百十話
「くっ……私にこんな真似をして許されると思っているのか! 直ぐに私の後援者が駆けつけ、お前達に報いを受けさせてくれる」
「ああはいはい。来たらまた戦うだけだ。バルト、フィリン。敵影とか反応は?」
「無いです」
「ギャウ」
うーん……どこかから監視とかしてそうだと思ったんだがな。
「ありえるのは地上の中継基地か……足早に帰還すべきかもしれん」
アサモルトとラスティ達が心配だ。
異世界の戦士仲間達も心配ではあるのだけど……この先に進むかは躊躇われる。
まだ生きている機材を使って地上と連絡を試みるのが無難な所か。
「ん……? これは……」
そう言ってライラ教官は武器の柄の一番下の装飾を捻った。
すると……ザザッと武器から音が聞こえてくる。
何だろう……微妙に既視感がある気がする。
『あー……このメッセージが再生されてるって事はこちらが派遣した者をお前たちが倒したって事で間違い無いだろう。じゃないとこの音声は再生されない様にしてある。お前たちの健闘を先に賞賛しよう。よくぞその凡夫を仕留めた』
「これは!?」
武器にメッセージを内蔵させていた!? しかもトーラビッヒが負ける事を想定して?
『なんでこんな物が仕込まれているかと疑問に思うのは当然だろう。敢えて言うなら一方的にこちらが有利に戦局を進め過ぎるのは余りにも面白くないから塩を送ったに過ぎない。今後、コイツの武器以外の同様の武器をお前等が使える事は無い。十分にその一本を有効活用すると良い。出来るモノなら、だがな』
「塩を送る……」
つまりトーラビッヒに持たせて俺達に戦わせたのは敵からすると想定内……むしろトーラビッヒが負けると分かっていて送りだしたって事だ。
『ああ、異世界の戦士トツカ……もしくはヒノ、仮に持たせた奴を殺していたとしても安心してくれ、大した事は教えちゃ居ないからさ』
俺か飛野を想定してこのメッセージを仕込んでいた、と。
しかもトーラビッヒを生け捕りに出来ず殺したとしてもとか随分と気配りができていて……反吐が出る。
面白いとか面白くないとか命をなんだと思ってんだコイツは。
異世界の戦士関係の問題の全てをこの声の主が握っているのは間違いない。
『で、異世界の戦士達が何処に行ったのか疑問に思っているだろう? 折角ここまで……時間稼ぎに付き合ってくれたんだ。せめてもの手土産に教えてあげるよ。この装飾の裏にあるポイントにある研究所に残して置いたからさ。しっかりと確認してね?』
思わず拳を握りしめる。
身勝手な奴の声に苛立ちを覚えた所で声の主は俺を想定して心を抉ってくる。
『トツカかヒノか分からないけど君達は世界を救ってくれって頼まれたのに自ら使命を蹴って好き勝手に行動を始めたんだ。世界を救える力を秘めているのに使命から逃げた。それがどれだけ我がままか分からないのかな?』
く……それは飛野とも分かっていた俺自身の卑怯な選択だ。
身勝手に召喚されたと言ってもこの世界の人々は人類の生活圏等の問題で困っている訳で頼みを断って好きに生きようとしたのも事実。
幾ら好きにする権利があると言っても逃げたのは事実だ。
「勝手な事を!」
「そうです! 貴方達の息が掛った者達の命ずるままに異世界の戦士として戦っていたら利用されてしまったんじゃないですか!」
「ブー!」
ライラ教官、フィリン、ブルが怒りを露わに声を強くして叫ぶ。
……大丈夫、俺は、身勝手だけど……それでもこの決断をした事を間違っていたなんて思わない。
みんなと出会えたのは、兵役を受けると決めたお陰なんだから……。
『ま、すぐに君達と戦える時が来ると思うし楽しみにしているから、それまで精々力を使いきったりしないようにして貰いたい。あ、でもこっちの作戦勝ちとかもあり得るか……それはそれで良いか、で……ついでに仲間としてこの世界の人間共に言っておくよ』
軽そうな口調で言っていた声が変わり……呪詛の様な、なんか力を感じる言葉が発せられた。
『お前等身勝手なこの世界の人間共は滅んだ方が世界の為、この世界の古き神の願いだ。死ね』
ゾクッとする……この世のすべてを呪う様な声だった。この声の主が何を思っているのか、俺には理解できないんじゃないかと思える。
世界を呪う……確かに、酷い人と言うのは何処の世の中にも存在すると兵士を始めて痛いほど分かる。
兵士って言うのは雑用や戦いを求められる厄介な職業だ。上下関係の問題や肉体的ないじめ、苦痛を伴う事は多い。
ギルドで受付をしている時だって妙な依頼人に絡まれて謎の謝罪要求をされたりした。
事件が起こった時、現場に行って被害を最小限に抑えるのが当然だと強いられる。
けが人が出たら始末書を書かされるし手当ては迅速にと要求される。
犯罪者を捕まえる為に寝ていた所を駆り出されることだってあった。
世の中腐ってると思う出来事だってあったんだ。
でも……。
「ブ?」
黙って見つめる俺に首を傾げるブルを見て想う。
俺なんかよりも酷い差別を受けても尚、人助けを辞めず、何か事件が起こったら一番に現場に駆けつけて人助けを息をするように出来て、感謝をされなくても平然としている。
「ユキカズさん?」
全てにおいて一生懸命でこぼれおちない様に日々ずっと頑張って、死ぬかもしれない戦いだと言われても仲間の為に一緒に来てくれる様な、そんな人達が……居るなら俺はこの世界が滅んで良いなんて思わない。
『じゃ、精々足掻いてくれよ。じゃないと……面白くない』
そう言ったかと思うと音声の再生が終わった。
「そ、そんなバカな! 私を利用したと言うのか!」
「その様だな、トーラビッヒ。貴様はまた利用されたのだ。どこまで愚かな事を繰り返せば気が済む……まったく……」
「ありえん! そんな事がありえて良いはずは無い! 私はあの武器で王にすら成れる力を手にしたのだ! その私を利用しただ等とありえるはずがない! 貴様らそうやって私を騙そうとしているのだな! そうはいかん! 何があろうと話すものか!」
「……魔獣兵バルト、命令だ。この馬鹿を静かにさせろ」
「ギャウ!」
ライラ教官の命令でバルトがトーラビッヒに翼に付けられた魔眼を放つ。
「あ、が――!?」
カチーンとトーラビッヒは硬直して動かなくなった。
やっぱ便利だなぁ魔眼。
ライラ教官が武器の装飾を外して内側に刻まれた文字を確認し始める。
「ふむ……また移動をしなければならなそうだが……この声の奴が言った事が事実かどうかもわからんし」
「どうしますか?」
フィリンがライラ教官に尋ねる。
「どちらにしても機体の修復をせねばならんだろう。全く……貴様たちの好きに修練をさせていたが操縦権利まで奪われるとは思わなかったぞ! 面倒臭いのはどちらの機体も変わらんな!」
あ、ラルオンの魔導兵のコアにもライラ教官が愚痴を言ってる。
フィリンの方がこの場では頼りになると判断しちゃったんだろうね。
一応それで上手くトーラビッヒを捕縛出来たのは事実だし、被害は最小限で済んだもんね。
思い切り面白くないだろうな……ライラ教官からしたら。
「魔獣兵の方は回復魔法で応急修理して繋いで行くしかないですけど……この先を今の装備で進むのはリスクがありますね」
「どちらにしても地上と連絡してからにすべきか……生存者がいないか再度チェックするぞ」
「ブ!」
と言う訳で問題は棚上げして俺達はトーラビッヒを捕縛して地上への連絡を行う事に決めた。





