セレナ=リストレイン
-500年前、フランス―
三角屋根が立ち並ぶ町中。人通りの少ない路地裏に10歳くらいの少女が体を丸めて座っていた。長い茶髪は手入れされていないのか、左右にはね、衣服には汚れが目立ち、所々ほつれていた。さらに、骨が見えるほど痩せこけ、今でも命がつきかけていた。
「大丈夫?」
突如、声をかれられゆっくりと顔を上げ、緑色の目があらわになる。目の前にいたのは20代前半の女だった。茶髪でショートに整えている。
「私の名はリズ。リズ=レスト。あなたの名前は?」
リズと名乗った女は少女に手を差しのべる。差しのべられた手を、少女は痩せ細った手で掴んだ。
「わた・・・し・・・の・・・な・・・まえ・・・は・・・セレナ=リストレイン・・・」
力のない声で少女、セレナは言う。
「私、孤児院をやってるの。贅沢な生活は出来ないけど、それでも来てよかったって思えるようなところだから・・・って自分で言っててどうかと思うけど・・・」
恥ずかしそうに笑うリズ。
「わたし・・・」
「今はこれしかないけど飲んで。水よ」
懐から水が入った水筒を取りだし、セレナの口にゆっくりと注ぐ。何日かぶりの水だった。乾いた体によく染み渡る。水を補給したせいか、目に涙が浮かぶ。
「私・・・お父さんも・・・お母さんも・・・戦争に巻き込まれて・・・殺されて・・・う・・・うわあああああああああああああああああ!!!」
両親を亡くしてから、初めて触れた優しさに、ただ、泣くことしかできなかった。
―数年後―
リズに引き取られてから、数年間過ぎていく。決して贅沢な生活では無かったが、衣食住が確保された生活は、セレナにとっては夢のようだった。周りには自分を慕う子供たち。兄、姉のように接してくれる人たち。母親のように愛情を注いでくれるリズ。それは血の繋がらない、だけど、家族のような絆で結ばれていた。しかし、その幸せも突如崩れてしまう。
ある日のことだった。玄関の扉が開かれ、胸に十字架を掲げた男たちが入ってくる。
「お前たちを魔女の容疑で逮捕する!!」たったその一言で、セレナの幸せは幕を閉じた。
14世紀から17世紀にかけてのヨーロッパ諸国は、飢饉、戦争が絶えず、国民は疲弊していた。その時、鬱憤のはけ口となったのが"魔女"の存在だった。この頃は、科学が発達していない時代。何か悪いとこが起こったら、すべて魔女のせいとされた。そして、何も証拠も無いのに魔女と告発された者は魔女裁判、または尋問にかけられ、火刑もしくは拷問によって殺された。それは教会にとって、神の力を示す場でもあった。この、狂気が渦巻く時代を後に"暗黒時代"と呼ばれた。
石によって作られた部屋。全体が暗く、ろうそくの明かりしか頼りにならない部屋に少女はいた。魔女狩りにあったセレナは尋問にかけられていた。まず、最初に始めたのは黒いアザがないか。それを探すために衣服はすべて脱がされた状態だった。周りには胸に十字架を掲げた男が数人、異端審問官と呼ばれる者たちがセレナを動けないように拘束している。
「アザはありません」
「そうか・・・なら・・・」
異端審問官の1人が鞭を取りだし、振り上げる。しなる鞭が少女を痛め付ける。
「う!」
「お前はあの者達とサバトを行っていたのだろう?」
「違う・・・」
身に覚えのないことだ。サバト?そんなのしていない。だが、鞭がしなる度に体に激痛が走る。
「嘘を言うな」
「嘘じゃない!!」
否定の言葉を言う度に鞭がしなる。何度も何度も・・・。
「・・・往生際の悪い女だ・・・あれを持ってこい」
男は鞭を下げさせると、今度は熱がこもった火かき棒を持ってこさせた。先が赤く灯った火かき棒を男は、容赦なく肌に当てる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
あまりの激痛が襲った。しかし、部屋に木霊するような悲鳴を上げても、男達は容赦なく火かき棒を当てる。
「お前達はサバトを行い、悪魔と契約したのだろう!」
「違う・・・」
「お前は魔女なのだろう!!」
「私は・・・」
何度も何度も火かき棒を当てられる。この苦しみを逃れるには1つしか方法がない。「はい・・・私は・・・魔女です」
違うのに・・・私は・・・私達は・・・魔女じゃないのに・・・私達はただ・・・穏やかに暮らしてただけなのに・・・。
数日後、セレナは街の広場に連れてこられ、木の棒に縛り付けられた。周りには孤児院のメンバーが同じように縛り付けられている。
(リズ・・・皆・・・)
続々と集まる観衆が目に入る。
「この者達はサバトを行い、悪魔と契約した!よって!これより、火刑に処する!」(違う!!)
否定の言葉を強く思っても、どうしても声にでない。もう分かっていた。どんなに言っても無駄なのだと。だけど、思わざる得なかった。
火を持った男達が足元に置かれた藁につける。火は瞬く間に燃えて行き、足元から燃えて行き、胴体、顔へと広がる。
(熱い!痛い!)
苦しみ悶える炎の中、耳に聞こえたのは・・・観衆の歓喜だった。
(何で?・・・何故皆は私達の死を喜ぶ?!・・・私達は悪いことなんて何もしていないのに!!)
徐々に死が近づいていくなか、セレナの中に黒い感情が沸き上がる。
(許さない!・・・街の皆も!教会の連中も!・・・呪ってやる!この時代を・・・呪ってやる!!)
怒り、憎しみの感情は後に、大気を浮遊していた魔力を集めだし、凝縮させた。それは、死した体を甦らせる程だった。そして、セレナの目が緑色から赤色に染まり始める。
徐々に小さくなる火が目立つなか、1つだけ炎の勢いが止まらず、膨れ上がり、やがて・・・
1つの街を飲み込んだ。
(私は・・・どうなったの?・・・死んだのかな?)
辺りは真っ暗だった。しかし、静かではない。何かが燃える音が聞こえた。その時、初めて目を瞑っているのだと分かり、そっと開けると・・・目に映ったのは・・・
燃え盛る街と人達だった。
(え?・・・何・・・これ?・・・)
理解できなかった。黒ずみとなった建物と人達。そして、自分だけが生きている状況。考えられる答えは1つだけ。
(私が・・・やったんだ・・・私の・・・思いが・・・)
しかし、胸の内に沸き上がったのは、罪悪感・・・だけではなかった。
(どうしてこんなに嬉しいんだろう?いっぱい殺したのに・・・)
心の底から嬉しいと思う自分がいることに驚きを隠せなかった。そして、絶望した。それは、1つの結論に至ってしまっからだ。
(ああ・・・そうか・・・私は人じゃなくなったんだ。殺すことが楽しくて堪らない化け物・・・魔女になっちゃったんだ・・・なら・・・)
胸の内にはまだ憎しみと怒りが収まっていない。
(魔女らしく・・・復讐してやる!!)
それからセレナは、独学で魔法を身に着けた後、魔女らしく紫色のドレスに身を包み、魔女狩りを行った者達を殺していった。教会の者、魔女を密告する集団、さらには魔女狩りを活発に行う町や村も。それらを火で覆いつくしたり、呪いをかけたり、さらには病をはやらせた。その行動はもはや人々が想像した魔女そのものだった。そして、セレナ自身も殺すことに喜びを感じていた。それが数年間続いた。
そんなある日のことだった。ある村に足を踏み入れた。火刑を行う直前だった。セレナは人差し指を前に突き出す。すると、処刑人が持っている松明が燃え広がる。火は瞬く間に炎となり村を飲み込んでいった後、火刑場へと足を運ぶ。あえて、そこだけ燃やさなかったのだ。そこにはこの棒に縛られた10歳前半の赤毛の少女がいた。セレナは人差し指を小さく動かし、縄が切り少女を抱きかかえた後、傷口に手をかざす。手に淡い緑色の光が灯ると、少女の傷がみるみるうちに塞がっていく。
「あなたは?・・・」
「これから、あなたを魔法である島に移動させる。その島はこの時代が終わるまで絶対に見つからないようにしてあるわ。いい?魔女狩りの時代が終わるまで絶対に出ちゃだめよ」
そう、魔女狩りに関わった者たちは殺していったが、被害者はとある島へと隠していたのだ。その島はセレナの魔法によって隠されており、この時代が終わらない限り解けないようになっている。
その行動はセレナに残っていた人の心でもあり、この時代に対しての復讐でもあった。見ろ!お前ら殺したがっている魔女は生きているぞ!!っと。
少女をその島へと転送の魔法をかけようとした時だった。
「!!」
突然、背後から数本の光の杭が二人を襲った。セレナは少女を抱えながら後ろに飛び、回避した。
「待っていましたよ。魔女よ」
炎の中から胸に十字架を掲げた男が数人現れた。
「教会の奴らか・・・」
「少々やりすぎたようですね。この数年間のあなたの所業は放って置けません」
「・・・気に食わない。私がここに来ることが分かっていたなら、事前対処もできたはずよ。だけど、あなたたちはそれをしなかった。」
「何が言いたい?」
男の表情が崩れる。対して、セレナは嘲りの笑みを浮かべる。
「くくく・・・どうせあんたたちは神がなんだと言っても自分の保身しか考えていない偽善者ってことよ!」
「・・・」
「あの・・・」
「下がってなさい」
双方がにらみ合う。そして、突然の爆風が吹き荒れた。セレナが炎を操り、男たちを飲み込んだ。しかし、炎が不自然に消える。男たちは透明な壁に守られていたのだ。
(やはり・・・魔術か・・・)
魔法と魔術は違う。魔術はこの世の理を意のままに生み出す。対して魔法はこの世の理を覆す。神を信仰する教会が魔術を使うなんてお笑い種だが。おそらく信仰によって生まれたのだろう。魔術を使う方法を千差万別だからだ。
セレナは腕を高く上げ、呪文を唱え始める。
「《怒りと憎しみに燃える亡者たちよ、炎となり、燃やし尽くせ!!》」
周りに燃えていた火が勢いを増した後、生き物のように動き出し、円を描くように男たちを囲み飲み込んだ。“悪霊の炎”・・・セレナが使った魔法だ。焼かれたものは骨も魂も残らない。
「魔術が使えるからって、魔法を使う魔女に敵うわけないでしょ」
燃えている場所に話しても、返ってくるわけない。この“悪霊の炎”は魔術で作られたバリアなら簡単に壊すことができるからだ。だから、自分の問いに返ってくるわけがない・・・はずだった。
「そうだなあ・・・確かに我々では倒せないよ。だからね、奥の手を使ったよ」
「!!」
爆風が吹き荒れると同時に、炎が消し飛んだ。直前まで燃えていた場所に男たちと一人の女がいた。金髪を長くなびかせ、黒いドレスに身を包んだ女。気配で分かった。こいつは、自分と同類だと・・・。
「教会は・・・ここまで堕ちたかーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
自分の保身のために魔女に依頼したのだ。もちろんただではない。どれほどの生贄をこの女にささげたのか・・・。煮えくり返るような気持ちがあふれてくる。セレナは怒りと憎しみを魔法に注いだ。
「ふふ、馬鹿な子。こんなことしたって時代は変わらないのに」
双方の腕が振るわれた。セレナは炎を、女は水を操り、激突する。高温で燃える炎と低温の水によって、水蒸気が発生し、辺りが霧で包まれる。セレナは宙にレイピアを出現させ、動き出す。女のいる場所は気配で分かる。すぐさまその場所に飛んで、レイピアを振り上げると同時に、女は杖を宙に出現させ、受け止めた。金属音が響く。
「あなたって本当に魔女らしくないわね。まあ、元人間ならしょうがないかなあ。でも、その人間味があなたの弱点よ」
女はセレナから目線をそらす。そこで気付く。今、自分の後ろにいるのは、魔女狩りの被害者である少女。
急いで少女にかけようと振り返る。瞬間、黒い無数の杭が道を作るように生え、少女へと向かう。
(まずい!!)
瞬間移動魔法を即座に発動する。セレナの体は消え、少女の近くに現れる。そして、少女を勢いよく突き飛ばした。
黒い杭が体に突き刺さる。体中に声にもならない激痛が走る中、魔法を発動する。少女がいる地面に五芒星を描いた魔法陣が現れる。
「え・・・?」
訳が分からず何もできない少女。対して、セレナは激痛の中、必死で笑みを浮かべた。
「生きろ・・・」
「え・・・?!」
少女の体が消える。瞬間移動魔法が発動したのだ。
(これで大丈夫・・・あそこは安全だ)
「馬鹿な子・・・最後のチャンスを逃すなんてね」
口から血がはき出る。
(やっぱり普通の杭じゃないか・・・魔法が使えない・・・いや・・・この感じは)
「そうよ・・・それ、あなたの魔力を吸っているの。そして、吸えば吸うほど逃れられない」
(なるほどね・・・)
手足、胴体に数本の杭が貫かれ、身動きが取れない。魔法を使おうとすればその分の魔力が吸われる。回復魔法も使えない。
「そして、あなたは絶望を味わう」
女が杖を振りかざすと、何も描かれていないキャンパスが現れる。
「苦しみながら消えてね・・・」
突如の浮遊感。杭ごとキャンパスに吸い込まれているのだ。
(ちくしょう・・・)
セレナは何もできないまま、キャンパスに吸い込まれていった。