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望まれぬ英雄 ~虫も殺せない僕が魔王になった理由(わけ)~  作者: 牧田紗矢乃
〈Episode4〉

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39/53

-5 エゴイズム

 翌日、ユラが目を覚ましたのはすでに一日の半分が終わろうかという頃だった。

 昨日の出来事があまりにも現実離れしていて、故郷の跡地で起きたことも、アルフォンソの生家であったことも、酒場で弾き語りをしたことも全てが夢の中の出来事のように思える。

 同じ部屋にアルフォンソの荷物が置かれていることで、かろうじてあれが現実だったのだと理解できた。


 隣のベッドで眠っていたはずのアルフォンソの姿はない。

 昼時なのだ。当然のことだろう。


 ベッドを抜け出したユラは服を着替え、髪を整えて中折れ帽をかぶる。

 昨日の戦いでまた角が成長し、帽子を軽く押し上げてきていた。

 もう一回り大きな帽子を探すかもっと別な角の隠し方を考えなければいけない。


 うんざりしつつ、帽子を脱いだユラは角に手を掛ける。

 そして、目いっぱい力を入れて角をへし折ろうとした。


「っ、痛て……」


 思わず顔を歪めて手を離した。

 どういう構造になっているのかユラ自身にもはっきりとはわからないが、頭蓋骨が軋む音は動物としての本能的な危機感を煽るには十分だった。


「これを折ったら死ぬのかな? 化け物になるくらいならここで死んだ方が……――」


 かつて父として自分を拾い、育ててくれた人が放った言葉が棘のようにユラの心に深く突き刺さってジクジクと痛む。

 一思いにやってしまおう、と腹をくくり歯を食いしばった。


「起きたか?」


 扉が開きアルフォンソが顔をのぞかせた。

 昨夜のことなどなかったかのように、いつも通りの笑顔を浮かべていた。

 顔を歪め、角に手を掛けたユラに尋常でないものを感じ取り、アルフォンソが慌てて駆け寄る。

 ユラの手首を掴むと角から手を引き剥がした。


「なにやってるんだ!」

「……っ、なんでもない」


 とっさに顔を背け、何事もなかったかのように装う。

 それが余計に痛々しく見せることにも気付かずに。


 アルフォンソは不安げな眼差しをユラに向けた。


「自分で自分を傷つけるな、って言うのは俺のエゴかな。

 でも、俺はお前がどんな姿になっても傍にいるからさ」


 アルフォンソの脳裏にもあの時の言葉が強く残っていた。

 たしかに、魔族の能力ちからを得てからユラの容姿は目に見えて変わった。

 体は一回り大きくなったし、帽子を脱げば一目でわかってしまうほど角も大きくなっている。

 これからも魔族との戦いを続けていくならば、更に外見が変化するだろう。


 つまり、あれはこれからユラが事情を知らない人々にぶつけられるであろう言葉でもあるのだ。

 そのことを承知の上で掛ける言葉として、どれほど軽薄なものか。

 声に出してみるとあまりに薄っぺらでうわべだけのセリフに思えてしまう。

 それを見透かしたようにユラがため息を吐く。


「いいんだよ。アルには関係ないんだから」

「これだけ一緒にいて、関係ないってか……」


 そう呟いてアルフォンソは悲しげに笑った。


「それなら、ここでお別れだ」


 アルフォンソの言葉に、ユラの動きが止まった。

 目を見開き、事態が飲み込めないと繰り返し首を横に振る。


「俺とマリーはイーラを助けに行く。本当はお前がいてくれたら心強いんだが……。

 関係ない奴を巻き込むわけにはいかないからな」

「関係ないことないだろ!?」

「なんでだ? 俺とマリーとイーラは訓練所の仲間だ。仲間だから助けに行く。でもユラはもう訓練所の人間じゃない。立派な旅芸人だろ? お前の仕事を邪魔するような野暮な真似はしたくないんだ」


 淡々と告げる間、アルフォンソはユラの顔を見ようとしなかった。

 ユラの捨てられた子犬のような不安で震える瞳を見てしまえば、途中で気を削がれてしまいそうだったから。


「今、マリーが魔王の城の場所を調べてくれてるんだ。俺も手伝いに行ってくるよ。

 色々と付き合わせて済まなかった」


 ユラに背を向け、部屋を出ようと歩き出す。

 その背中を反射的に呼び止めた。


「違う……。そういうことじゃない!」

「ん? 何も違わないだろ。

 俺はユラのことを家族だと思っていたけど、ユラからしてみれば俺は無関係な赤の他人だったわけだ。今まで家族面してごめんな」


 アルフォンソの口調からは嫌味よりも諦めの色の方が強く感じられた。

 離れて行こうとするアルフォンソの腕をとっさに掴む。

 すがるようなユラの態度に、アルフォンソは辟易したように振り向いた。


「アル……違うんだ。僕はアルのことを家族じゃないとか友達じゃないとかそういうつもりで言ったんじゃなくて……――」

「あぁ。わかってるよ」


 ユラの金色の瞳は大きくうるみ、今にも涙がこぼれ落ちそうになっていた。

 それを目の当たりにしてしまった途端にアルフォンソの罪悪感が膨れ上がる。

 降参だと小さく息を吐くと、ユラの目元に溜まった雫を指で掬い上げた。


「ユラ、お前が一番わかっていると思うが、この先俺たちと行動を共にすればお前はさらに魔族の力を吸収することになるだろう。そうなればいろいろな変化が訪れると思う。

 それでも一緒に来てくれるのか?」

「……うん。あそこにクレハを連れて行ったのも僕だし、この能力があれば魔王とも互角に戦えるかもしれない」

「責任を感じる必要はないぞ? それに、これ以上は無理だと思ったらすぐに言えよ。無理強いはしたくないからな」

「うん。わかってる」

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