百二十話
「不思議な食感だ……兎束、お前菓子作り本気で上手いな」
「異世界に来て菓子作りが上手くなったとか自慢出来ないよな……飛野、お前はなんかこの辺りの技能持ってないわけ?」
「さすがにポイント勿体なくて取ってないな」
「いや、自前で習得出来るだろ。俺なんて覚えるつもりも無いのに自前で習得しちまったぞ」
ファイアマスタリーとかは兵士にしろ何にしろ所持してたら得だから取ったけどさ。
鑑定とかもその副次効果でより覚えてしまったわけだし。
「兵士って本当、いろんな仕事をするんだよなー……ところでなんとなくハーブっぽい風味があるけど何が入ってるんだ?」
「アエロー、これって上手く使うと砂糖の代わりになるんだ」
薬草棚でちょっと古くなっていたアエローがあったから菓子作りに使ったとも言える。
若干効能が落ち気味だったのが一目でわかったし、使って問題ないだろ。
「どこに甘くなる要素がある訳? たまねぎみたいな炒めたら甘くなるとか次元が違うぞ」
「異世界の謎だ」
「謎を使いこなしている奴が言うなよ……」
「良く分かってないのに使ってる技術なんて世の中には結構あるんだが……日本にいた頃に俺が知っている話だと頭痛薬とかそれだぞ?」
「そうなのか?」
「なんか知らないが効くのは分かっているけどどういう原理で効いているのか推測の域を出てないとか……又聞きだから正しくは知らないけどさ」
明確に観測されなきゃ確定した話では無い。
ただ、効果があるのだからそう言うもんだとかで処理されている事情は多い。
「それを言ったらこの世界の魔法とか空飛ぶ技術とか竜騎兵とか……俺達の感覚だとどんななんだ? って話にもなるし」
「まあ……異世界だからで解決しちまうか」
飛野も深く考えるのは野暮って事だと分かった様だ。
ま、アエローは煮詰めると砂糖を抽出出来るってのが分かっているってだけだ。
少なくとも煮詰める前に甘みなんてあんまりないのにな。
「良い匂いがしますわね」
「ユキカズさんのお菓子ですね。匂いで分かります」
匂いを嗅ぎつけてルリーゼ様とフィリンもやってきた。
「異世界の戦士様のお菓子作りだねぇ」
……アサモルトもやってくるが……お前何やってんの? アザラシ姿で這っている。
暇なのかお前は!
丸まってドヤって感じだぞ。
「そんな独特な匂いがする?」
「正確には他の方が作ったのよりも強い印象的な甘い匂いがするんですよ」
「そうかー?」
自分で作ったケーキの匂いを嗅いでみるけど特に違和感は感じられない。
「ルリーゼ様やフィリンもどうぞ」
「ありがとうございます。そう言えばセレナが言ってたわね。トツカ様の作ったお菓子が美味しかったって」
ラスティの執事がお茶をルリーゼ様とフィリンに淹れてくれる。
さっくりとケーキを食べるルリーゼ様は……特にテーブルマナーとかある訳じゃないけど上品に食べていた。
それに合わせるようにフィリンも食べてる。
普段、俺やブルと一緒に食べる時みたいなのとは異なり何処となく品がある食べ方をしている。
指摘は……する意味は無いな。
マナーって言うのは相手が不快に思わない様にするべきだとかを地でフィリンはしているのだろう。
周囲に合わせて食べるって奴。
「美味しい……上品な甘さですわね」
「そうですね。ユキカズさんガトーケーキも作れるんですね」
「あ、そんな名前なんだ?」
「知らなかったんですか?」
「うん。なんかこうしたら作れるだろうなーって叩き込まれた技能の勘がさ」
「それでこの味……」
フィリンがマジマジとケーキを見て呟いた。
「お菓子だけじゃん。他は普通だよ」
俺は菓子作りで何処まで行ってしまったんだろうと自身で嘆きたくなる時はある。
思えば……訓練校で店で食べた薬草入りのクッキーを自作してしまった所から始まった菓子作り技能だ。
円滑な人間関係を築くのには便利だけどさ。
「それより異世界の戦士様、バーカウンターにあった酒知らねえか? 狙ってたんだが」
「菓子に使った」
「酷いもんだねぇ……楽しみをなんだと思ってんだぁ」
ちなみに酒好き連中にはウイスキーボンボンみたいな菓子を出すと大体喜ばれるのも分かっている。
酒のつまみに使える菓子ってのも結構あるもんだ。
ま、そいつ等の事等考えなければ酒なんてケーキに使ったりドライフルーツと一緒に菓子パンに使って保存用にしたりするけどさ。
ついでに作って居たら飛野が元の世界基準でシュトーレンって菓子パンだとか言ってたっけ。
「そんなに食いたければこれで良いだろ」
「飲みたいだけで食いたい訳じゃねえんだけどねぇ……」
シュトーレンを薄く切ってアザラシアサモルトの鼻先でチラつかせて口を開けさせて食べさせる。
俺も少し試食。
「ちょっと熟成が足りないな。これ……寝かせると味が良くなる奴だ」
「直ぐに分かるって凄いな」
本当……この世界の技能って凄いな。無意識と言うかそう言うのがピンと分かるし……ある意味これもあの声みたいなのと形は違えど似たような物だ。
『酷い扱いだな……だが、味が良いのは認めよう。食いたいと言う奴が多いのも事実だ。作らせるよう語りかけた甲斐があった』
……ここで声が聞こえるのが物悲しい。しかも直ぐに声が聞こえなくなったぞ。
しかも俺がなんとなく作っていたのもこの声の所為なんじゃないかと確信が持てる。
「目の前で焼き上がったケーキを冷やすとか魔法が使えると便利なんだな」
「料理に魔法を使うと独特の風味が付きますけどユキカズさんの場合はそこも気にならない様に完成しますもんね」
「兎束、なんか小麦粉使わずに菓子とか作れるか?」
「そりゃさっきのアエローで煮詰めた砂糖で飴とか作れるだろ。他にゼリーやプリンも作れるぞ?」
「お前といると甘い物限定だけど食うのに困らなそうだな」
「はいはい」
「俺もなんか一芸覚えるかなー……」
覚えんで良い。そんな余裕があるならこれからの戦いに備えて何か習得して居てくれと言いたくなる。
「ラスティやライラ教官達は食べるかな?」
「食べると思いますよ」
「じゃあ教官も呼んでくるかな」
ラスティは飛空挺にある研究室で武器と魔獣兵、それと俺達の生体データの分析に缶詰状態だ。
本人は竜騎兵関連の専門だから、若干くたびれた感じになってる。
バルトの技能に異世界の戦士との適合性が無かったら興味なかったんだろうなー。
で、ライラ教官もここ最近、なんか難しそうな顔をして船内に居るんだよなー……。
一応これからの戦いに備えた稽古とかしてるけどさ……。
飛野が中々ハードな朝練とか言ってたっけ。
「じゃあ私がラスティさんの所に持って行きますね」
「お願いするよ」
と言う訳で俺はライラ教官に声を掛けに行く。
「教官ー」
コンコンとライラ教官が居るはずの部屋の扉を叩くけど返事は無い。
なんとなく気配で室内には居ない様だ。
「ギャウ?」
どこに行ったんだ?
とりあえず戻る前に多少探した方が良いよな。出会えなかったら後で良いだろう。
そう思いながら飛空挺内を軽く見回りをする。
「あ、ユキカズさん、バルト」
おっと、ここでラスティの方に菓子を持って行ったフィリンと遭遇した。
「ユキカズさん。ライラさんに会いに行きましたよね? こっちに居ましたよ」
フィリンが指差したのは飛空挺の格納庫だ。ラスティが研究機材を持ちこんで居て、魔導兵と魔獣兵と合わせて色々と手狭になっている場所だ。
「ありゃま、入れ違いになっちゃったか。じゃあお菓子渡して去るかな?」
「私が持って行ったのをラスティさんと一緒に頂いてましたけど……」
「余ってるからついでに渡して行くよ」
勿体ないからと俺はフィリンに手を振ってライラ教官の居る格納庫へと向かう。





