護身術
ちょっと長めになりました。一話ごとのお話を長くしようと奮闘しています。
最後は盛り上がる曲でライブが終わった。
(何か・・・凄かった・・・)
余韻に浸るとはこの事だろうなとセレナは思った。心臓の音が大きく波打ち、気持ちの高ぶりが収まらない。それは周りいる観客も同じだろう。皆興奮した表情が見てとれる。
(これ、確実に夜寝れないわね。心臓バクバクしてる・・・)
セレナは席から立ち上がり会場を出る。廊下は人の流れに逆らえないほどいっぱいになっていた。
(本当に凄いな。まるで魔法みたいだった。私には使えない魔法)
憎しみに飲まれ、憎しみ、怒りを振り回していた頃を思い出す。
(私は殺戮を繰り返していただけ。あんな風に笑顔に出来ない)
思いに耽りながら歩いていると、長く黒い髪を持った女が横を通りすぎた。
(!!)
突然寒気が背筋を覆い始めた。勢いよく振り替えると先ほどの女が居なかった。
(あの気配・・・間違いない)
「悪霊・・・」
(狙いは禄人?でも、私と戦っても余裕で勝てたから大丈夫か)
ほっと息を吐いた。しかし、セレナは昨日の行動を思い出した。
(あれ?そういえば、昨日掃除してたとき禄人の短刀があったような・・・)
思い浮かぶのは部屋の掃除をしている最中。何気なくタンスを開いた時、曰く付きと思われる短刀があったのだ。
(この前の戦いを考えると、あの短刀を媒介にして莫大な霊力を斬激のように放ってた。でも、昨日のことを考えると禄人は四六時中あの短刀を持っているわけではない。つまり、今も持っていない?!)
血の気が失せる感覚が身体中に襲いかかった。短刀が無いと言うことは、今の禄人は無力だと考えたからだ。
セレナはすぐさま意識を集中させて禄人の気配を探りながら走り出した。人波を抜け、"関係者以外立入禁止"の看板を飛び越えると、スタッフと思われる人達がセレナを見て驚きの顔をしていた。
「しょうがない!」
(こっちのほうが速い!)
手を大きく広げ、宙にほうきを出現させると、セレナはそれに乗り、地面を勢いよく蹴る。すると、地面から低空飛行する形で飛び始めた。
「《霧のヴェールよ、空蝉から我を隠せ》」
人ならざる者が視る素質が無いものは視えないようにする魔法を静かに唱えた。セレナは人ではないとしても、器を持っているためどうしても素質が無いものでも視えてしまう。だから、なるべく目立たないようにこの魔法を使ったのだ。
スピードを上げて進んでいくと、禄人の気配が近くなっていく。
(この扉の奥だ!)
扉に体当たりする形で開けた。目に映ったのは機材が多く置かれた部屋に禄人と先ほどの悪霊が対峙しているところだった。
「禄人!!」
セレナの声が部屋に響くのと同時だった。
霊力の余波がセレナに降りかかり、思わず目をつぶる。
(何?!何が起こってるの?!)
すぐに目を開けると、そこにいたのは禄人が悪霊に対して拳を振るっている姿だった。悪霊は次の攻撃をしようと襲いかかるが、禄人はそれを受け流し、顔面に蹴りを繰り出す。よほど禄人の蹴りが効いたのか、悪霊は苦しげな声を上げ消えていった。あまりにも綺麗な動きに思わずセレナは見とれていた。
「お?セレナ、どうした?」
禄人の声で我に帰るセレナは慌ててほうきから降りた。
「あんた・・・何者?」
「何って・・・アーティストだけど・・・」
「それ昨日聞いた!!そうじゃなくて、何で短刀無いのにあの威力を発揮できるわけ!!」
理解出来ないことに苛立ちを覚え、禄人の方へと大股で歩きながら言った。
「あ〜その事か。俺、小さい頃から空手やってたんだよ」
「・・・は?」
「これでも黒帯だぜ!」
「・・・カラテって何?」
「空手っていうのは日本の武術だよ。俺、小さい頃から妖怪とか幽霊によくちょっかいだされてたから、護身術に覚えたんだ」
「・・・あ〜なるほど。納得・・・じゃない!!空手がこの国の武術っていうのは分かった。だけど、化け物相手の護身術に空手を選ぶってどういうこと?!」
「だって、殺し前提の術とか使いたくないし・・・それに俺、術苦手なんだよ。何か霊力がコントロール出来なくてな〜。だから妖怪にも効くように霊力を纏う練習ばっかしてた。それに、空手だと殺しが前提にならないからな」
「だけど・・・私のときは短刀使ったよね?」
「それは拳だけだったら絶対セレナ止められないなあ〜と思ってたから使ったんだよ。確かにあの短刀使ったら霊力出しやすいけど、すっげえ強いやつじゃない限り使わないぜ」
「・・・」
開いた口が塞がらなかった。
(いやいやいや!!何か納得させられてるけど腑に落ちない!!)
深いため息を吐き、頭を垂れる。
「私が慌てて来ることもなかったって訳ね」
「そうだな。あれぐらいなら素手でいけるし、暫く大丈夫だろ」
さっきの悪霊のことを言っているのだろうセレナは思った。暫く大丈夫ということは禄人の霊力で浄化され、正気に戻ったのだろうと判断した。
「禄人ーーーーー!!」
いきなり男の声が部屋に響いた。振り替えると茶髪が外にはね眼鏡をかけた男がいた。眼鏡の奥の目はたれ目で、服はスーツを着ている。
「・・・誰?」
「上田智則。俺のマネージャー」
「禄人!!」
智則は怒った表情で禄人に近付く。
「どうしたんですか?上田さん」
「どうしたもこうもない!外国人の女性がいきなり入ってくるは突然消えるはでこっちは収集ついていない!お前、今度は何をした!何を隠している!」
「何って・・・あれ?」
「あ・・・忘れてた。今禄人以外視えていない状態だった」
智則の目には禄人しか映っていないのだろう。だが、智則の言葉に少し違和感を覚えた。
「ねえ禄人。この人、あんたの事情知ってるの?」
「そうだけど。この世界でやっていけるのも前田さんのおかげなんだ」
「ふーん」
「おい禄人。もしかして居るのか?」
ジロリと禄人を睨む智則。
(これは説明したほうがいいかもね)
「《霧のヴェールよ、我を解き放て》」
「うお!!」
セレナは自分にかかっている魔法を解いた。すると、智則は驚いたのか後ろに後ずさった。
「セレナ、今なにした?」
「あまり目立たないように素質ある人以外には視えない魔法をかけてたんだけど、どうやら意味なかったみたいね」
苦笑を浮かべる禄人。
「・・・禄人、後でお前の家にいく。その時に全部話せ」
「・・・分かりました」
その場を解散した後、セレナは瞬間移動魔法で自宅へと帰った。智則が言うには後々厄介なことになるから隠れて帰れとのことだった。そして、夜8時を過ぎた頃にはテーブルを挟んで禄人と智則が向かい合って座り、セレナが紅茶の準備が出来た頃には昨日の出来事を話し終わっていた。セレナは紅茶をテーブルの上に並び終えた後、禄人の隣に座る。
「要するに、その子は500年間封印されていた魔女でうっかり解いてしまったと。それで責任もって面倒を見ている。そういうことだな?」
「まあ、そんなところですね」
盛大なため息が智則の口から出る。
「たった昨日の出来事とは思えないな。まあ、面倒みるのはいいがマスコミが黙っていないぞ」
「あ〜」
「マスコミ?」
聞いたことの無い単語に首を傾げる。
「マスコミュニケーション、略してマスコミ。情報を速くキャッチして雑誌や新聞に載せる職業だ。禄人のような芸能人や政治家のあらゆるネタを売り物にしてるからな。根も葉もない情報を載せられることを結構ある」
智則の口から淡々と語られるマスコミの存在。
「へえ〜、ようは根も葉もない情報を売り込んで相手を蹴落とすと・・・ふーん」
そう言ったとたん、重くのし掛かる空気に変わった。セレナから出ている怒りのこもった魔力が身体中から発し、場の空気を変えたのだ。怒りがセレナの心を徐々に埋めているのか、目が緑色から赤色に変色し始める。
「時代が変わってもそんな職業あるんだ。やっぱり人間の根本は変わらないのね」
智則は重い空気に飲まれ身体中震え、禄人の頬に冷や汗が伝う。
「どうやって潰そうかな。流行り病でも流行らすかな?それとも目と耳をぶったぎろうかな・・・それとも・・・」
「セレナ、落ち着け」
「あ、だったら四肢をもいで"人豚"にしても・・・」
「いいかげんにしろ!セレナ、落ち着け!!」
突然セレナの頭に激痛が走る。禄人が手刀を繰り出しセレナの頭に直撃させたのだ。あまりの痛みに頭を抱えると同時に場に流れていた重い空気が無惨するように無くなった。
「つ〜!何するのよ!!」
「少しは目え覚めたか?」
「は?!」
禄人はセレナの顔を覗きこむ。
「あのなセレナ。そんなことしたって何も変わらねえんだよ。それはお前が一番知っているんじゃないのか?」
「・・・」
図星なところをつかれ、禄人を見たまま何も言えなかった。
「それに、根も葉もない噂で載るということはそれだけ有名ってことだろ?だったらいいじゃねえか。俺は気にしてねえし。信じる信じないかは読者次第だろ?」
「!・・・あんたってやつは・・・」
目の色が赤色から緑色に戻ると共に、苦い表情を浮かべ禄人を見つめた。
「それに、この体質なんだ。悪い噂1つや2つ出てくる。もし、この体質が世間にばれたら、俺は芸能界引退する」
「は?!」
「だって、何もないところに話しかけるアーティストって気味が悪いだろ?スタッフも、ファンも・・・だから・・・」
「俺がそんなことさせると思うか?」
智則は落ち着いた、なおかつ気持ちが入った声で禄人のセリフを遮った。
「上田さん」
「俺は禄人みたいに霊感がないからそっち関係は何も手伝えないかもしれない。だがな、お前が万全な状態に整え、輝かせるのが俺の仕事だ。そう簡単に引退させるか!」
真剣な目だった。その姿を見て、
(ああ・・・禄人は幸せ者だな)
どうして禄人がひねくれなかったのか分かった。禄人は周りの人に恵まれ、支えられている。1人ではない。それがとても輝かしく見えた。
「とりあえず、これからどうするかだ。マスコミが騒ぎだす前に何とかしないとな」
智則は考え込んだ。
(そうか、私がいたら禄人の立場が危うくなる)
居たたまれない気持ちが溢れてくる。
「やっぱり私はここにいないほうが・・・」
「だったら俺とセレナは恋人同士って自ら公表したほうがいいじゃないですかね?」
「・・・・はあ!!」
(なにいってるの!)
いきなりの爆弾発言に開いた口が塞がらなかった。
「確かに、騒ぐ度合いは少なくなるな。でもいいのか?」
「そうよ!恋人ってそんな簡単に決めるもんじゃないわよ!」
「セレナは俺じゃ嫌か?」
禄人は優しい微笑みでセレナを見つめる。とたんにセレナの頬が赤くなる。
「・・・嫌じゃない」
「そっか!」
子供のように無邪気に笑う顔にセレナは少し固まった。そんな二人の様子にニヤニヤと笑みを浮かべる智則。
こうして、出会ってから2日で形だけの恋人となった禄人とセレナであった。