百二十九話
「調子に乗るなぁあああ!」
ボコボコと神を騙るやつの腕が蹄を持った強靭な筋肉の塊へと変貌して俺に向かって高速で叩きつけようとしてくる。
この力は藤平から奪った神獣の力だな……それは相対するからこそ伝わってくる。
俺はエネルギーを凝縮させてその腕とそっくりの腕を作り出し、受け止め、神を騙るやつがやりたかった叩きつけを奴自身に叩き込む。
「ぐふ……は、はは……この程度で勝てると思うな! これが見切れるか!」
今度は四肢をオオカミに酷似した形状へと神を騙る奴は姿を変えて縦横無尽に俺の視界を振り切らんと高速で飛び回りながら飛び掛かってくる。
この力は……狼男姿のブルに似た力だな。そしてクラスメイトの誰かの力だったのだろう。
今ならわかる。
「喰らえ!」
ドスンと神を騙る奴の爪と牙が俺のいた場所に降りかかった。
が、すでに俺はその場にいない。
「な……いないだと!? いや残像だと!?」
「こうやって、こうしたかったんだよな?」
奴が行ったモーションを寸分たがわぬ、奴が認識できる速度で俺は高速で動き回ってから目の前に現れてツンツンと軽く突いた後、腰を落として正拳突きをぶちかます。
衝撃と共に奴が吹き飛んで行くので背後に回り込んでオオカミの形状をした光を作り出して噛みつかせてから高らかに跳ね上げて叩きつけた。
「後はこれは俺のオリジナル、この技は好きだな。ハンドレッドダガー」
腕を振るうとそこに無数の剣が作り出され、俺の意識した方角、神を騙る奴へと雨のように命中して刺し貫く。
「ぐは!? あ、あり得ない! なんだ! なんなんだお前のその力は! 異世界の戦士としての力は! 何故こっちと同じ力を持ちつつ凌駕する!?」
ああ、こっちがどんな攻撃をしているのか位までは見えているか。
「……もう遊びは十分だ……結果はすでに決まっている……もう少しこの腐った世界を嬲って遊んでやろうと思ったが、終わらせてやる! 存分に守るために力を使うがいい!」
神を騙る奴が高らかに跳ね上がり、片手を上にあげる。
奴の体からエネルギーがあふれ出して片手の上に球体を形作って高速で膨れ上がっていく。
そうしてその上には竜とも狼とも、太陽とも、悪魔にも見える頭部が口を開きブレスを発射せんとしているようだった。
「終末の力だ……さあ! 貴様ら古き人間どもは滅び、俺が神となり新たな者たちを創造して新世界が作り出される。終焉をその身に受けろ!」
ピピピと奴の作り出した球体がこの世界を滅ぼすのに足る威力があることを俺は認知する。
「はぁああああ! これで、終わりだぁああ! 異世界の戦士と古き文明共!」
神を騙る奴の声と共に球体から一直線に俺目掛けて光が放たれる。
「させると思っているのか……」
俺は……奴と同じように纏っている光を収束させて奴の放たんとしている光を真っ向から迎え撃つ。
世界を焼き尽くさんとする炎に抗うように……光がぶつかってせめぎあい……徐々に押していく。
73%……75%……80%……84%……90%。
俺の視界にみるみると浸食率が警告とばかりにどんどん表示されていく。
それに合わせて体から激痛が増していき、同時に血が噴き出しては周囲の高温で蒸発する。
「ユキカズさん! やめてください! 死んじゃいます!」
「兎束! やめろぉおおおお!」
フィリンがバリアに何度も手を叩きつけて涙を流し、飛野が張り裂けんばかりの声を上げているのが聞こえる。
「ギャウウウ!」
「バウ!」
ブルに至っては拳を全力でバリアに向かって叩きつけ上から血を出している。
その様子は……フィリンの涙と同等に痛々しく、俺の心に痛みが走る。
俺は今、とんでもない選択をしてしまっているんだと後悔の気持ちがあふれてくるけれど……やめるわけにはいかない。
ここで俺が我が身可愛さにやめてしまったらみんなが死んでしまうからだ。
「貴様! もうやめろ! 私の命令が聞こえないのか! もっと出来ることがあっただろうが! なぜ独断専行をしている! おい! 聞け!」
さすがにライラ教官も怒っているなー……申し訳ない。
確かに俺の力が宿った武器と飛野と俺がそれぞれ命を賭けない範囲で頑張ったらこいつを多少は傷つけるくらいはできたかもしれない。
けど、それは腕に傷をつけるとかそれくらいの力なのがわかるんだ。
なら……切るべき切り札を使わねばいけない。
世界と自分の命とどっちが大事? 人によっては世界なんかくそくらえだって言う奴はいるだろう。
だけど、俺は自分の命よりも大事な者を見つけたんだ。
だからこそ、こうしてここにいて、命を賭ける。
「はぁああああああああああああああああああああ!」
神を騙る奴が放つ光を俺の放つ光が押し返していく。
「異世界の戦士の力を出し切っているのに押されている!? おかしい、お前と契約している奴は何も成せなかった神獣であるはずなのに……何故!?」
嘆かわしい……貴様は何か大きな勘違いをしているぞ? 随分と我を侮り馬鹿にしてくれたものだ。
貴様の言う旧神が何を思って我を創造しどのような力を授けたのかを微塵も知らんとはな。確かに授けた力だけでは貴様も、他の者達も分からないのも事実か。
「何!?」
俺の内側にある神獣の声に神を騙る奴が驚きの声を上げる。
我は最後の神獣、その意味を最初から貴様は間違えているのだ。我は我の後続が以後続かぬよう、神が神獣を新たに創造しないように作り出された歴代最強にして最後の神獣、どんな神獣であろうとも、それを凌駕する化け物や人間であろうとも見て覚え即座に凌駕する「成長」を司る神獣也!
我より先に作られし神獣たちが全員で束になっても我に敵わぬぞ。いや……貴様の持つ力がどこから来ているのか貴様はまるでわかっていない。
貴様はな? 我が内包して保護した神獣の魂が授けた力で挑んでいるのだ。
貴様がどれだけ神獣の力を積み重ねても無駄だ。そのすべてをコヤツは見て、覚え、凌駕する。
つまり、俺を選んだ最後の神獣が大本にあって、そこから派生した他の神獣たちが最後の神獣の力を貰って異世界の戦士たちに力を授けた。
だからすべては俺とつながっている最後の神獣の力である……と。
「そ、そんな馬鹿な! あり得ない! どうしてそんな化け物が何も成す事なく消えた!」
そんなくだらないことを知りたいのか……我は消えたのではない。兄や姉たちの長い争いから学習し人間共と争うことの不毛さを結論付け、創造主へと提案したのだ。
争いは不毛だ、新天地を目指すべきであると。そのリソースを破壊ではなく創造へと使ってほしいとな。
そして何より……我は他の先に作られた神獣たちのように討伐などされておらん。
この意味を……貴様はわからないはずもなかろう?
その分、選んだものへの浸食も早まるがな。
おい。俺が浸食されるのが早いのはお前自身の所為かよ!
思わず毒づきたいけどそれどころじゃないから攻撃に集中するしかない。
「馬鹿な……おかしい。あまりにも不条理だ……い、いやだ……俺は……俺は俺を侮辱し排斥する全てを……滅ぼし、神として……」
94%……99%……105%……。
くう……浸食が臨界を超えた。
けれど、ここで自我を失う訳にはいかない。
魂が張り裂けるような痛みを根性でねじ伏せて更なる力を解き放つ。
ぐぐぐ……と、光の攻防が俺の方に大きく傾き神を騙る奴を音もなく呑み込んでいく。
「俺はお前がどんな生まれでどうしてそんな結論に達したのかを知らない。けど、お前が憎悪する世界を、俺は、守りたいんだ」
どれだけ蔑みの目を向けられ罵倒されても人助けをやめない人が一人でもいるなら、この世界に価値はあるから。
「―――ァアアアアアアアアアア――」
神を騙る奴は光に呑み込まれて見えなくなって行った。
スウゥ……っとその時、地面から空へと延びていく光が、世界中で見ることが出来たらしい。
それから俺は視界がどんどん暗くなり、意識がスーッと闇の中へと落ちていった。
ああ……これで俺は終わりなのか?
……いいや、だが残り時間は少ないぞ? それだけの浸食を受けながらまだ意識が残っているのは……奇跡に等しいがな。
「ユキカズさん! ユキカズさん!」
「ブブー!」
「ん……あ、ああ……」
意識を取り戻すとフィリンとオーク姿に戻ったブルが泣きそうな顔でがれきの壁にもたれ掛かっている俺を揺すって起こしてくれた。





