百四十一話
音に警戒して急いで近くの茂みに飛び込んで様子を伺う。
すると……クリムイエローワームがよくいる方角から……大型のカマキリ型の魔物、ソードマンティスが羽ばたいて落ちて来た。
ソードマンティス……魔獣兵に乗っているときに戦闘した魔物だ。
剣のように鋭利な腕を持って近寄る物を切り刻む残忍な暗殺カマキリ……だったっけ。
少なくとも人間が白兵戦で戦うのは厳しい魔物だぞ……今の俺の強さじゃどんだけ知恵を捻っても勝てる相手じゃない。
くっそ……あんな奴もここにいるのかよ。
余裕で戦えると思ったら次々と困難な敵が出てくるもんだ。
一応器用に物を掴める手が確保できたのでそろそろどこかに手ごろな武器が落ちて無いか探している。
手製の石斧でもよかったけど今回は不要だったので出さなかった。
そうして息を殺して茂みに潜んでいると……ソードマンティスは周囲をしばらく見渡した後、何事もなく歩いていく。
今がチャンスか? 念のため目に力を入れて分析を行う。
ピッとソードマンティスの上に%が表示される。
息を殺しながら俺が仕留めたクリムイエローワームの亡骸をソードマンティスは死体漁りとばかりに掴んでムシャムシャと食べている。
やがて周囲にあった死体を全部平らげたソードマンティスは腹が満たされたのかそのまま立ち去って行ったのだった。
「ふう……」
この間に行われた分析で得られた数字は5%か……地道に分析を集めてソードマンティスの手とか手に入れたら刃物の代わりに使えるかな……。
単純に武器を探したり加工して作るのだとどっちが効率が良いか。
幸い、頭のビリジアンパラボナラビットの耳のおかげで物音には敏感になっている。
不意の奇襲は避けられることが多いのでこのまま探索を続けよう。
って感じで探索を行っていると宝箱を発見した。
鑑定をしたところ……罠があるな。
発動するのは魔法系の罠でパラライズカース……宝箱を開けた奴に麻痺の呪いが掛かる奴みたいだ。
えっと……魔法系の罠の手動解除方法は……フィリンが前に教えてくれていたっけ。
こういう罠ってバルトが解けるからあんまりやってなかったんだけど……ウォークアイは魔法も使えるので感覚で解除を行う。
スッと視界に魔法陣というか魔法コードが浮かび上がるので、配線を切るように……コードを切断。
うげ……このパラライズカース誰が作ったのかわからないけど性格悪いな。
解除しようとする魔力感知コードまで仕組まれていて、ダミーが三つもある。
ただな……俺って見るのは得意な訳でダミーを見抜くのは簡単なんだ。魔力感知コードも魔眼をコード内に混ぜて幻影で誤認させて……あっさりと認証を騙せたな。
よし、解除完了っと!
ガタンと宝箱が魔法の罠の起動せずに開く。
中身は……。
「魔法銀のメイス+3と……疾風のスカーフ+2ね」
メイスとスカーフが入っていたので鑑定して確認。
鈍器かー……どちらかと言えば刃物が欲しかったけど、文句は言わない。スカーフの方は首にでも巻いておけばいいか。
素早さが上がる装備だから今の俺からすると助かる代物だ。
早速使わせてもらうとしよう。
「後はアイアンバックラー+1……僧侶かな?」
鈍器装備でバックラーってこの武器の本来の持ち主が気になるね。
バックラーかー……加工してフライパンにでもするかな?
いや、余ったらで良いか……青銅の盾を鍋にしちゃったし。
しかし……魔物が武器持って武装ってちょっとシュールな感じだな。
まあいいや、持ち過ぎない程度で進んで行こう。
と言った感じで俺は周囲の捜索を続けた後、拠点に戻った。
「なんていうか……慣れてきたもんだなー」
独り言が増えた気がするけど、喋らないとやってられない。
拠点に戻るとホッと安心する。
まだサバイバルな状況で何も好転していないというのにだ。
俺はここに安心を求めてしまっているのかもしれないな。
なんて思いながら拠点に設置した寝床……ベッドに腰を落ち着かせて座る。
野麦を乾燥させて藁にし、一か所に集めて縫った魔物の毛皮をかぶせて作ったベッドだ。
掛け布団も確保してあるのでぐっすりと休むことができる。
ああ、もちろん燻してあるのでノミの心配はないぞ。
居たとしても熱線で軽く炙って仕留められる。こういう所は便利な体だ。
「ふう……作ったパンでも食うか」
冷めて丁度良くなったパンを手に取りムシャムシャと食べる。
んー……バターとかちょっと欲しくなるな。
けど乳成分なんてこの状況じゃな……薬草の群生地で油分の多い薬草から植物油を精製することは出来るけど……。
パン屋から教わった異世界式のマーガリンでも作って代用するか。
「よし……」
採取した薬草というか植物から俺は植物油を絞り出し、水瓶に入れて分離を待って上澄みを掬い取って植物油を作り出す。
これに岩塩とか色々と入れつつ魔法で処理を行ってー……と作業を進めて行き、隠し味というか秘蔵のレシピって感じでビリジアンパラボナラビットの脂肪部分から抽出した油を混ぜて……完成!
異世界マーガリンだ。
「……」
外を見つめると日が落ちて夜になっていた。
帰ってから何してんだ俺……サバイバル状況下だぞ。大バカ者。ここ兵役で習った所だ! なんて言えるわけないだろ!
ま、まあ気にしたら始まらない。せっかく手に入れたメイスとかのメンテナンスオイルって事で植物油は使えるし色々と生活の余裕にするとしよう。
ここまで材料が揃うと……そろそろ菓子作りができるようになってしまうぞ。
どうしたら良いんだよ。サバイバルの状況下で菓子作れってか?
等と思いながら日々の楽しみは必要だと俺は菓子職人から教わったあの携帯食と……薬草クッキーを作ってしまったのだった。
ああ、卵があればもう少し品質が上げられるなー……今度卵でも探してみよう。
「ふんふーん。菓子が焼きあがるまでの短時間探索ー……」
そうして数日……クリムイエローワームが生息している範囲の探索に慣れてきた頃……クリムイエローワームの孵化前の卵を発見し、焼いて確かめたところ、癖はあるけど卵の代用が出来ると判断して早速菓子の材料に練り込んだ。
野麦から作った粉の在庫が減って来たな……またどこかにあれば良いけど……と菓子が焼きあがる合間時間、ターミナルポイントへ立ち寄って帰ろうと飛んでいた所で……俺は周囲の異変に気付いた。
「な、なんだこれ?」
見慣れない派手な色の何かが転がっているのに気づいて空から地面を見つめていると……それが如何に異質なのかが一目でわかった。
……周囲を警戒し、何もいないのをしっかりと確認して俺はソレに近づく。
「……これは、一体……」
そこに転がっていたのはフライアイボールに似た……大きな果物だった。
見た感じ柑橘系のフライアイボールそっくりの果物で……苦悶と驚愕が入り混じった表情をしている。
なんだろうこれ?
鑑定を行って調査をしてみよう。
む……なんか上手く行かない。果物として名前が表示される。
スペルオレンジ……っていう果物なんだが、このフライアイボールそっくりな大きなスペルオレンジはそう主張してて……。
その近くには他にも似たような食い残しと思わしきフライアイボールそっくりのスペルオレンジの皮が転がっている。
どうなってんだ? なんかヒヤリとした汗が背筋を通り過ぎる。
周囲の物音というか……魔物たちの息遣いのような物が聞こえなくなっている。
そのまま空を飛んで移動していると……。
「おいおい……」
ビリジアンワイルドタイガーそっくりのクラブアップルの食い残しがやはり転がっている。
その表情は……顔半分しかないけど怒りの形相で転がっている始末だ。
こいつは見覚えがある……ターミナルポイントで隙あらば俺を狙っている奴だ。間違いない。ここはこいつの縄張りだったんだぞ。
なんだよコレ……一体何が起こってんだ。





