十話
運ばれてきたお茶を飲む。
……アエローの乾燥茶だ。
ブルが密かに仕事の合間にくすねた物で、ベッドの下で隠して干していた物をもらった。
先輩達も大目に見てくれる品だ。
へー……カフェとかだとこれくらいで取引されてるんだなー。
「で、藤平の方はどうなんだ?」
すると藤平は物凄く偉そうに胸を張ってどうよこの装備! って感じの態度になった。
「見て分からねえ? 冒険者になんかならなくたって装備も金も強さも得られるんだよ。強けりゃトレジャーハントも容易いってな」
……トレジャーハント、物は言いようだな。
資格のないトレジャーハントは盗掘扱いのはず。
どっかで拾った装備を集めて魔物を倒し、Lvを上げたって事なんだろう。
通報するのは簡単だけど、余計な恨みを買うのは勘弁願いたい。
国が異世界人特権みたいな感じで大目に見てくれているとかかな?
「それに比べてお前は何だ? 国家権力の犬に必死になろうとしてるなんて、バカにしか見えねえよ」
権力には屈しない俺カッコイイってのに酔ってないか?
面倒臭いなぁ……。
適当に相槌でも打っておくか。
あ、この薬草で作られたクッキー美味いな。
材料は訓練校でも調達できそうだ。後で自作してみよう。
「でな。お前等には無いチートスキルを俺は持ってるわけよ。だから早いうちに俺が強い事を認めてだな――」
「ああはいはい強いですねー。ん? それって……ナンバースキルの事を言っているのか?」
みんなと別れる前に名付けたのがその謎スキルだ。
「少なくともみんな持ってたぞ。知らなかったのか?」
すると藤平の顔が見る見るうちに不快そうな顔に歪む。
だってお前、ステータス確認をする前に出てったじゃん。
まさか俺だけの特別な能力とか思っていたんじゃないだろうな?
いや、藤平なら思っていたはずだ。
間違いない。
「そんな事当然だろ!」
またシャウトした。
どうやら図星のようだ。
「何調子に乗ってんだよ!」
好きだな、怒鳴るの。
「乗っちゃいない。それの事かと思って聞いただけだろ」
本当に沸点低いよな、藤平は……。
「ま、まあいい。で兎束。お前のLvは?」
「6」
「ふっ……まだその程度かよ」
途端に機嫌が良くなるのな。
無駄に競争心が強い割に俺は俺の道を行くと思ってるのは理解しがたいぞ。
他者のLvに縛られてるじゃねえか。
「怠慢だろ。もっと強くならねえと偉くはなれねえぜ?」
強さがどうして偉さに繋がるのかよくわからんが、変に刺激してまた怒鳴られたらたまらん。
もう聞き流すとしよう。
それからは割とどうでも良い自慢と言うか、今までの経緯を事実とは異なりそうな盛り方で説明された。
俺達と別れた後、強さを得るために街の外に出て魔物相手に勇敢に戦ったとか、その際に力に目覚めたとか。
ターミナルは翌日、疑問に思って触ったらわかったらしい。
スキルを振りまくって魔物に圧勝できるようになったら片っ端から行ける所を行った後、見張りの目が届かない所でダンジョンに潜入して成功したとか聞いてもいない事を藤平はベラベラと言い続けた。
もちろん客観的に要点だけをまとめた話だけどさ。
だって盛ってるのわかるし。
で、盗掘をしばらくした後、話に聞いたラビリンスフィールドを漁ると効率が良いのに気づいたんだとか。
座学で知ったな。
実際はまだ経験していないんだけど、迷路みたいな空間の捻じれたフィールド……のダンジョンがあるらしい。
このダンジョンは表層を上手く通ると地図上でかなりのショートカットができる便利なワープ装置の側面があるんだと。
ダンジョンとも繋がっていたり、フィールド自体がダンジョンだったりする訳だけど、ともかく場所が場所故に見張りを立て辛い側面があるので盗掘……トレジャーハント向けなのは確かだ。
わかりやすく言うと不思議な迷宮みたいな場所って感じ。
とは言え、大規模ダンジョンともなると似た物があるそうだ。
場所柄、危険な魔物の封印とかはまず見当たらないらしいけど……どっちにしても盗掘はどうなんだろう。
しかし藤平……さっきからお前は自分の事しか話をしないな。
自慢できりゃ誰でもよかったんだろうなぁ。
「というわけで兎束、俺とお前はこんなにも差が出てるわけ。これからは気安く声を掛けてくるんじゃないぞ?」
「は?」
唖然としていると藤平は立ち上がり、去っていった。
何なんだよまったく……気安く声を掛けてきたのはお前だろ。
お茶を飲み終わり、残りの菓子を啄んでいると……。
「あ、そこにいるのは兎束か?」
「ん? 飛野?」
冒険者見習いになった飛野が皮の鎧を着てこっちにやってくる。
「こんな所で会うなんて奇遇だな」
「そうだな。兵役ってどんな感じ?」
「結構ハード。ただ、訓練の理由も納得はできるものが多い。ただ、飯が不味いのが問題かな?」
「ほー……こっちも冒険者の手伝いって大変だよ。武具の掃除とかさせられるし、道具の管理も任される」
「その辺りは訓練でやったなぁ」
「後は毎日死線を潜るみたいに魔物と戦う。これが地味にしんどい。一応、冒険者達が俺に勝てる相手を見繕ってくれるんだけど、Lvが追いついてないって感じでさ……申し訳ない気持ちになるよ」
あー……オンラインゲームとかでパワーレベリングとかさせてもらっている気分かな?
もしくは俺はわからないけど会社の上司に色々と仕事を教えてもらいながら実戦経験を積まされている感じ。
しかし、藤平と話した後だと普通に話しているだけなのに感動すら覚える。
そうそう、これが会話って奴だよ。
「魔物の流れ矢に当たった時がしんどかった! 死ぬかと思った。魔法や傷薬で治ったけど」
「ああ、アレな……」
俺も怪我をした時はしんどかった。
ブルに助けてもらったっけ。
「まあ、それでも冒険を達成した時の感動みたいなものはあったし、まだ続けていこうと思ってるよ」
「良いな。こっちもそこまで嫌な事は……今のところ無いな」
「それなら良いな。正直、兵役と冒険者見習いってどっちが良いのかって兎束と機会があったら話がしたかったから丁度よかったよ」
なんて感じに飛野とその後しばらく話をして情報交換を行った。
やはり魔物の攻撃を見切るためにはオウルアイ等は優先的に取った方が良いらしい。
これを自力習得するのはまず無理なので損も少ないとか何とか。
感覚で言うとアフリカで目の良い人とかいるでしょ?
あんな感じで生まれ育った環境でどうにか習得できるものなんだとか。
で、飛野と話が弾みかけたその時。
「お客様、お会計をお願いしたいのですが……」
「はい?」
ここは先払いなのでは?
「「アイツの分は後払いね」とかなりしつこく交渉されまして……先ほどのお客様が先に半分払っているので大丈夫かと……えっと、もしかして……申し訳ありません!」
そう謝罪されたので出された物を確認する。
藤平が払ったのは自らが飲んだ茶の分だけだ。
あれ?
クッキーって追加注文じゃなかったっけ?
自慢しながらバクバクと食いまくっていたぞ。
俺の分の茶はともかく、クッキーの代金は支払っていない!
あの野郎、何が恵んでやるだ。
店を紹介した=恵んだってか!?
「あの野郎!」
何様のつもりだよ!
気安く声を掛けるなってのはお前だろ!
奢りじゃなければお前なんかと話なんてするかよ!
「なんだ? どうした?」
「ああ、藤平の奴がな」
「あー……冒険中に遭遇したなぁ。俺達が注意したら逃げてったっけ」
そりゃあ飛野の上司は正式な冒険者だもんな。
藤平もこの辺りの感覚は養っていて、立派な盗賊にクラスチェンジ中か。
「どうする? 俺もあんまり金を持たせてもらってないから払うのがきついんだけど……」
「俺の方が兵役ってだけだから余裕がある……気にしなくて良いよ」
飛野は冒険者見習い。
持っている金銭はそのまま実力として反映される。
いざって時の薬一個で明暗を分ける事態に遭遇しかねない。
「でも……」
そんな相手に、藤平如きのふざけたツケを支払わせるわけにはいかない。
「気にするなって。その代わりに藤平探しを手伝ってくれ」
「わかった。アイツに払わせるんだな」
「誠に申し訳ありません! 御代は――」
「大丈夫です。悪いのはアイツなんで俺が支払っておきます」
しかし、店員さんが平謝りだった。
どんだけ人に迷惑を掛ければ気が済むんだ。
しょうがないので藤平が食った分のクッキー代まで俺が支払う事になった。
その後、飛野と一緒に日暮れ近くまで藤平を探したが見つかりやしねえ!
さすが盗賊。手の早さと逃げ足だけは一流だな。
今度会ったら請求してやるから覚悟しろよ!
「はぁ……どっかで藤平に遭ったら言っておくよ。俺が金を受け取っておこうか?」
「いや、飛野が立て替えたりしそうだから断る。奴自身の手から受け取らないと満足できん」
「律儀だなぁ。まあいいや。何かあったら俺を探してくれ。力になれるように努力する」
「ああ。じゃあ、またどこかで」
「じゃあなー」
飛野と別れた俺はその足で帰り道を歩く。
……久々の美味い食事に思考が脳裏を離れない。
クッキー美味かったなぁ。
駄賃で買うとあっという間に無くなるし、量が欲しいから材料買って作ってみよう。





