ウウ」
やっぱり気のせいか。
とは思ったのだけど、なんかコクリと頷かれる。
「ソレ、コレ、アレ。ソレはサトウ、コレはコムギコ、アレはミズ」
……迷宮種・ムーフリスが言っていたのは俺が熱線でほしい材料を増やしてほしい時に思わず喋っていた材料の名前だった。
「コト……バ?」
「言っていることがわかるのか?」
「ウウ? ワカる……のか?」
コクリコクリと迷宮種・ムーフリスが頷き始める。
ただ、俺の言葉をオウム返しのように返しつつ、何かしらのアレンジを加えて喋っているようだ。
試しに周囲の代物を指さしながらその名前をしゃべると迷宮種・ムーフリスは覚えるように反芻し、俺がしゃべる分だけ受け答えをしっかりし始めて来た。
学習……って事で良いのか?
「コレが話……意思……ソツウ? 言葉……理解」
「はいはい。で、俺と話が出来るようになったのはわかった。で……」
それで一体、何がしたいというのか。
「いろいろ、作らせた。お菓子」
「ああそうだな。ここ数日作らされっぱなしだな」
どんだけお前は食うんだよ。一日中、それこそ大量に菓子を作らされ続ける毎日だぞ。
なんでこんなサバイバル状況で菓子職人として捕虜生活しなくちゃいけないんだ。
「どれも……初めて、味、甘くて、オイシイ」
「ああそう」
なんか満足って事を言いたいのか?
それなら自由にさせてくれよ。もしくは出て行ってくれ。
俺は生き残ってみんなの元に帰らないといけない。
そのために強くなって危険な所を乗り越える強さが欲しいんだから。
「ケド」
なんか不満そうに迷宮種・ムーフリスは俺に言う。
「ここにキタ時に食べた味よりシタ。マネ……サイゲンできない。アジ劣る」
迷宮種・ムーフリスがここに来た時に食べた菓子より下……まずいって事か?
マネ……そういや材料が増減してたけど、俺を箱に閉じ込めて寝ていると思った時間に真似して料理してたのか?
見た感じ……料理とかできるように見えないけど……。
で、再現は……あの物を別の物に変える力か。
「なんデ?」
「そりゃ……わからないのか?」
「???」
心の底からわからないと言った様子で迷宮種・ムーフリスは首を傾げている。
「無理やり作らされているからだよ。挙句言う事を聞かなかったら殴られるんだ。命を脅されて作らされる料理なんだから余裕なんてある訳がない。これ以上の味を要求されても難しい」
はあ……そんな事を知りたいために会話をしたのかよ。
話が通じるようになったとしても身勝手な理由な事で……どうせ怒って俺を殴ってもっと美味い見たこともない菓子を作れとか言ってくるんだろうなー。
「ソウカ……ワルカッタ。じゃアすキに作っテ」
と、迷宮種・ムーフリスは俺を閉じ込めていた宝箱を果物に変えて壊して自由にさせる。
……え?
なんか恐ろしく拍子抜けな返答と突然の拘束解除なんだが……。
「いや……このまま逃げるとかされると思わなかったのか?」
俺の返答に不快そうに迷宮種・ムーフリスは顔を歪ませる。
「ニゲルつもりだったのか!?」
「いや、ただ聞いただけなんだが……」
そう、ここで問答無用で逃げられることができたぞ……そんな想像力もこいつにはないのか?
箱に閉じ込める考えはあるくせに……。
それとも逃げ出す前に抑え込む自信があったとか?
「逃げル……どこかいかないなら、いい。どこかイクならツイテク」
自由にはさせるけど移動するなら同行する……うーん……。
「逃げないなら俺を殴らない?」
「うン」
「殴って閉じ込めた事を俺は怒ってる。やられたらいやなのは想像できる?」
「……ウん。どうしたら怒らなくなる?」
なんだろう。
想像以上に話が出来るし、素直だぞ。
教えればそのまま覚えるというかなんというか……まあ、こんな場所で何かを教えてくれる奴なんていなかっただろうしな。
「謝るって事か? 殴ったことを」
「謝るって言うのか?」
謝り方も知らない……か。
これはもしかしたら平和的な方法が取れるかもしれない。
ブル……お前なら話合いの道を選ぶよな!
「心の底から怒らないようにしてもらう。許して貰う時には謝る言葉……ごめんなさいって言うんだ」
「わかった。殴って、閉じ込めて、無理やりお菓子作らせてごめんなさい」





