1話 少女との邂逅
「どこだ、ここは?」
木の間から射す日差しを受けながら英二は目が覚めた。周りを見渡すと生い茂るように辺り一面草原が広がっていた。
ベッドの上でスマホをいじっていた俺だが...
そういえば何か変わったメールが届いていたのを思い出す。
もう5年以上もまともに何かを考えるということをしていなかったため、なかなか思考がまとまらない。持っていた携帯を後ろポケットにしまい、考えをまとめるためしばらく森の中を歩くことにした。
しばらく森の中を歩き回った英二は、目を疑った。
「な!?あれは雪幻花!」
雪幻花とはかつて皇帝など気位の高い者にのみ使用された薬草である。茎や葉からエキスを抽出し、それを煎じて飲めば大抵の病を治せると言われており同時に、その生息地は標高3000メートル以上の高山にのみ生息されていると幻の薬草だとも言われている。
英二はその花を手に取る。薬学の授業を受講しているときちらっと参考書で見た程度だがこの特徴的な花は忘れようにも忘れることができない。幻とまで言われた薬草を発見したという興奮が英二を逆に冷静にする。
そして、次第に落ち着きを取り戻す。
「なんだここは夢か」
「はは。雪幻花は高山にしか咲かない花。それがこんな森の中で生えてるわけないもんな。」
そう英二はここを夢だと断定する。草木の感触。土の匂い。時折吹く心地よい風。ここを夢だと断定するにはあまりにも早計だということに英二は気づかない。
雪幻花を何気なくポケットに入れた英二は草木の上に寝転がりながら物思いにふける。思い出すのは幼馴染のえっちゃんのことだ。
「そういえば、6歳くらいの頃体が弱かったえっちゃんが図鑑でしかカブトムシを見たことがないっていうから、本物を捕まえて見せてあげようと1日中こんな森の中を走り回ったっけ。」
確かあの時はなかなかカブトムシが見つからなくて、日が沈んでも帰ってこない俺を心配した両親が通報したことで大騒ぎになったんだよな。なんとかカブトムシを1匹捕まえることができたからあとでえっちゃんに見せに行ったらえっちゃんにも怒られたけど。でも、あの時のえっちゃんの涙をうかべながら笑顔で言った「ありがとう。」は今でも鮮明に覚えてる。そのことを思い出すと自然と涙がこぼれる。もう2度とあの笑顔を見ることができない。
しばらく物思いにふけっていた英二だが、風の音に混じって誰かの声が聞こえたため意識が覚醒した。
「ハァ..........ハァ...........」
突然近くの茂みの中から息を切らした女の子が飛び出してきた。
「ぐはっ」
俺は慌てて飛び起き避けようとしたが、当然間に合うはずもなく女の子の頭突きが勢い良く鳩尾に入り、後ろポケットに入れていた携帯がその場に落ち、英二はそのまま数メートル飛ばされる。
「いってええええ」
鳩尾をさすりながら何が起こったか把握するため英二は起き上がった。
その直後その子を追いかけるように1匹の紺色の毛を纏った狼が同じところから飛び出してきた。
俺の目の前で今にも狼が倒れこんでいる女の子に襲いかかろうとしていた。
その時、ちょうどセットしていた携帯のアラームが鳴り出した。そういえば今日は夕方頃に俺のことを実の子供のように可愛がってくれた佐藤夫妻が様子を見にくる日だったことを今頃思い出す。そのためおじさんとおばさんが来る1時間前くらいにアラームをセットしていた。
突然派手な音が背後から鳴りそちらに気を取られた狼の隙をついた俺は、気絶している女の子を抱えてその場を離れ、必死に森の中を走った。
「ハァハァ」
しばらく走ったところで、俺は倒れこんだ。
「ハァ..............ハァ...........、もう走れない。」
走るということをしばらくしていなかったため鉛のように体が重く感じた。
やっと息がととのってきたので英二は女の子に目を向けた。
見た目10歳くらいの薄いピンクのような髪の色にぼろぼろの服に裸足で所々に痣のような痕がある。しかもよく見ると後ろの首元のところに刻印のようなものがあることに気づく。
「何だ、これは?」
英二はなぞるようにその刻印に触れるようとするが途端、電気が走ったように英二の接触を拒んだ。
「だれ!?」
刻印に触れようとした時の電気で目が覚めたのか、女の子は英二を警戒するようにあとずさる。
だが英二はそんなことは気にもとめず、女の子を涙を流しながら女の子を見つめていた。
髪の色は違うがその女の子があまりにも幼馴染のえっちゃんに似ていたからだ。
「なんで、ないているの?」
俺が泣いている事情を知る由も無い女の子は不思議そうに俺にたずねる。
俺は気がついたら、その女の子を抱きしめていた。
女の子は最初はびっくりしたようだが、しばらくして俺の背中に腕を回して抱きしめ返してくれた。
あの時えっちゃんに抱きしめられた懐かしさのような気持ちで胸がいっぱいになる。
「驚かせてごめん。君の名前はなんていうの?」
しばらくして女の子から離れた俺は急に抱きしめたことを謝りながら名前を尋ねた。女の子は首を横に振り困ったような顔をしながら、
「私の名前はーーーーー」