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-4 噂話が聞こえてきた

 翌日、デイシアやユラが目を覚ます前にベリトが土砂の片付けに出ると、すでにぽつぽつと作業を始めている者の姿があった。


「なあ、相談があるんだが」


 ベリトは近くにいた者に出稼ぎの件を持ちかけてみた。


 まだ村の片付けも終わっていないこの段階では反対の声が上がるかと案じていたが、思いのほか周囲の反応が良かった。

 土砂崩れの難は逃れても、ベリトと同じように畑や家財を失って途方に暮れていた村人が多くいたからだ。


 ベリトのいない間にも出稼ぎの案は出ていたらしく、あれよあれよという間に話は進み、さっそく若者たちが早馬を使っていくつかの町へ出稼ぎの打診へ向かった。

 その後もベリトの予想を上回るスピードで事は運び、午後には若者たちがぽつぽつと戻ってきた。


 事情を説明するといくつかの大店が協力を申し出てくれたようだ。

 働き次第では、復興のための支援も検討するという太っ腹な主人もいたようだ。


 想像以上の早さで決まっていく予定に、ベリトは目を丸くするばかりだった。

 ベリトたちはカンペリエという町へ向かうことになった。

 カンペリエは峠を越えた先にある、少し大きな町だ。


 出発は翌週と取り決められた。

 それまでに土砂を片付け、旅支度も整えなければならない。

 このペースで作業をしていては到底間に合わないだろう。


「こりゃぁ大変だぞ」


 言葉とは裏腹にどこか嬉しそうな仲間の姿を見て、鍬を振るうベリトの腕にも力が入った。




 帰宅すると休む間もなくユラを呼びつけた。


「おれはしばらく家を離れることになった。お前には家のことを覚えてもらう」


 そう宣言すると、まず手始めに皿の洗い方を教え始めた。

 幼いユラに火や刃物を使う料理を教えるのは危険なので、料理の支度だけは妻のデイシアに頼むしかない。


 とにかく最低限生活が成り立つようにしてやらなければいけない。

 何が必要で、何を周囲に頼るべきか。

 わずか七日というタイムリミットに追われながら、ベリトは頭をフル回転させる。


 とはいえ、相手は口もきけない子供だ。

 ユラはベリトの動きを真似て見せたりするが、本当にきちんと理解しているのか確かめることもままならなかった。


 いざとなればデイシアにも動いてもらわなければいけない。

 だが、デイシアの体調が急変したらどうすればいい? ユラは彼女の不調を周囲に伝えることができるだろうか。

 頭ではわかっていたが、不安を拭うことはできなかった。


 ベリトの気持ちに反して、出発の時刻は刻一刻と迫ってくる。

 自分の身の回りのことでさえ満足にできないほど衰弱した妻に視線を向けた。

 その視線に気づいたデイシアは、心配するなと言わんばかりに微笑んで見せる。




 あっという間に一週間は過ぎ、ベリトはわずかばかりの現金と着替えを詰めた布包みを片手に玄関先に立っていた。


「ユラ、母さんのことを頼むぞ」


 見送りに出てきた息子の頭をぐりぐりと撫でる。

 妻は秋の柔らかな光に目を細めつつ、病床から手を振って男を見送った。


「ほら早くしろ! 置いていくぞ」


 別れを惜しむ気持ちがベリトの足を止めさせるが、外で待っていた仲間の一人が声を張り上げた。

 ベリトは後ろ髪を引かれつつ出稼ぎの一団に混ざって歩き出す。


 ベリトやデイシアのことを気遣って村に残れるよう配慮してくれる者もいたのだが、彼は自分が出稼ぎの発案者なのだからと言って聞かなかった。

 そのことは妻デイシアにも見透かされており、僅かばかりの小言をいただく羽目になった。


「こんな早くからご苦労だな」

「お前さんだって。奥さんの世話はいいのか?」


 馴染の顔を見つけて声を掛けると、予想していなかった鋭い問いかけが向けられた。

 昨晩の小言ですら辛そうにしていたが、それを他の村人には知られたくなかった。


 どうやって話題を逸らしたものかと黙り込んでいると、並んで歩いていた男が「あぁ」と声を漏らした。


「……そういや、あの子供はどうなった」

「怪我は瘤だけだし、ありゃ随分丈夫だな。ユラっちゅう名前にした」


 周りの村人たちが耳をそばだてているのを察し、彼らにも聞こえるように少しだけ声を張る。

 この小さな村では、ユラのような異質な存在は嫌でも注目を集めてしまう。

 ならばそれを逆手に取るまでだ。


 出稼ぎに行く自分の代わりにユラを可愛がってくれと女衆に目配せをした。

 すると彼女たちも任せておけと胸を張って見せる。


 とことこと歩いて表へ出てきたユラが、去りゆく父の背をじっと見つめた。

 視線に気づいたのか、ベリトが一瞬足を止めた。


 ちらりと振り向いて大きくうなずく。

 背を向けてから後ろ手に手を振っているのに気付いて、ユラも大きく手を振り返した。




「聞いたかい? 嵐のあった晩、ここらを魔族が飛んでいたらしいじゃないかい」

「そりゃあ本当かい!?」

「しっ! 声が大きいよ」


 出稼ぎ衆の姿が遠ざかり、ユラが家に戻ろうときびすを返しかけた時、押し殺した声が耳に飛び込んできた。

 建物の陰になって姿こそ見えないが、ユラと同様に見送りに出ていた女たちが井戸端会議を始めたらしい。


「それじゃああの土砂崩れは奴らからの攻撃か……」

「やだねぇ……。こんな田舎まで狙われるなんて」


 嵐の晩のことはユラの記憶に残っていなかった。

 ただ、新しい両親や村人たちの騒ぎようから、彼らの生活を大きく変えてしまったことは肌で感じられた。


 それが何者かの意思によって行われていたのだとしたら。

 飛び交う憶測に耳を傾けつつ、ユラは玄関の戸を引いた。




 ユラはよく働いた。

 それは、様子を見にきた女衆が目を見張るほどだった。


 ベリトが仕込んでいった家事は勿論のこと、病床に伏せる母の世話も小さい体でせっせとこなす。

 おまけに、村の衆の畑仕事も手伝った。


 無事で済んだ畑には水をまき、土砂や倒木を撤去した畑には一度流されてしまった作物を丁寧に植え直す。

 棒を立て、それに添わせて曲がってしまった茎を矯正する作業の手伝いもした。

 手つきは泥遊びをする子供のそれだったが、真剣な眼差しは大人に引け劣らなかった。


 肥沃な土をほとんど流されてしまった畑は野菜の育ちも悪かった。

 それでなくても作物を植え直すには時期が遅すぎる。


 この年の冬がいつになく厳しいものになることは、誰の目にも明らかだった。

 皆が落胆の色を浮かべる中、ユラだけは熱心に世話を続けていた。


 そのけなげな姿に心を打たれ、子供が着られなくなった衣服を譲ってよこす者がいた。食べきれないから、と野菜や穀物を持ってくる者もいた。


 誰も楽な生活を送ってなどいないのに、嫌な顔をすることもない。

 物を貰うたび、普段は横になって息をするのがやっとの母デイシアが布団を這い出して深く頭を下げた。


「どうせ小さくて着られやしないんだから。それなら使ってもらった方がありがたいのよ」

「苦しい時はお互いさまさ。ユラくんには畑の片づけを手伝ってもらったからねぇ」


 ユラは人々の優しさに育まれ、最初は警戒の色を濃くしていた子供たちとも打ち解けていった。

 ユラは相手の言葉を理解することができたし、自らの意思を行動で示すこともできる。そのため、言葉が話せないのはさしたる壁でなかった。

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