餌食
「私らはね、請負人なんですよ。代わりに罪を償うっていうんですか」
面会室に男の声が響く
「その代わりといったらなんですが、出た後はね、謝礼というんですか。手当をね、定期的に頂けるんですよ」
男は時折、笑みを浮かべながら自慢気に話している
「罪をもみ消そうなんて、簡単にできることじゃありません。それをしようとする人はね、手放そうとするものが惜しい人。そりゃまあ偉いさんが多いので、金額は弾みますよ」
目の前でこの男が何故こんな話を続けているのか考えていた
「ああ、請け負う条件として、殺人は駄目です。務所で死んだら元も子もありませんからね。数年の軽いプランから数十年ものと。ええ、そりゃ長いほうが報酬ははずみますよ」
男は指を立てながらしたり顔で言う
「肝心な事は、相手方の証拠を握っておくんです、罪の決め手を。請け負うにあたり犯罪のポイントを、私も法廷で証言しなきゃいけないんでね。相手方もね、私に吐かれたら終わりじゃないですか。深く長い付き合いをね、していきたいんでね」
この男の言葉がこれ以上頭に入ってこないように、目を向けながらも呆けていた
「私はね、悪意を向けられるのは嫌いじゃないないんです。幾度かね、叩かれもしましたし、殺されそうにもなりましたよ。でも死ななきゃね、この国には警察が、病院があるしどうってことない。毎日がね、楽しくて」
何がそんなに自尊を高めているのかわからない
「働かざずもの食うべからず、国民の義務ですか? いやあ最高ですね。私はこの仕事に誇りをもってますよ、天職だ」
男の眉がぴくりと動く
「いやでもね、参ってるんですよ。最近ちょっとばかしやらかしましてね、貯えが足りてないんですね。何かいい仕事はないかとおもいましたらね。殺人未遂ときたものだ」
顔をしかめながらも舌は止まらない
「その男が言うには、自分は精神病でね。自分と同じような証言をすれば精神衰弱で減刑、はたまた無罪になると」
男には余裕が残っているように見えた
「私に狂えとおっしゃるんですよ、はは」
にやっとした表情は何とも薄気味悪い
「とある婦人が自分の事を色々と調べているようだから懲らしめてやったと。なに、妄想の類ですよ」
男は苦々しく目を見開いたが、態度は相変わらずだ
「いざ、裁判が始まりましたらね。驚きましたよ、彼がいて」
男はまくし立てる、まったく饒舌がひどい
「なにが殺人未遂だ。その男は前に、やっていやがった。指紋のついた凶器を握らされてね。おかげで、努力のしようもない」
まったく頭が悪い、この男はどうしようもない
「殺られた女は妊娠していたんです。その腹部を、子宮から産道の辺りにかけて滅多刺しですよ。いかれてる」
身を乗り出そうとしていた勢いを止めて、男は椅子に腰かける
「いやあ検事さんは本当によくして下さる。おかげで、反抗のしようもないじゃないですか、仕方なくてね。謝礼はとても下さいましたよ、ここにずっといちゃあ使えませんがね」
男は擦り寄るように、猫なで声で話す
「罰を受けるべき相手を憎めないのは、歯がゆいものでして」
何故お前が私にこんな話をするのか
「助けてくださいよ、裁判官さん。あなたの痴漢の罪、請け負ってあげたでしょ? お尻をさぞ気持ちよさそうに、ね。猥せつ裁判官さん、そう呼ばれたいですか?」
私はこの男をじっと見つめて言ってやった
「成る程。それで何をどうしろと?」
どぼけるのが得意なようだ、きちんと言わなきゃわからないらしい
「またあ、わかっていらっしゃるくせに。私が証言したらほらね、あなたの首はちょちょいのちょいですよ」
鉄仮面のような仏頂面に腹が立つ
「罪を犯した人はまたやるまたやるって、知らなかったんですか?」
何を言っているんだこいつは
「えっ?」
理解できない
「その女性は亡くなりました。証言って何を言うおつもりだったんですか? 被害者はもういないのに」
嘘だ
「何、どういうことだ。おい、お前まさか……」
崩れ落ちる
「では、私はこれで。お仲間の検事さんにも早く会えるといいですね」
引きづりおろしてやる
「まて、お前みたいなやつが罪を裁くなんて、納得できない。器じゃないんだよ!」
込み上げてくる
「そうですか、貴方のような方にそう言っていただけるなんて光栄ですね。ありがとうございます。貴方の随分と誇らしくおもっていたお仕事は何の意味もなかったようですね。ましてや犯罪者でもない、貴方の存在は法において無意味だ」
恐怖が
「……なっ」
願望の去り際が
「ああ、そうそう。触っていたのは尻だけじゃないんだよな」