百二十七話
「わ、わからないのか!? このとてつもないプレッシャー……いや、恐怖としか感じられない力の差を……なんだこれは!」
勇気を振り絞って武器を抜いて構えるライラ教官だけど、その姿は先ほどの頼りになる姿とは異なり震えを抑えるので精一杯に見える。
「ほう……ここまでの実力差を与えて尚、逃げずに留まり刃を向ける……それだけで称賛に値するぞ。貴様は確かライラと言ったか、覚えておいてやろう。ここまで来ただけの事はある」
飛野が震えながら俺の方を見て神を騙るやつを指さした。
「異世界の戦士の力があるからこそ、相手の力量が……否が応でもわかるんだ。勝てるなんて次元じゃない。アリがゾウに喧嘩を売るくらい力に差がある……近くにいるだけでこんなに震えが止まらないなんて……勝てない……」
本能的な恐怖……? 兵役時の心の持ち方とかにどんな状況でも死ぬことを恐れることなく突き進み、絶対に生き残れという話を聞いたぞ?
ライラ教官がそれを実践できていないはずはないし……むしろ俺からしたらそんなプレッシャーを感じることは無いのだが……。
それこそ、厄介そうな相手だけど今までだって乗り越えてきたんだ。
ここが正念場だと……クラスの皆の仇を取るために奮い立つところだろう。
「ブル、何怯えてんだよ。あと少しだろ!」
「ヴウウウウ!」
コクリと頷き、殺気を放ち続けるブル。
ああ、頼もしい限りだけど……それでもなぜかブルにも怯えが混じっているのがわかる。
そんなにも危険な状況……なのだろう。
……ああ、なんで俺は空気を読むことができないんだ。
内心嘆きたくなる。
「トツカ、どうやらお前は身の程がよくわかっていないようだな」
「そう言われても、やることは変わらないだろ」
元よりお前を倒してこの騒ぎを終わらせないといけないんだ。まるでゲームのラスボスみたいな前口上と状況だけど俺のすることは変わらない。
魔獣兵が大破したけれど、引かずに行くしかない。
「所詮は最後の神獣の適合者か……身の程を知らない。なら教えてやろう」
そう、神を騙るやつが言った直後、奴は瞬間移動をしてブル、飛野、ライラ教官を一瞬で弾き飛ばした。
「キャイン!?」
「う――」
「ガハ!」
全員がフィリンの操縦する魔導兵の足にぶつかって倒れる。魔導兵の足に大きなへこみが発生。
「あ!」
フィリンと魔導兵のコアが反応して転倒しそうになるのを手を使って支えて横に倒れた。
「指で軽く突いた程度でここまで飛ぶか……わかったか?」
「く……」
なんだよこの速度と一撃は、指で突いた? いくら何でもなんかの冗談にしか見えないぞ。
ただ……まあ、この世界ってステータスがある訳だし、Lv差とかだと判断すると……なんかわかりそうな気もする。
「みんな!」
みんなの元に駆け寄り容体を確認する。
ライラ教官は……腕と肋骨の一部が折れてる。ブルも腕が折れてる。
飛野は辛うじて立ち上がり構えるが若干ふらふらしていた。
「くっそ……見る事すらできなかった。もっと力を出さないといけないのか……」
「飛野、しっかりしろ。フィリン! 魔導兵から降りて魔法でみんなの傷を早く治すんだ!」
俺もできる限り知っている回復魔法を皆のけがをした場所に施すが、治療するまでの時間を相手は与えてくれるか?
「あくまで恐怖することなくか……変わり者だとしか言いようがない。まあいい……お前らよりも先に俺もどれだけ力を出せるのか……あっちで試すとするか」
と言って神を騙るやつが目を向けたのは遥か地平の先で待機していた連合軍の方角。
「やめ――」
俺が制止する声よりも先に神を騙るやつは赤い球を作り出し、そこから熱線が放たれた。
それは先ほどの悪魔竜騎兵の放ったブレスよりもはるかに広範囲の、世界を赤く染めるほどの光と、すべてを吹き飛ばさんとするほどの衝撃波が遥か遠くにいるにも関わらず俺達の肌を焼く。
「トツカ、ヒノ、早くお前らは全力を出した方が身のためだぞ……ああ、連携とやらがしたいのか? じゃないと力が出せないのならしょうがない」
何がしょうがないだよ。
フィリンと俺がライラ教官とブルの応急手当てを待つかのように神を騙るやつは舐めた目を向けて佇んでいる。
くそ……と、思いながら連合軍のいる方角を見る。
セレナ様……それにラスティやみんな……どうか無事であってほしい。
「く……」
「落ち着け、ライラ教官が教えてくれただろう? 戦いでは冷静さを欠いた方が負けるって」
震える飛野にも声を掛ける。
「わかってる。わかっているんだ……こいつがみんなの仇で俺達をこんな目に遭わせた奴だって。そんな奴が俺達を相手に練習相手として戦って殺そうとしているってことを……でも――」
飛野の震えがなんであるのか、俺は理解してしまった。
それは怒りによる震えではなかった。
絶対的強者を前に見せる……怯えが混じったものだ。
この表情には覚えがある、何せ初めて迷宮で置き去りになった時の俺達の表情にとてもよく似ていた。
そんな恐怖を、どうにか押し殺して飛野は前に出ようとしている。
「うう……異世界の戦士の武器が、あるにも関わらず反応すらできないなんて……」
ライラ教官が呻きながら言う。
「バウウウウ」
どうにか骨を繋げた所でブルが起き上がり、神を騙るやつへと殺気を放って睨みつける。
わずかに突いただけで三人がこんなにも重傷を負ってしまった相手に、勝てるのか……? という疑問が脳裏を掠めないはずはない。
けど、それでも俺達は乗り越えてきたんだ。
「飛野、分かっているな」
「ああ……」
俺も異世界の戦士としての力を使うしか手立てはない。
これ以上奴を暴れさせてこの世界を壊させるわけにはいかない。俺達が負けたら奴は神を騙り世界
を滅ぼさんとするのは話をしてわかっている。
俺たちが負けて死ぬでは収まらないんだ。
バルト、できる限り俺から出る力を効率的に引き出してくれ。
「ギャウウウ……」
俺の決意にバルトも応じるように武器化しようとした所で……声が響く。
それは……やはりというか時々ふと聞こえる声だった。
やっと声が届いたか……その程度の力では奴に届くことはない……お前の同郷の者と力を合わせ、仲間と共にしても超えることは叶わん。
分かっている! けど、それでも俺は奴に対して引くわけにはいかない。
何がなんでもあいつを止めないともっと、被害が出る。
何が何でも……か。それは汝の命を天秤に賭けるに値するものなのか?
この世界がそれだけの価値があるのか?
汝も十分に見聞きしてきただろう? 時にとてつもない理不尽やごみのような連中とも出会っただろう?
何もかも忘れて元の世界へと戻って平穏な日々よりも尊いものなのか?
声は俺を試すかのような声音で聞いてきた。
「……」
俺は必死にライラ教官達に手当てをしているフィリンを始めに見て、震える飛野、バルト、そして……ブルへと視線を向ける。
確かに、時に理不尽なことがあった。
兵役中に因縁をつけられたりゴミみたいな人にだって出会った。
良い事をしたはずなのに叱られる事だって何度も見てきた。
もしかしたら世の中の人は大半が悪人だなんて思うときもある。今回の騒動だって、悪意で成された事であるのは揺るぎようがない。
救う価値なんて微塵も無いと言われても完全に否定は出来ない。
けど……俺はどれだけ理不尽な目を受けてもあきらめず、差別されても、虐げられても人にやさしく出来る人を知っている。
「ワゥウウウウ……」
俺達を利用した者たちへ憤り、異世界の戦士の命によって成り立っている世界など滅んでしまえば良いと怒ってくれた人を知っている。
「く……情けない姿を見せた。次は絶対に対処してみせる……フィリン、下がっているんだ」
夢があるのに仲間のために危険な所へと一緒に来てくれる人を、俺は……知っている。
「そんな! まだ回復にはほど遠いんですよ!」
日本の平和な世界よりも尊いかだって? 当然だろう?
ここには俺が尊敬すべき大切な人々がいるんだ。そんな人たちがいる世界を守るためにならなんだってしてみせる!
その為なら……命だって賭けてやる!





