百七話
「トツカ、ブルトクレス!」
ライラ教官が驚きつつ状況を見ている俺達に声を掛ける。
十分に注意して進めって指示であるのは言わずとも察する事は出来る。
なので通信で俺は頷いて足を進める。
周囲には中継基地の維持をしていた国の兵士たちや竜騎兵、魔導兵の残骸が転がっている。
生存者はいないかとサーチを行うが……反応は無い。
「酷い……」
「何があったんだ?」
兵士達の亡骸を調べると大半が一刀両断されたかのように斬り伏せられていた。
それは竜騎兵も魔導兵も変わらない。
「死んでからそんなに時間が経っていない……」
魔獣兵の温度感知機能で兵士の死体を確認するとまだ温かさが残っている。
何か異常があるのは地下35階にある最前線基地のはずだろう。
それが地下20階の中継基地まで壊滅って……少なくとも俺達が来る直前にこの基地は壊滅的な打撃を与えられた。
「中継基地とはいえ兵士達も錬度の高い兵士が配備されているのだぞ。そう安々とやられるなど……」
ライラ教官が何を言わんとしているのか分かる。
これだけの事が出来る人物とは武器を所持した異世界の戦士、もしくはあのローブを羽織った奴だって事だ。
もちろん迷宮内では何が起こるか分からない。
とんでもない化け物が階層を無視して現れて蹂躙されたなんて報告例も存在する。
最大限警戒しながら中継基地内を進んで行く……。
すると生体反応を一点だけ確認する事が出来た。
生存者か……コレを行った化け物か。
警戒しながら目視できる所まで近づいた所でそいつはこちらに気づき悠長に近づいてくる。
「ああ、やっとお出ましの様だ……こっちは随分とこの時を待ちわびたぞ。どれだけ待ちわびたか数えるのもウンザリするくらいだ」
「お前は――! 何故貴様がここにいる!」
ライラ教官が絶句するようにその相手に言葉を放つ。
俺達も同様の考えしか出来なかった。
何故コイツがここに居るのか……まるで考えが繋がらない。
何か事前に把握する術があったのか……藤平だったら異世界地雷十カ条とかでぶち切れていそうだ。
伏線の無い唐突な登場人物! とかな。
「これはこれは……レラリア国の上級騎士がそんな汚い言葉を使っては品と言う物が損なわれますよ。はははははは!」
壊れたおもちゃの様にそいつはライラ教官を指差して笑っている。
「なんとまあ無様な物だと思わないかね。この私がほんのちょっと力を振っただけで基地が壊滅、竜騎兵も魔導兵も魔法使いも何もかも……これが持つ者と持たざる者、本来人の上に立つ者の力の差と言うモノだよ!」
そいつは壊滅した基地を指差し、誇らしげに語る。
「無能な貴様らに嵌められ貶められ地位も土地も何もかも失った。アレは私にして良い事ではなかったのがこれで分かったか愚か者共!」
「トーラビッヒ……」
そう、そこには歪んだ笑みを浮かべたトーラビッヒが異世界の戦士の武器を手に持って立っていた。
「答えろ! 何故貴様がここにいる!」
「ふん。この現場を見て判断出来ないのか!」
「現場の判断で言えばお前がやらかしたとしか言いようがないぞ、トーラビッヒ」
俺がライラ教官とトーラビッヒの間に入る様にして詰問する。
「それで良いんだな?」
「ふん。当然であろうが、であると同時に貴様等は自身がどれだけ罪深い事をしたのかまるでわかっていない! 貴様らがこの崇高な私の出世を邪魔し、足を引っ張り罠に嵌めたのは明確であろうが!」
何が崇高な私だ。
お前を称賛する讃美歌をいやいや歌わされた方の身になれ!
「今は気分が良いから教えてやろう。私がどうしてこの場に来る事が出来たのかを!」
そう言ってトーラビッヒは語り始めた。
トーラビッヒは俺達に罪をなすりつけようとして失敗し、挙句貴族の地位を剥奪されて刑務所に憎悪を滾らせながら収監された。
「私は何の罪も犯していない。おかしいのはあのクソ姫とその側近である国の膿である女だ。私の貴族の地位と土地が欲しいから罠に嵌めたのだ!」
とまあ誰も信じてくれない言い訳の台詞をそれはもう連日言い続けたそうだ。
お前の土地なんて辺境の、割とどうでも良い場所だっただろ。
むしろお前の所為で冒険者ギルドや街の治安は最悪だったぞ。しかも税収もかなり私腹を肥やす事に使っていたのが後の調査で分かっている。
そもそも何か高い収益がある場所でもないだろ。エミロヴィアは!
田舎としか言いようがないのは紛れもない事実だ!
だが、刑務所の連中は誰も耳を傾ける事無く落ちぶれた貴族と言う事で、まあ屈辱にまみれた日々を送り続けていた。
「そんな不幸な境遇に陥っていた私だったが神は見離さなかった! 然る方々が無実の私の言葉に耳を傾けて下さり、お前等に見つからない様に秘密裏に私を刑務所から出してこうして強力な武器を授けて下さった……この武器は素晴らしい。持っているだけで力が漲りとても敵わないと思っていた魔物どもを容易く屠れる」
トーラビッヒは誇らしげに武器を掲げて恍惚とした表情で言い放つ。
ここで主砲をぶっ放せば先制攻撃で仕留められるだろうか? バルトに密かに測定して貰う。
――成功確率3.2%
うわ……少ないなー。
まあ不意打ちが成功する状況じゃないか。
追記……継続して以下の行動をする事を提案。
ふむ、なるほど……やっておいて損は無い。
「然る方々? お前の背後に何が居るんだ」
ライラ教官がトーラビッヒに尋ねる。
割と誰であるのか察するのは難しくないだろう……藤平と一緒にいたあのローブを羽織った奴が関わっているのは間違いない。
「貴様等にあの方々の話などするはずもないだろうが!」
「トーラビッヒ、貴様が一つ大きな誤解をしている事を教えてやる。貴様に罠を掛けた……マジックシードがあると騙した者たちとその武器を授けた連中はおそらく同一組織の者だ。国は貴様に偽りの情報を流した者の消息をつかめていない!」
「ふん。戯言にこの私が耳を貸すと思っているのかばかばかしい。これは復讐の機会なのだ。貴様らをここにおびき寄せ、一網打尽にする為のな!」
「おびき寄せる? ……俺達がここに来たのは異世界の戦士たちと連絡を取る為だぞ」
地下35階より下にある危険な魔王に相当する化け物を倒して地上に出て行かない様にする為に戦っているはずだ。
「異世界の戦士達はどうした?」
「口を慎め下賤な者め! 何が異世界の戦士だ! 貴族に歯向かった事を後悔させてくれる! 早々に死ぬが良い!」
俺の質問にトーラビッヒは答える事なく武器を振り被る。
チッ! まずはトーラビッヒを倒して締め上げ、白状させるしかないか。
もしくは最前線基地に行くしかない。
……この中継基地のありさまを想像すると最前線基地がどうなっているかあんまり明るい状況は想像できないけどな。
「総員! 戦闘態勢! 目標! 国賊の元貴族だ! 生け捕りにしろ!」
「了解!」
「ブー!」
「はい!」
ライラ教官の指示よりも早くトーラビッヒの斬撃を予測回避をして横に飛んで避ける。
ズバァっと一筋の大きな剣の刃が俺達の居た所を通り過ぎて地面を大きくえぐり取る。
なんだよコレ……異世界の戦士の武器って異世界の戦士以外も使えるのか?
俺が持っていた時はフィリンもブルも扱えなかったと言うのに、何が違うのか疑問しかない。
「ブ……バウ!」
早速ブルが本気の狼男に変身して素早くトーラビッヒに接近して斧で殴りかかる。





