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十三話


 ……かと言ってここで文句を言っても始まらない。

 ブルと一緒に腕立てを始める。

 二カ月で苦も無くできるようになった俺の成長を甘く見るなよ。


 それで腕立てを始めると、トーラビッヒ上官はフィリンの髪に手を当てて匂いを嗅ぎ始める。

 ビクッと僅かにフィリンが脊髄で反応した。


「よく来てくれた。私の部隊は君達を歓迎しよう。これから隊のためにがんばってくれ」


 腕立てする俺達を蔑むような声で、トーラビッヒは言い放った。


「さて、着任早々だが、本日の仕事として薬草採取の任を一緒にしてもらおうじゃないか。薬の在庫が減りつつあるそうでね。兵士というのは冒険者のように好きに仕事ができないのが悩みだよ」

「は、はい」


 腕立て中の俺とフィリンが答える。


「罰則中に喋るな!」


 うぐっ!

 思い切り蹴られたぞ!


「ありがとうございます……はどうした?」


 どんな理屈だよ。

 殺意が芽生えてくる。


「あ、ありがとうご、ざいます」

「腕立て30分追加!」


 げ……最悪だ。

 確かに先輩兵士達が優しいと言った意味がここに来て分かってくる。


「ではフィリン嬢は先に私達と行こうじゃないか。お前等は1時間後に来い。じゃあな」


 そう言って……トーラビッヒはフィリンと部下を連れて出ていった。

 残ったのは監視の兵士と俺達。

 ニヤニヤしながら兵士は俺達を見てる。


 くそ……柱時計の時間を見ながら腕立てを続ける。

 それから俺達は1時間腕立てをし続けた。

 そろそろ終わりかと思って兵士に目を向ける。


「何見てんだ? ……まだ20分しか経過してないぞぉおお?」


 はい? 何を言ってんだコイツは?

 まさかずっと俺達に腕立て伏せを強制していたぶるつもりか?


「ブ、ブ、ブ!」


 そこでブルの声が耳に入る。

 めっちゃ軽快に、腕立て伏せ楽しいですぅううううう! って感じで腕立て伏せをしていた。


 すげー……。

 そんな楽しげな様子が気に食わなかったのか、見張りの兵士が立ち上がってブルの背中を蹴り飛ばす。


「調子に乗ってんじゃねえぞ!」


 しかしブルはLvが高いからか、オークだからなのか腕立てに集中しすぎてビクともしない。


「ブ、ブ、ブ」


 蹴られた事に気付いてすらいない。

 羨ましいな、その集中力。


「面白くねえ! サッサと作業を始めるぞコラァ!」


 俺達を甚振って楽しもうとしていたが、予想とは異なる反応をされて気に食わないのか見張りの兵士は腕立てを止めさせる。

 ま、肉体的な単純作業はブルには効果が無いだろう。

 ブルのお陰で腕立て地獄から解放された。

 助かったー。


「ブ、ブ、ブ!」

「おーい。ブルー」

「ブ?」


 腕立てをしながらブルが顔を上げる。


「もう終わりだってさ」

「ブー」


 俺の説明を理解したのかブルは若干残念そうに見える顔で立ちあがる。

 その肉体強化への情熱は見習うべき物なのかな?

 しかし……腕が痛い。

 そんな訳で籠を背負って隊長の下に合流する事になったわけだが……。


「何遅れて来ているんだ! 新兵の分際で隊長である私を待たせるとは何事か!」


 合流するなりトーラビッヒは俺達にそう怒鳴りつけた。

 お前が腕立て伏せを1時間させたんだろ!

 フィリンも何か言いたそうにしているけど強く言えないって状況だ。

 罰則をされたらたまったもんじゃないからなー……その選択は正しい。

 と言うかフィリンの方も大変だったんじゃないか?

 妙に胸が強調させられる水着みたいな服装になってるぞ。


「ふむ」


 それから何か考えるかのような動作をトーラビッヒはして……。


「まあ良いだろう。私は寛大だ。この慈悲に感謝しろよ」


 感謝なんてできるかボケ!

 とは思うけど、ここで少しでも不満そうな顔をしたら何が飛び出すか分からん。

 満面の笑顔で敬礼しておく。


「ありがとうございます!」


 引きつってる自覚はある。

 ブルは良いなーあんまり表情がわからないから。

 オークの特徴かな?

 それから俺達は……部隊の連中の荷物を背負わされて近くの草原や森へと歩かされた。


「さあ、摘んでこい。あ、お前はこっちでお茶汲みをしろ」


 トーラビッヒの野郎、フィリンをなんだと思っているのだろうか?

 風俗嬢にでもするんじゃないかと疑惑を持ちつつ、薬草採取をする羽目になった。


「あの……」

「あ?」

「何の薬草を採取すればよいのですか?」

「ふん、そんな事も分からんのか」


 わかんねえよ。

 依頼にもよるだろ。

 むやみやたら採取すると枯渇するから少しは残せとか色々と依頼、環境ごとの違いがあるっての。


「まったく、これだから新兵は使えんな」


 だから教えろっての。


「どうせ役に立つかどうか分からん。採れる物はすべて取ってこい。ああ、この辺りではドヴァー草という希少な薬草が採れる。それを持ってくれば高額で買い取るそうだ」


 つまり薬草全般、ドヴァー草を採ってくれば尚よしね。

 薬草事典を訓練校時代に読んだな。さすがにイラスト付きだったから覚えている。

 なんか……土気色のドラゴンの頭みたいな草だったはず。


「あっちにある森の方へ行け。草原は俺達がやっておく」


 ここでやる気のない返事をしたらどんな難癖を付けられる事か……。


「は! ではこれから薬草採取をしてまいります!」


 敬礼してから文句を言われない言葉を紡いで早足でその場を離れる。


「ブ!」


 こういう時は普段から薬草採取が得意なブルが頼りになるよな。

 俺も最近じゃ負けないくらい薬草は採取できるようになったけど。

 とりあえず戦闘用に石を何個かポケットに入れて籠を背負って作業を始める。

 ほぼ無心での作業だ。


 出てくる魔物はブルの方が戦闘力があるお陰で先制攻撃ができて、苦じゃない。

 イライラしながら採取作業で苛立ちを誤魔化す。

 下手な難癖を付けられるよりはマシだ。


 ……そういやスタミナ回復力向上のお陰でこの程度の作業なら疲れが回復していくなぁ。

 役に立たないと言われてるけど助かる。

 というか……これが無いと疲れとストレスで速攻兵士を辞めてたぞ。


 で、そんな感じで薬草採取をしながら森の方まで採取をしていくと。


「ブブ! ブブブブー!」


 ブルが何やら興奮したような声を上げている。

 顔を上げると魔物……グリーンサーベルウルフという読んだ資料によると少々強めの魔物が三匹こっちに向かって駆けて来る。

 え? やばくね?

 俺とブルは採取用の鎌くらいしか武器になる物ないぞ?


「ブブブ……ブー!」


 魔物に備えてブルが……近くに生えてた木を引っこ抜いた!

 どんだけ怪力なんだお前は!


「援護は任せろ!」

「ブ!」


 石で攻撃するしか俺にはできない。

 ブルもそれは分かっているとばかりに合図を送る。


「ストーンショット!」


 落ちてた石を拾い上げて投擲修練に内包されていた技を放つ。

 三つの石を片手で持って力強く投擲する。

 石は素早くグリーンサーベルウルフへ飛んでいく。

 が、見切っているとばかりにグリーンサーベルウルフはステップしながら俺達目掛けて飛びかかってくる。


「ブー!」


 そこに力強く……ブルが鈍器系の技のパワースイングと思わしき技を放った。


「キャン!」


 二匹に命中。

 残りの一匹がブルに飛びかかってくる。


「させるかよストーンスローだ!」


 俺自身でも不思議なくらいの正確さで残った一匹の顔面に大きめの石をストレートで投げつけた。

 ガッツンと命中してグリーンサーベルウルフは吹き飛びつつ、着地した。

 やはり決定打には成りきれないか。

 ブルのパワースイングも致命傷には至っていない。

 そこで俺は汗拭き用の手拭いに石を入れてスリングにしてスナップを掛ける。


「ブ」


 ブルが何かするか決めたらしい。木をグリーンサーベルウルフ共に思い切り投げつけて回避運動を取らせる。

 視線の動きから先頭に居る一匹に狙いを絞ったのが分かった。


「OK! 喰らえ!」


 ブルが先頭の一匹に突撃するのに合わせて俺は残りの二匹に向かってそれぞれ石を投擲した。

 スリングで投げたのは命中、もう片方の手で投げたのは外れた。

 が、それだけの時間があれば十分だ。

 ガシっとブルが先頭に居た一匹の上あごをどうやって掴んでいるのか分からない手で掴む。

 グリーンサーベルウルフはブルの強力な腕力を掴まれて悟った。

 木を引き抜いて丸太にした時点で気付け。

 懸命に抜けだそうと抵抗している。

 噛みつけば良いのかもしれないけど、もう片方の手が首を掴んでいて噛む事もできそうにない。

 ……もう片方の手が下あごに移動し……。


「ブウウウウウウウウ!」


 力の限り半ば強引に開かされ……ゴキっと嫌な音とミチミチという音が辺りに響く。

 もはやその音だけで俺が攻撃した二匹は捕まった一匹の方に視線が釘付けになった。

 そこから数秒。ブルの方から血しぶきが上がり……ドチャっと引き裂かれたグリーンサーベルウルフが投げ捨てられる。

 エグイなー……解体で慣れてなきゃ吐いてそう。


「キャンキャンキャン!」


 仲間の壮絶な死を目の当たりにして襲ってきたグリーンサーベルウルフは逃げ帰っていった。


「ブー」

「あーお疲れ」

「ブ!」


 血まみれのブルが手を上げてる。

 持ってきた水筒をブルに投げ渡し、血を洗うように合図する。


「サーベルウルフクラスなら何かに使えるかねー……」


 今の俺達って正式な資格が無いけど、新兵扱いで素材等の買い取りはしてもらえたはず。

 とは言っても、毛皮はボロボロ……肉は肉食獣故に不味いだろ。

 精々……魔石を魔物が内包していたら売れるくらいかな?

 訓練校で読んだ本によるとそこそこ強い魔物からは魔石と呼ばれるいろんな用途に使える素材が手に入るらしい。

 魔力袋とか魔力と付く器官を内包した魔物ほど、大きく持っているそうだけど……。

 サーベルウルフとかだと筋肉辺りがその器官の役割をしてると読んだ。


「ブ」


 血だまりからブルが石を拾って俺に渡す。

 鈍い色をした結晶みたいだ。


「これは、魔石……だよな?」


 訓練校で見せてもらったから分かる。けど色が悪いな。

 資料として見たのは緑色の宝石みたいな石だった。


「ブー」


 で、ブルはサーベルウルフの特徴である二本の長いサーベルのような牙をへし折って持つ所を石で叩いて刃を潰し布を巻いて俺に手渡す。

 これを武器にしてこの場を繋いでおけって事だろう。

 一本はブルに、もう一本は俺って事らしい。


 凄いなー……俺に剣術の心得も修練も無いけど、投げナイフ代わりに使えばいいか。

 それから返り血まみれのブルを水で洗う。

 滅茶苦茶怪力で強いのに本人はファンシーな豚にしか見えない。

 持ってる水筒の水じゃ全部洗い流せないけど……まあ、しょうがないか。


 それから、というところで俺とブルはグリーンサーベルウルフが来た方角に目を向ける。

 そこには……ドヴァー草が三本生えていた。


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