-1 嵐の後の悲惨な風景
猛烈な嵐は、朝日が昇るのを待たずに過ぎ去った。
ぽつぽつと降り続けていた雨も次第にやみ、昼食の頃になると前の晩の大雨が嘘のように晴れ渡っていた。
雨に濡れた木の葉が陽の光を受けてキラキラと輝いている。
村のあちこちにできた大きな水溜りも、青空を映してきらめいていた。
すがすがしい天候とは裏腹に、ダルブ村に暮らす者たちは大きな混乱の中にいた。
土砂崩れの轟音に叩き起こされた村人たちは、当初は降り続ける大雨と夜闇のために状況が把握できずにいた。
怯えながら朝日を待ち身を寄せ合っていたいた人々は、空が白み始めると一挙に言葉を失った。
時間が時間だったこともあり、逃げ遅れた者が多くあったのだ。
崩れた土砂が大きくせり出している。
辺りには雨に濡れた土の濃厚なにおいがムッと立ち込めていた。
元は畑だった場所が山に呑まれ、昨日まであったはずの建物がなくなっていた。
ほんのわずかな差で無傷の家、一部が土砂に呑まれた家、瓦礫の山と化した家が並ぶ。
それは地獄のような光景だった。
崩れた家の残骸から、助けを求める声が聞こえていた。
土砂崩れの難を逃れた家の者たちは総出で農具を手に集まった。
必死で土砂をかき分け、無事な者はないかと必死の捜索を行う。
雨を吸った土は重く、時折巨大な岩が現れては作業を遅らせた。
農民ばかりのダルブ村には大岩を動かすための大掛かりな道具は備え付けられていなかったからだ。
彼らにできるのは、土砂や瓦礫を自らの力が及ぶ範囲で動かすことだけだった。
家財道具が見つかると、それを目印にして重点的に掘り進める。
彼らの地道な努力によって、一人、また一人と村人が掘り出された。
土や岩に圧迫されて骨がひしゃげた者、折れた柱に貫かれた者、息が出来ずに苦悶の表情で絶命した者。
苦労の末救出されたのが悲惨な姿、ということも少なくなかった。
村人たちは知人の変わり果てた姿を見付けるたび、ある者は顔をしかめ、ある者は涙を流した。
ダルブ村に唯一いる新米の医者は、予期せぬ慌ただしさに目を回していた。
土砂崩れの情報が他の町に伝われば応援も来るだろう。
その希望を頼りに、怪我人たちに応急処置を施していく。
悪戦苦闘する医者と共に、村人は山の方へ視線を向けては一晩で変わり果ててしまった景色を嘆いた。
元は、緑が豊かな山だった。
春になれば豊富な山菜をもたらしてくれたし、秋になればキノコや果物、木の実などで人々の腹を満たした。
子供たちにとっては格好の遊び場でもある。
その山が牙を剥く日が来るなど。
誰に予測ができただろう。
土砂崩れの騒ぎから三日が経ち、人々は冷静さを取り戻し始めていた。
一時は寸断されていた道も復旧し、近くの村から片付けの手伝いも来てくれている。
助かりそうな所にいた者はあらかた掘り出され、仕事のほとんどは土砂の片付けと埋葬の支度に切り替わっていた。
額に浮いた汗を拭いながら鍬を振るっていた初老の男、ベリトが眉をひそめた。
土くれの中から人間の指が現れたのだ。
「――……また死人か」
埋葬の手間を考え、ベリトはため息をついた。
遺体を傷つけないよう細心の注意を払って鍬を振るう。
次第に露わになってくる手はとても小さい。
埋まっているのは幼い子供のようだ。
土の中で助けを待ちながら死んでいったのだろうか。
そう考えると胸が痛む。
少しでも早く掘り起こしてやろうと大よそ胴体の位置に見当をつけ、鍬を振り下ろそうとした時だった。
その子の細い指がぴくりと痙攣した。
「う……動いた!」
彼の叫びに人々が群がってくる。
そこに見えているのは青白い小さな手だけだ。
手首から向こうはすっぽりと土に覆われている。
「……本当に生きとるんだろうか?」
「さすがに無理だろうさ」
「見間違い、見間違い。持ち場に戻るぞ」
村人の囁きをよそにベリトは鍬をシャベルに持ち替える。
乾いて固くなり始めた土を、子供を傷付けないように注意しながら掘り進めた。
そして、体の輪郭が見えてくると今度は素手で残った土の層を掘り返した。