百四十三話
「一体これは……」
「クウウウウ」
声の方を見るとそこには招かれざる侵入者、迷宮種・ムーフリスって奴が地面にどっしり座り込んで俺を見ていた。
俺を倒した後、仕留めることをせずにそのまま宝箱に入れた?
一体何が目的なんだこいつは! 俺を非常食にして拠点を乗っ取ったのかよ!
ムシャムシャと俺が持ち帰った果物化した魔物を食べている。
く……こんな所から一刻も早く脱出しなくちゃいけないって言うのに……鍵穴やつなぎ目が変に溶けていてまともに外すことができない。
さながら重たい鉄の箱を強引に着せられたようなもんだ。
しかもご丁寧にワイヤーをこいつの足に巻き付けて絶対に逃がさないとばかりの扱い。
やがてゴクリと咀嚼していた物を呑み込んだ迷宮種・ムーフリスは俺の所にドスドスと歩いてくる。
「くうう……」
今度こそ俺の番か。
出来れば意識が無くなったまま調理されて死にたかった。
痛い思いとか自分が果物にされる光景なんて見たくない。
なんて思いながらドスドスと執行人の足音を聞いて自らの運命を呪っていると……迷宮種・ムーフリスは俺を持ち上げたまま……壊れたかまどの前にドンと落とす。
「ウウウウウ! ウウ!」
それから迷宮種・ムーフリスはかまどで俺が焼いていた菓子を突き付けるかのように見せつけながらかまどを何度も指さしたり顔を俺とかまどに交互に向けてからバシバシと叩いて地面を何度も踏みつける。
なんだ? 何が目的なんだ?
俺をその場で殺すとかそういう事をするつもりはない?
つーか……菓子はこいつが食い荒らしたはずなのに……なんで持ってんだ?
「クウウ!」
俺が首を傾げていると迷宮種・ムーフリスは驚愕の表情で果物と化した魔物の残骸、顔の一部を持ち上げてから見せつけるように手に魔力を集約して……俺の作った菓子と非常によく似た材質に変化させた。
「クウ!」
次はお前だぞ! と言っているように感じる。
これはなんだろう……なんか覚えのあるやり取りだぞ。
いや、覚えがあって当然だ。だってこれって超高圧的で暴力的だけど言葉を使わないボディランゲージだろ。
俺は似たように何を言っているかわからない相手とのやり取りを知っている。
それはブルとのやり取りに似ていた。
となるとコイツは俺を果物や菓子にするのではなく何かをさせるために箱に閉じ込めて意識が戻ったのを確認したら逃げられないようにして壊れたかまどの前においてきたと……。
下手に逆らったら今度こそ殺されそうなので黙って考える。
今はとにかく生き残ることを優先し、泥水をすすってでも機会を伺おう。
トーラビッヒのパワハラにだって耐えた俺だぞ。
ライラ教官のブートキャンプだって乗り越えた俺にはどんな理不尽な事だろうと耐え、来るべき時に備えることができる。
絶対に抜け出す機会は訪れる。
そのために明日の生にしがみつかねばならない。
だからこそ、迷宮種・ムーフリスが俺に求める要望に答えねばならない。
さて……アイツの目的はなんだ?
言う事を聞けと壊れたかまどの前に置かれた、それから俺の作った菓子……そっくりに変化させられた物を見せて脅す。
かまどの修理をしろ? いや、それなら菓子を見せる必要はない。かまどの前に置けば良いだけだ。
自分で壊したくせに修理させるのかよとなるが、どうも違う気がする。
何が目的だ?
迷宮種・ムーフリスを観察する。
チラチラと……視線を動かしながら様子を見ている。
修理が目的ではない。
じゃあ何があるのかというと……ムシャムシャと更に変化させた菓子を食っている所から考えて俺に菓子を作れって事だろうか?
だが……手にしたものを菓子に変えれるはずなのになんでだ?
……他に思い浮かばない。
俺は箱に入れられて動けず、かまどを組みなおし、辛うじて手を箱から出す事しかできないので視線で弱く可視光線の熱線を材料棚に指示する。
「ウウウ!」
待っていたとばかりに迷宮種・ムーフリスは立ち上がって俺が注視している棚の物を持って来て俺の所に置き始めた。
……やっぱりそうなのかよ。
つまりこいつは俺に菓子を作れと強引に命じているんだ。
くっそ……腹立たしい。
でだ……アエローから精製した蜜を入れた水瓶の中身が無くなっていた。
咎めるように迷宮種・ムーフリスを見つめると視線を逸らされる。
「ウウ!」
わかったよ! とばかりに別の水を入れた水瓶を持ってきて水を別の……どろりとした蜜っぽい物へと変化させてきた。
「念の為確認な?」
蜜っぽい代物に指を入れて口元へもっていき舐める。
……なんだろう。何となく薄い……ような気がする。何か違う。
「ウウウ!?」
何舐めてんだ! と叩かれた。
グキっと頭が思いっきり曲がる。
「いってーな! 味見もダメなのかよ」
「ウ?」
俺が抗議の声を上げると何逆切れしてんだって面をされた。
「良いか? 知っている食材じゃなくお前が作った謎の蜜モドキを出されたんだぞ。知らない食材で菓子が作れると思ってんのか? 味見するのは大事な事なんだ。わかったか?」
イラっとしたので言葉がわからないだろうけどきつく抗議する。
「ウ……ウウ」
なんかコクリと頷かれてしまった。
どうも反応が拍子抜けというかなんというかよくわからない奴だなー……。
なんて思いながら蜜が入った水瓶と水、それと野麦で作った小麦粉を混ぜ合わせて迷宮種・ムーフリスの食い残しである果物を視線で指示してもって来させて適度に千切って材料にぶち込み、型に入れてフルーツ蒸しパンをかまどで蒸し始める。
当然ながら蒸しパンだ。へこんだ青銅の鍋に水を入れて軽く沸騰させた後、その上に容器を置いて蓋をする。
火の調節は得意だからな。
「後は蒸しあがるまで待て、完成しないと始まらないからな」
「クウウ」
ブルのボディランゲージを意識しながらわかりやすく触らないようにと手と頭を動かして理解させる。
俺の伝えたい事を迷宮種・ムーフリスは理解したのかそれ以上かまどに詰め寄るような真似はせずに座り込む。
それからなんかじーっと俺を見ている。
なんか落ち着かない……ここで一矢報いるために魔眼をぶちかましてやろうか? ここまで凝視してたら魔眼を浴びせるなんてたやすい。
が……問題は魔眼を当てた後だよな……幻覚を見せる魔眼を仮に当てたとしてこんな重たい箱を着させられたまま逃げ切るのは非常に難しい。
こいつの一撃……鍋を投げてぶつけるだけで俺の首の骨が折れた訳だし……回復魔法でどうにか骨折は治したけど痛みはまだ引かない。
……フィリンの回復魔法より俺の回復魔法は上手くないからな……応急手当で骨までどうにか回復させたに過ぎないし……。
今は少しでも負傷の治療を優先すべきか。
と、菓子が蒸しあがるまでに俺は箱の中に引っ込んで手当てを施して傷を癒した。
やがて菓子が蒸し上がり、冷ますために魔法を施す。
アツアツすぎるのは問題あるしな。
「ほら出来たぞ」
「クウウウウ!」
ドタタタタ! っと俺が完成させたフルーツ蒸しパンの入った容器を迷宮種・ムーフリスは掴んで貪り始める。
ムシャムシャとすぐに平らげてしまった。
「クウウウ!」
ペロッと満足げに舌舐めずりをして……笑っているのか? そんな顔をした後もっと寄こせと容器を俺に差し出す。
「そんなすぐに出来るかよ……材料だってそんなにないって言うのに……」
ってよく考えたらコイツ……物を変化させる力を持っているんだっけ。
それにしたって水がない。
俺は水瓶を持ち上げて中身がない事を見せる。
「クウ!」
水はさすがに作れないのか。
それともどこにあるのか知っているからなのか迷宮種・ムーフリスは頷いて水瓶を手に取った。
取りに行くのか? それならその隙に逃げられるな。
なんて安易に思った直後。
「クウウ!」
「うお!」
ガシッと俺を肩に担いで迷宮種・ムーフリスは駆け出して拠点から飛び出して壁を掴んで飛び上がり崖を一瞬で登り切った。





