百三十話
「大丈夫なんですか!?」
「あ、うん……どうにか……っ――」
ビキっと魂にヒビが入っていくような痛みが走るけど、どうにか堪えてフィリンとブルに微笑む。
「無茶をして! 浸食をし切ったらどうするんですか! バルトをしっかりと抱えていてください!」
フィリンは怒った顔をしたままバルトを俺に押し付ける。
これで少しでも浸食を抑えようとしているのだろう。
「ギャ、ギャウ……」
バルトは俺に触れることで俺がどんな状態であるのかを分かったかのような顔をしていた。
ああ、黙っていろよ? できればフィリンとブルには、まだ……知られたくない。
「ギャウ! ギャウギャウ!」
察してくれたバルトがもう大丈夫だとばかりにフィリン達へと顔を向けて笑顔になる。
「ブー!」
「ユキカズさんは安静にしていてくださいね!」
「ああ、ブル、それとフィリンはさ……もう敵がいないと思うけど警戒しながら救助部隊と連絡を取りに行ってくれないか?」
俺はフィリンとブルに微笑んだ後、ライラ教官と飛野へと視線を向ける。
「――っ。そうだな。フィリン、ブルトクレス。お前達は下にいるルリーゼ様とアサモルトと連絡を取りつつ救助隊を呼び、この建造物にあるデータを漁ってくれ、もしかしたら異世界の戦士達の浸食をどうにかできる情報が見つかるかもしれん」
「わ、わかりました」
「ブー」
「兎束は俺が見張っているよ。もしあの野郎がまだ生きてて出てきたら今度こそ俺が本気で相手になるからさ」
飛野が念押しとばかりにフィリンとブルへと提案する。
「ギャウ!」
けが人は俺だけ、下手に動かすよりも救助が来るのを待つべきって感じでまとまってきている。
「……わかりました。けど、絶対に無茶はしないでくださいよ?」
「ブブ!」
珍しくフィリンとブルが両方とも怒った顔で俺に注意してくる。
「当然だって、なーに、浸食はそこそこ進んだけど臨界ってほどじゃないから安心してくれよ! 大丈夫大丈夫。ただ、ちょっと疲れたから休んでいるだけだって」
「はい……もうこれ以上の無茶をしないでくださいよ」
「当然だって手を握ってみなって、腕はまだ上がるんだからさ」
俺はフィリンに手を伸ばして握手を催促する。
フィリンは恐る恐るといった様子で手を伸ばす。
俺の体……もう少しだけ、気づかれないようにしてくれよ。
「本当に、大丈夫みたいですね」
フィリンは俺の手を握り、特に異常がないのを確認してから安心したように手を放す。
「ブー……」
ブルも続く。
ああ……その優しくも力強い小さな手に、俺の手は近づけたんだろうか。
そうして長いような短いような握手を終えてからフィリンとブルは恐る恐ると言った様子で度重なる攻撃でどうにか浮かんでいる建造物の亀裂から地上へと向かう道の捜索へと向かっていった。
「いってきます」
「ブブー!」
「いってらっしゃい……」
と、俺が手を振り返し、ライラ教官と飛野、バルトがフィリンとブルを見送る。
そうして二人の姿が見えなくなり、少しした所で俺は倒れるように地面に転がった。
うぐううううう……体も魂もおかしくなりそうなくらいの激痛だ。
自我なんて保ってなんかいられない。
これが藤平も味わっていた痛みかよ。
けど……まだ、言わなきゃいけないことがあるんだ。
「教官、飛野、バルトも……ありがとうな」
「……貴様という奴は……これも大した時間稼ぎにならんぞ。結局は同じなのだからな」
「それでも、俺が見た最後の光景があの二人の泣き顔なんて嫌だったんですよ」
「まったく……お前の様な部下は初めてだ……」
「いつもすみません」
「だが、他の者に代わって言わせてほしい。この世界を、いや……皆を守ってくれて本当に感謝する。後の事は任せてほしい。トツカ、お前にとって悪い結果にだけはしないと約束しよう」
ライラ教官の透き通る声でハッキリと言われた。
その言葉は例えようもなく、胸に入ってくる気がした。
ああ……少しはみんなに近づけた気がする。
俺はみんなみたいに正しい事が……尊敬出来る様な事をしたかったんだ。
そんな尊敬出来る人達が好きだったんだ。
「兎束……」
ああ、悪いな飛野。
お前の泣き顔が最後の記憶になっちゃいそうだけどさ。
「ギャウ……」
「バルト……悪いな。さっきも言ったが……俺の代わりに飛野を守ってくれ。最後まで身勝手な主人で申し訳ないとは思っているんだ」
「ギャウ!」
ガブっと泣いているバルトが俺の腕に噛みついて来た。
が、それもすぐ離す。
これでチャラにしてやると言いたいのだろう。
「飛野……そんな訳だからさ……俺を、含めたみんなの分……無茶な願いかもしれないけど、どうか生き延びてくれ……」
「本当、身勝手な奴だよ。そんなんじゃ藤平の事を馬鹿にできないぞ!」
はは……あの藤平と同等の馬鹿か。
飛野も言ってくれるね。
けど、このざまなんだから間違いでもないか。
多分、藤平だって本当は誰かに認められて、褒められたかっただけなんだろうしな。
「うく……」
「兎束!」
「トツカ!」
「ああ……大丈夫、大丈夫だから、ちょっと痛いだけ……せめて藤平みたいな無様な変異はしたくないから最後まで叫びたくないんだ」
「お前って奴は最後までそんな事を……」
ライラ教官が泣くとも笑うとも言えない複雑な顔を向けてくる。
まあ……こんな最後も……悪くないのかもしれないな。
どんどん俺が俺であった部分が消えて行くような気がしてくる。
ドクンドクンと心臓の鼓動が遅く……それでありながら全身に何かが這うような感触、それは意識にも混ざっていて、視界に黒い蛆虫のようなものが覆いつくしていくような気がしていた。
「ちょっと……眠たい。少しだけ……休ませてくれ」
「ああ……ゆっくりと休むが良い。私が上にそう申請しておく」
「兎束……安らかにな。あんまり寝相を悪くさせるなよ」
「ギャウ……」
みんなの声がどんどん遠くなって行く……おやすみ……ブル……フィリン……また逢えたら……。
こうして俺の意識はどんどん消えて行ったのだった。
――そして。
何か……俺の中にいた声の主の気配が大きくなっていて横になっている俺を見つめているような気がした。
汝は歴代の英雄達に負けない程の雄々しさを見せたぞ。
だからこそ、神獣達は敗れていったのだからな。人とはどんな困難でも勇気と希望、そして時に感情を震わせて困難を乗り越えて行く。
そりゃあどうも……ただ、俺はそんな歴代の英雄様なんかのように大層な目的とかがあったわけじゃない。
ブルやフィリンみたいな人と一人でも多く知り合って楽しく生きていたかったんだからな。
もっと良い人を知りたかったよ。お前の言う誇らしい奴を探しているみたいにな。
……なるほど、これが一本取られたという奴だな。
確かに我らが望むのは手に汗握る娯楽にして、勇ましく清々しい英雄だ。
それに魅入られて討伐された者達ばかりなのだからな。
よく自分を殺した奴を称賛なんかできる。そっちこそ変わり者だろ。
倒された当初はそう思ったのだろうな。だが、知れば知るほど興味深くなり、娯楽へと変わっていくのだ。
なんだかよくわからん感性をしている。
貴様が歴代でも随一の変わり者であるのは断言しよう。
……他の神獣達も我を介して手に汗を握って楽しんでいた。
同意するかのように神獣の方からなんか拍手っぽい音やほめる声がたくさん効果音とばかりに聞こえてくる。
こう、テレビのギャグとかのシーンでわざとらしく聞こえる笑い声みたいなあれだ。
やめろ!
人をなんだと思ってんだ。テレビや実況じゃないんだぞ。
そんな人の人生を小説とかテレビドラマのように楽しみやがって、エピローグが見たいってか?
間違っていないな。貴様の認識との差異はほぼない。我らが貴様等に力を授けるのは貴様達の目線で世界を見たかったから……でもあるのだ。
もっと見て居たかった。貴様の守った世界を……心から名残惜しいぞ。
エピローグではなく、もっと続かないかと惜しんでいるにすぎん。
そりゃ無理だ。
残された飛野のチャンネルを楽しむんだな。
諦めろ、二期はねえよ。もう俺の意識も消える。
くそ……これが最後かよ。
ライラ教官達との話を最後にしたかったな……。
なんて内心毒づきながら神獣って奴を相手に俺の意識が掻き消えようとした――その時!
へぇ……そんなにこの子が気に入ったんだ? じゃあ良いんじゃない? どうせこのままじゃ残りのチャンネルも直ぐに終わってしまう。愛すべき子供達を喜ばせるのは……親の務めだしね。
む!? あなたは――
カッと意識が急激に浮上して暗くなっていた視界が明るくなり目が開く。
が……体は相変わらず這うような痛みが走っていて意識が混乱していく。
「む!?」
「兎束!」
「ギャウ」
ライラ教官達は俺の変異を見届けるばかりに見ているようだった。
「う……いや、なんか声が……」
直後、ドサッと近くで音がして痛みに悶えつつ涙目で音の方角を見ると……神を騙る奴が着地したとばかりに降り立っていた。
おい……うそだろ。あれだけやって生きているのかよ。
と思ったのだけど、顔を見て違うと即座に認識した。
その瞳は何も映さず虚ろで死んでいるのは一目瞭然だった。
ボコボコと体から力が漏れ出し、その力で動いている? それにしたっておかしいだろ。
「きょ、うかん。逃げ、るんだ」
「では、君を導くとしよう。僕の子供達を楽しませてくれよ」
虚ろな死体の口からそんな声が漏れ出し、バキっと音を立てて神を語る奴の体が膨れ上がって弾け、空間が大きく歪んでいく。
「な、これは迷宮化現象!? いや、いくら何でもおかしい。何が――く――」
「と、兎束!」
「ギャウウウウ!」
ライラ教官達を弾き飛ばし、逆に俺を風が……力の限り俺を引き込んでいく。
「兎束ぁあああああああああ!」
「う、うわあああぁああ……」
全身をうごめく感覚と共に俺は空間の裂け目へと吸い込まれ意識は改めて闇へと落ちて行くのだった……。





