十四話
「さてと……こんなもんかな」
籠一杯に薬草を集め、ついでにドヴァー草まで採取した俺達はその足で草原の方へ戻ってきた。
トーラビッヒ達は俺達が出発した所から全く移動せずに、居た。
奴等の籠に目を向けると何も採取していないのが分かる。
フィリンが困惑の表情で俺達とトーラビッヒを交互に見てる。
「チッ!」
何で舌打ちなんだよ。
「薬草を採取してまいりました!」
「ブー!」
二人して敬礼する。
トーラビッヒとその配下は俺達の籠の中身を入念にチェックしていた。
もちろん、正しい採取をしたに決まってるだろ。
ケチのツケ所を見つけられないのか苦虫をかみつぶしたような顔をした後、名案を閃いたみたいな顔をしてトーラビッヒは背を向ける。
「ふむ。では帰ろうか。新兵共、お前等は……そっちの、お前等が何もできなかった証である籠を背負ってこい」
俺達が必死になって集めた薬草籠を、さも自分達が採ったかのように背負ってトーラビッヒ達は帰り支度を始めた。
「は?」
「なんだこの無能な新兵共、私に意見でもする気か? この貴族であるトーラビッヒ=セナイールに。私はお前のようなどこの馬の骨とも知れない奴等、いつでも解雇して処刑する権利を持っているのだぞ?」
物凄い速度で俺の絶句の言葉に返された。
どんな脅しだよ!
絶対心当たりがあって言ってるだろ。
ああヤバイ。
苛立ちから殺意が芽生えてくる。
下手に殴りかかったら今までの苦労が水の泡なのも然ることながら、その場で殺されかねない。
仮に勝ったとして、間違いなく難癖付けられてお尋ね者だろ。
家柄自慢までしていたし。
『――殺すか?』
……なんでそんな感情が浮かんできたのか俺自身も不思議でしょうがない。
感情の制御ができないとカッとなってやってしまう、なんてものではなく……体のどこからか声が聞こえたような気がした。
ブルの方に目を向ける。
……ダメだ。
俺の所為でブルまで解雇されてしまう。
連帯責任という言葉が俺にずっしりと圧し掛かり、理性となって止めてくれた。
「何を呆けている。サッサと来るのだ! 愚民以下の豚共め。ああ、豚だったな」
「……ブー」
ブルがあきれ果てたような溜息を漏らした後、かなり渋々といった様子でトーラビッヒの指示した荷物を背負い始める。
が、その前に俺を宥めるように腰に付けたサーベルウルフの牙を軽く突く。
それと……?
あ、籠に入れたのとは別にドヴァー草が入った包みがある。
一本は籠に入れて他のは分けていたんだ……ちゃっかりしてるなー。
こっちの事は報告せずにいれば良いって事か。
転んでもただでは転ばずに居て我慢すれば良い。
そうブルに言われた気がしてぐっと堪え、俺達は帰還したのだった。
そこから先も地獄と呼ぶ事が待ち受けていた。
帰ってくるなり今度は宿屋への人事に回されてベッドメイキングと掃除を何件もさせられた。
それが終わると武器屋に派遣されて武具の品出し補助、その次は倉庫での荷物出し……引越し屋の仕事みたいなのをさせられ、次は酒場での皿洗いだ。
オーク故にブルは酒場での仕事はさせられないそうで、薪割りをさせられる。
この国の兵士ってこんな事もしてるのかよ、と絶句の一言だ。
どれも下っ端の仕事だけどさ。
トーラビッヒはギルドの方で遊んでいたようにしか見えなかった。
挙句酒場で、謎のドンチャン騒ぎ。
臨時ボーナスが入ったと酒場の受付嬢をしていた子が上客として騒いでいた。
それって十中八九俺とブルが持ってきたドヴァー草を売っぱらった金だろ。
ああ、訓練校の先輩……貴方の優しいの意味がここに来て理解できました。
あんなこの世にいる事だけでも嫌悪するクズがいるだなんて……と飲んだ事の無い酒を浴びるように飲みたい衝動を堪える。
まさかあのウザイ藤平がかわいいレベルだったなんてな。
世の中上には上がいるって事なのかね。
で、皿洗いが終わった後は……深夜の冒険者ギルドの清掃。
おい、寝る時間はいったい何時になるんだよ。
くたくたになった状態でブルと一緒に寮の部屋に戻ってきたのは……深夜の3時過ぎくらい。
俺達の部屋の前に椅子が置かれていて、フィリンが見張りとばかりに座って寝息を立てていた。
「……んむ」
俺達の接近に気付いてフィリンが立ち上がって声を掛けてくる。
「だ、大丈夫ですか?」
「正直、サッサと寝たい……」
きっと俺達が帰ってくるのを待っていてくれたんだろう。
優しい子だ。
だけど気に掛ける余裕がないくらい、しんどい……。
「そ、そうですよね」
「フィリンの方はどうだった?」
「あの後、トーラビッヒ隊長の講習という名の自慢話を三時間聞かされて、酒場で御酌を強要されました」
うわー……典型的なセクハラにも取られかねないセクパワハラだー。
貴族ってポジションで好き勝手してるって感じ。
国に直訴……は許されないんだろうなぁ。
精々監査を要請するしかない。
貴族と一介の新兵とじゃ権力が違い過ぎる。
というか……訓練校でも周知の事実になってるみたいだし。
だからあの時の上官が俺達に同情の目を向けていたんだろう。
もう兵役やめて異世界の戦士になる代わりに直訴してやろうかな?
そんな最後の切り札が脳裏を過る。
「ともかく、その……これからがんばっていきたいと、同期の信用できるユキカズさん達に言いたくて……」
仲間意識って奴だね。
フィリンって意識してなかったけどかなりの美少女だし、ちょっとばかり心が癒された気がした。
まだ耐えられる気がする。
場合によってはアイツに地獄を味わわせる手段があるからこその余裕だ。
俺を本気で怒らせたら異世界の戦士枠という権力にモノを言わせてアイツを貴族から追放してやる。
「うん……がんばって。どうにか研修というか、部隊異動ができるように申請しておこう」
「はい」
「ブ」
ブルが親指を立てる。
うん、我ら新兵ーズ、心は一つだ。
「ブー」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
「ブー」
というわけで俺達は宛がわれた部屋に入る。
超狭い&ベッドが一つ。
そうだった。寝る所が一つしかないんだった。
「……」
「……」
ブルと一緒に沈黙してしまう。
ここで一緒に寝ろと言うのだろうか?
正直、疲れていてどんな硬いベッドだろうと寝られる自信はある。
つーか……たぶん座っても寝られる。
とりあえず振り返ってブルと目を合わせる。
……オークねえ。
パッと見はファンシーな生き物にしか見えん。
場合によってはぬいぐるみで通るか。
ぬいぐるみみたいに中が綿ではなく腸で、骨や筋肉もあって硬いかもしれんが触った限りだと大丈夫だろう。
ブルをベッドに敷いて上に乗って寝るか、もしくはブルを抱き枕にして寝るか、と疲れによるおかしな発想をし始めた頃、ブルが声を出した。
「ブ!」
なんだ? 鳥肌立ってるぞ、ブル。
地面を指差して横になったぞ。
お前……床で寝ると言うのか!
なんて慎み深い良いオークなんだ。
「わかった」
俺は荷物から兵士用の服に支給された補修用の布をブルに渡してベッドに入る。
どっちにしても硬いからあんまり変わらんかもしれん。
「明日は俺が床な」
「ブ」
というわけで俺達はその日……仮眠と言うに等しい時間、眠ったのだった。
よくよく考えたら部屋の外で寝ても良かったよな。
問題はトーラビッヒの連中に見つかると、これを口実にブラックな仕事の限界突破をさせられる。
判明後は部屋でだけ寝ているが。
翌朝。
日が昇る前に叩き起こされた。
深夜遅くまで仕事させておきながら次の仕事があるとかで朝の雑務をやらされる事に。
多分二時間ぐらいしか寝てない。
街の石畳の補修と柵の修理って朝早くする事かよ。
しかもその前にはトーラビッヒが行う謎の朝礼……隊のルールを音読させられる。
内容に関してはノーコメント。
おー我等がトーラビッヒ~偉大な隊長ー。
やば、変な歌が頭に……空耳にしてなるものか。
で、朝礼が終わったらトーラビッヒは二度寝に行きやがった。
アイツ、何しに来たんだ。
来ない方がマシだろ。
「ブァアアアア……」
あ、ブルのレア声。
こんな声初めて聞いた。
眠いと言うか疲れが取れてないのが一目で分かるくらいブルの顔が疲れた表情をしている。
「ブー」
俺の顔を見てブルが弱音っぽい声を出している。
なんで俺は元気なの? って感じだ。
「知っているとは思うけど、ゴミ扱いのスタミナ回復力向上をそこそこ取ってしまってな。短時間の休息でそこそこ回復してるからかもしれない」
訓練校ではLvが高くなると不必要だと座学で教わるわけだけどさ。
今のところ困っていない。
むしろ取ったお陰で夜間は読書や勉強ができる余裕があったし。
「ブ!」
なるほどと言った様子でブルが手を叩いていた。
それからブルもスタミナ回復力向上を取得したようで眠そうな顔をする事は無くなった。
……寝てると腕立て等の筋トレをして騒がしくなったのは蛇足か。





