百三十一話
「わあ!? あ、あさ……」
朝を告げる朝礼の鐘の音を聞いて私は咄嗟に目を覚まして飛び起きる。
昨日は夜遅くまでメンテナンスを手伝っていたので少しばかり寝坊してしまった。
ユキカズさんやブルさんが取得している技能スタミナ回復力向上を少し取得しているけれどやっぱり寝坊はしてしまう。
私は日々の雑務を片付けながらユキカズさんたちが守った街並みに目を向ける。
「もうあれから十カ月も過ぎてしまっているんですね……」
ふと独り言をつぶやいてしまった。
そう、異世界の戦士を騙して力を奪い、ペンケミストル国を占拠した一派の事件からすでに十カ月の時間が過ぎ去っていたのを私は改めて日付を確認して思う。
ユキカズさんとの日々は長いようで短い出来事だったし、そのあともやはり同じように長くて短い日々の連続です。
異世界の戦士としての力を解き放ってすべての元凶をユキカズさんが倒したあの後、どうなったかというと……。
酷い話なのですがユキカズさんは他の異世界の戦士たちのように力を出し尽くして異形へと変貌する状況だったそうなんです。
ですが私とブルさんを騙して先に行かせました……ライラさんとヒノさん、そしてバルトがユキカズさんの最後を見届けようとしたその時、死んだはずの敵が落ちてきて……その敵の体が弾けて迷宮化現象が巻き起こりユキカズさんは引き込まれてしまったという話です。
私やブルさんもその時の事を覚えています。
空間が大きくゆがみ始め、空に浮かぶ建造物が揺れました。
そうして急いで戻って来た所で建造物の屋上には大きな迷宮への入り口である門が出来上がっていました。
ライラさんたちはユキカズさんが迷宮に引き込まれたと急いで迷宮へと入って調査を開始したのですがユキカズさんは見つかることなく現在に至ります。
敵の攻撃で多大な被害を受けた連合軍やペンケミストル国でしたが、幸いにしてセレナ達は無事でした。
もちろん不幸中の幸いという状況でしたが、それでも助かったのは変わりません。
作戦司令部としての機能は即座に回復し様々な指揮を出してペンケミストル国の復興を進められることになったのでした。
ただ、何分王城の真上に迷宮が出来てしまったのだけは避けようがありませんでした。
セレナの提案で迷宮への調査は日々続けられてます。
「ああ、来たわねヒョロヒョロ、今日はこの魔獣兵の設計図の確認よ。新武装に関してどう思うかしら?」
「ちょっと癖が強いですが、今までの魔獣兵よりもコストを1割下げつつ出力を据え置きにできるようです」
「ま……いいんじゃない? ただ、もっと自由に、面白い機体を作りたいわよね」
「あはは……」
私は転属先であるラスティさんの研究所で警備兵兼、研究者としてラスティさんの助手を任されています。
ユキカズさんとバルトがあの時の騒動で魔獣兵という兵器の有用性を大きく見せたお陰で各国でラスティさんの研究が多大な評価をされることになりました。
であると同時に大きな問題としてあの事件の黒幕が迷宮から率いていた謎の軍団は、首謀者討伐後も絶え間なく各地の迷宮から姿を現し人々の生活圏を脅かし続けるようになったのです。
竜騎兵や魔導兵だけではその謎の勢力からの侵攻に対抗しきれないと判断したセレナが国に提案しました。
一般兵士にもライディングの資格を大々的に開放することが決まり、世界は今、様変わりしている最中です。
そして低コストで且つ大量に生産することができて戦闘力を発揮できる兵器の開発を行えると魔獣兵に白羽の矢が立つことになりました。
バルトのコアから得られたデータを元にコピー体の製造が軌道に乗って、日々進行してくる謎の勢力……現在ではミュータントマシンと呼ばれる魔物たちとの攻防が続いています。
まだ戦いは続いているという感じです。
ライラさんはあの時の戦いで敵を屠った部隊の隊長として勲章を授けられることになったのですが、すべての活躍はユキカズさんたちのおかげだと王様からの褒章を拒否して受け取りませんでした。
そのあとにも各地で起こる任務などで奔走することになったようで、ブルさんとアサモルトさんを連れて各地を転々としているようです。
この前、手紙で何をしているかの報告が届きました。
そうして昼過ぎまで魔獣兵の製造の手伝いとメンテナンスを行った後、休憩時間となりました。
町の方に食事に出かけた所で……。
「ブー!」
「おーいフィリン」
「あ、ライラさん」
ブルさんを連れてライラさんがやってきました。
その後ろには相変わらずやる気の無さそうなアサモルトさんが付いてきています。
「久しぶりですね」
「そうはいっても最後に会ったのは二か月前だろう」
「まだそのくらいの時間しか経っていないんですね」
「特に変わった様子はない様だな」
「日々新しい魔獣兵の開発とかをさせられてますよ」
「あのフィリンが今では各国の頼りになる戦力である魔獣兵の制作に携わる、我が国きっての第一人者だとはな……」
ライラさんは私がペンケミストルの姫をしている頃からの仲なので思う所があるのでしょうけれど、そんなおかしい話じゃないはずです。
確かに姫が兵士をして研究者になったなんて経歴がおかしいと私の王族の部分が思うときはあります。
ですが私の夢だった魔導兵や竜騎兵に携わる仕事に就きたいという夢は変わりません。
「まだ言っているんですか」
「そういうな。立派に夢を叶えた事実は変わらないだろう」
「そうですけど……」
私もあの時の作戦の武勲という事で出世が約束されましたが断りました。
それくらい困難な任務だったという事だったのです。
ただ……ユキカズさんたちに着いていっただけでしかなく、ライラさんが辞退したように私も現在の地位を自らの力で勝ち取ったとは到底思えません。
もともと私の隠していた経歴なんかもありますからね……ペンケミストルの実家が介在しそうだったのをルリーゼ姉さんが口添えしてくれたおかげで今の私はいます。
それが無かったらやっぱり私は……どこかで実家に利用されていたでしょうね……。
「ブー!」
「ブルさんも二か月ぶりですね。調子はどうですか?」
「ブー!」
ブルさんは力こぶを見せるかのように腕を上げて意思表示をしています。もちろんブルさんもあの時の作戦で評価を上げました。
みんな揃って辞退する形になっちゃいましたけどね……。
王様を始めとした各国の人たちを困らせてしまいましたけど、ユキカズさんが居たからなのでしょうがないです。
ブルさんの評価は上がったので、ユキカズさんだったらとても嬉し気に見つめるのでしょう、私も元気であることだけはわかりました。
ブルさんはライラさんと一緒に各地を回りながら相変わらず人助けとか色々として騒動に巻き込まれているようです。
そして最前線で目まぐるしい活躍も見せていて、今では国でも有名なオークの戦闘兵として名が知れ渡ってきています。
「やれやれ、騎士様が休暇を下さるというから楽しみにしていたのに……いつその休暇は与えて下さるんですかねー」
「貴様は休暇を十分に使っているだろうが! そもそもその休暇はブルトクレスに与えるもので、貴様は継続して勤務だ! 良いから黙ってついてこい」
……アサモルトさんはライラさんに目を付けられていろんな所に連れていかれています。
どうも普段の態度はやる気が見えないのですが、色々と顔が広いのでライラさんの手が届かない所の仕事を任されているんだとか。
ただ、よく仕事をサボるせいで出世はまだできていないとの話です。
レラリア国を含めて各国は現在、迷宮からの侵略者ミュータントマシンの侵攻との戦いが続いていますけれど、それでも異世界の戦士たちが齎してくれた人々の生活圏は守れています。
平和な街並みをみんなで歩いていきました。
「ライラさんたちはまた戦いに行くんですか?」
「ああ」
私は不安になりライラさんを見つめると、ライラさんは優しく微笑みかけます。
「そう心配しなくていい。騎士と兵士の戦いはこんなものだろう?」
確かに、魔物たちとの戦いが少しだけ活発化した程度の騒ぎであるような気が私にもしています。
ですが油断はしてはいけないと、ユキカズさんとの日々を生き残った経験から思うようになりました。
「そうだ。フィリン、ヒノがどこにいるか知らないか?」
「え? ヒノさんですか?」
「そうだ。確かこの勤務地に正式に配備されたんだろう? ラスティからの連絡で合流することになっているんだが……」
と、話をしていると空からバルトが舞い降りてきました。
バルトはユキカズさんによってヒノさんに預けられました。
そしてラスティさんの作り出す魔獣兵のオリジナルのコアであるバルトから複製したコアが今では魔獣兵たちのコアとして日夜各地で使われるようになっています。
もちろん、コピーされたコアにバルトほどの性能はありません。
ですが、魔獣兵が人々の生活を守っているのは事実です。
「ギャウウウウー」
「バルトがいるという事はヒノさんも近くにいますね。バルト、ヒノさんはどこですか?」
「ギャウ」
バルトに尋ねるとバルトは斜め先を指さしました。
すると建物の上からバサァっと音を立てて……ヒノさんが降りてきました。
「お? そこにいるのはフィリンさんとライラさん達じゃないか」
兵士の服を来たヒノさんがあいさつをします。
ヒノさんはライラさんと同じく異世界の戦士たちの力を悪用した者たちの討伐をしたという事で褒賞と名誉が与えられる事になりましたがその褒賞で自身の活躍を伏せてもらうことを王様に進言したのです。
それから改めてレラリア国の兵士に新兵の見習いから始めたいと入隊を申し出ました。
どうして今更兵士になりたいのかと私が尋ねました。
するとヒノさんは微笑んで言いました。
「異世界の戦士ってこの世界を救うためって言われてよくわからず力を振るって戦っていただろ? 俺はそれを疑問に思って断った。だけど兎束は、知り合った親しい人達の為に、無念だったみんなの為に戦ったんだ……俺も兎束の分まで、兎束みたいな兵士になりたい……そう思ったから兵役に就く事にしたんだ」
との話です。
冒険者ではなく世界と国……いえ、人々を見守る兵士になりたいんだ、とヒノさんは力強く仰いました。
憧れる相手がユキカズさんというのが、彼をよく知る私達からするとちょっと複雑なんですけどね。
こう……普段は真面目で優しくて気が利くのですけどどこか変な方であるのは間違いなかったので。
まともに見えるヒノさんが兵士になった際に変にならないか不安でしょうがなかったです。
当初こそ困惑し英雄をそんな無下に出来ないと言った王様や各国の人達でしたがヒノさんの意思は固く、最終的にセレナの一押しでヒノさんは身分を偽り新兵として訓練校に入校することになりました。
ああ、付き添いとしてラスティさんと私が近くで研究所を借りて経過観察を行いましたけどね。
「一体どうしたんですか?」
「会いに来てはいかんのか? お前もパイロットとして目まぐるしい活躍をしているそうじゃないか。さすがは異世界の戦士と言ったところか」
「そういわれましても……兎束と同じくバルトに教わったことを実践しているだけですよ」
訓練校に行って三か月、訓練校を卒業したヒノさんはユキカズさんに託されたバルトと共に魔獣兵に乗って街に攻め込もうとするミュータントマシンを倒す警備竜騎兵のパイロットとして現在、街に赴任しています。
戦績はかなり良いとの話です。階級がみるみると上がってきています。
「ギャウギャウ!」
ちなみにヒノさんは竜騎兵の方が操縦がうまく行くとの話でしたね。
「異世界の戦士と言われましても……使おうと思っても、もうほとんどそこまでの力が出なくなってますけどね」
ヒノさんは苦笑いを浮かべながら言いました。
「まあ……ブルトクレスと同じくらいの力は使えると思いますが、それもそこまで長時間持つ訳でも無いですし、見ててくださいよ」
と、先ほどヒノさんが舞い降りる時の姿をヒノさんは見せてくださいました。
全身にウロコが生え、背中には蝙蝠を模した翼、そして尻尾……それはドラゴニュートと呼ばれる龍人種の姿へとヒノさんは姿を変えたのです。
「ほう……」
「そりゃあ多少訓練してタフにはなりましたけどね。あの頃と比べるとやっぱり劣るし、無理をすると体中が軋んできついです。まあ、浸食率も全然増加する事なく止まって、しばらくしたら消えちゃいましたからね」
気さくに微笑むヒノさん。
そうなんです。
今のヒノさんはもう異世界の戦士としての強い力は使えなくなってきていました。
色々と変化と観察を続けていた所、徐々に浸食する速度が落ちて行き、最終的に完全に停止しました。
さらにヒノさんの細胞を細かく分析したところ、殆どの細胞に変身型の獣人が所持する変身因子が見つかるようになりました。
「ラスティの経過報告はここに来る前に目を通した。データとしてしっかり残っているのはヒノだけだが、異世界の戦士は長く生き残ると因子と体が馴染んで変身能力へと変質していくのだったか」
「俺を調査したところ、そうなんじゃないかって結論に至ったそうですね」
この世界にいる変身型の獣人は実は異世界の戦士の末裔なんじゃないか、という結論……人種の謎の一つなのではないかとその界隈を賑わせている様です。
「力を振るわずに馴染ませていけば異形化せずに済む……か、それさえわかっていれば……」
「……そうですね」
ライラさんとヒノさんがユキカズさんを含めた異世界の戦士たちを想っていました。
「俺のご先祖様ってのも異世界の戦士様だったのかねぇ……」
アサモルトさんもこの事実に関してはふざけたりしません。
自然とブルさんのお父さんは異世界の戦士なのではないか? という可能性が高くなっております。
「……少ししんみりしてしまったな。過去を幾ら悔いても先には進めん。今は再会を喜ぼうではないか」
「ブー!」
「はい!」
「ギャウ!」
と言う訳で喫茶店で私たちは話をすることになりました。
そうして、話をしていると注文した品々が運ばれて来て、最後にデザートのクッキーがテーブルに置かれました。
みんながクッキーに視線が向かい、懐かしむように微笑みます。
「アイツはよく、こんな菓子を作っていたな」
「らしいですね。訓練校でも赴任先でも兎束を知る人は口をそろえて言ってましたね」
「ユキカズさん本人は疑問に思ってましたけどね。なんで兵士なのに菓子技能が上がっていくんだと……」
「奇妙な奴だったからな……」
「ブー」
「ギャウ!」
最後にユキカズさんに関してですが、私を含めたみんなの口添えでユキカズさんは戦死扱いではなく作戦行動中の行方不明という扱いになり、敵を倒すために命懸けで戦った事を大々的に世界中に広報されました。
そのため、本人はいませんが勲章が授与され四階級特進という驚異的な経歴となっています。
今ではユキカズさんをモデルとした物語なんかも色々と出されて広報展開されていてこの世界でユキカズさんの話を知らない人の方が少ないのではないかと思えるくらいになってます。
敵の陰謀を予期して異世界の戦士としての役目を断り、兵士として来るべき時に備えて力を磨き、迷宮で魔獣兵の元となったバルトを見つけ人々の為に戦う新兵器を提示、そしてすべての黒幕である敵を屠った英雄……。
ユキカズさんを知る人からすると、とてもそんな大層な人には見えないのですけど、経歴をまとめると……確かにそうなんですよね。
「……トツカは、死んだと思うか? あの異形化を終えて迷宮内でまともに生き残れるとは到底思えないが……」
ライラさんが言います。確かにユキカズさんは異世界の戦士として力を使いつくしたのは間違いないそうです。
ですが私は顔を横に振ります。
「いいえ、あの人がそう簡単に死ぬような人じゃないと私は信じてます」
「ブーブー!」
ブルさんも私と同意見だと頷きました。ブルさんは兄弟とかお父さんが生きているのはわかるそうなので、きっとユキカズさんも生きているのをわかるのかもしれません。
そうです。ユキカズさんはどんな絶望的な状況でも乗り越えて変なことばかり言っている人なんですから。
「兎束の事だし、絶対に生き残ってるはずだ。俺はそう信じて、あいつが守った場所を守っていく」
ヒノさんも頷いてクッキーを一枚取って食べました。
「そう……だな。アイツの事だ、ひょっこり姿を現しても何ら不思議じゃないな。それこそどこかで良い人コレクションという奴をしているかもしれんぞ」
「あははは、確かにそうですね」
ええ……ユキカズさん。
早く帰って来てください。
私達はあなたが帰ってくるのをいつまでも待っていますよ。
ここはあなたが守った世界なんですから。
……
…………
………………
「ぶえっくし!」
うー……くしゃみ出た。
誰かが俺の噂でもしているんだろうか……。
いや、今はそんなことを思っている暇はない!
「ガアアアア!」
やっべ! 見つかった!
と、俺は足の長い気持ち悪いデザインの亀から全力で逃げ出す。
今の俺では絶対に敵わないのはわかっている。
浸食率は無くなり、異世界の戦士としての力も使えない。
体を這う痛みは無いし思い通りに体は動くけど……遠くを見ればどこまでも続く密林……右も左もわからない、現在地不明の迷宮なんじゃないかと思える空間。
どっちに行けば帰れるのかすらわからない場所で俺は逃げながら叫んだ。
「ここは一体どこでなんなんだぁあああ!」
くっそ、あの野郎を倒した俺は兵役を終えてブルとフィリンみたいな良い人達と平和に冒険してのんびり過ごすのが夢だというのに……俺に安息はまだ訪れることは……無い様だった。





