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望まれぬ英雄 ~虫も殺せない僕が魔王になった理由(わけ)~  作者: 牧田紗矢乃
〈Episode3〉

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22/53

-1 地図から消えた村

 かつて一夜にして魔族に奪われた土地。

 村名を刻んだ看板が墓碑のようにひっそりとたたずんでいる。

 そこへ男女三人組が近付くと、周囲の雰囲気が一変した。


 息が詰まるほど沢山の気配が彼らに向けて一斉に殺気を放ったのだ。

 それを受けて、三人組のうち一人が不敵に笑った。


「ウォラァァァァッ! 食らえぇっ!」


 小柄で赤髪の少年、マーシーが叫んだかと思うと、筒状の物を振りかざす。

 引き金を引くと筒の先からは炎が噴き出し、周囲の木を炙った。


 森がざわつき、木々の陰から獣が飛び出してきた。

 パッと見は普通のシカだが、低く唸りながら三人に向ける鋭い眼光は肉食獣顔負けだ。

 樹木の枝のように大きな角が、自在に形を変えながら三人に迫る。


「ギィ……ッ」


 マーシーは動じることもなく筒の先から燃え盛る業火をシカの化け物に噴射した。

 槍の穂先のように鋭くなっていた角は炎から逃げるように四方へ別れ、元の形となってシカの頭上へと納まった。

 マーシーがシカの化け物と対峙している間に、唯一の女性であるアルメリアは草むらの奥へと駆け込んでしまった。


 森の奥からはシカだけでなくウサギやリスのような小動物から、イノシシ、果てはクマまでぞろぞろと獣が現れ出てくる。

 頭上からは鳥までもが攻撃を仕掛けてきていた。


 自由自在に形を変える角だけに留まらず、肉を抉り取らんする鉤爪に鋼のような皮膚。

 どの動物も普通の動物とは違う、戦闘に特化した特徴を持っていた。


 そう。ここにいるのは全て魔族だ。


「くっそぉぉぉッ、数が多すぎんだよッ!」


 火炎放射器を操るマーシーの額には玉の汗が浮いている。

 敵への威嚇効果は十分だが、使用者も膨大な熱を浴び酸欠状態に陥りやすい諸刃の剣だ。


 動物的な本能から、獣属性の魔族は迫りくる炎に対し回避行動を取る。

 その習性を利用して敵の攻撃だけは回避し続けていたが、それもいつまで持つかはわからない。


 先ほどのシカの化け物は角を組み合わせて盾のようにすると、助走をつけて突撃してきた。

 マーシーは他の魔族たちの相手もしながらシカにも火炎を浴びせるが、捨て身の特攻を仕掛けてきたシカは引かない。


 マーシーは火炎放射器のスイッチを切り、砲身そのものでシカに殴りかかった。

 火炎放射器は彼の戦闘スタイルに合わせて通常よりも大きく頑丈に作られている。

 そのぶん重量がかさむが、棒術の要領で戦うこともできるので戦闘の幅は広がった。


 シカの角でできた盾と砲身が激しくぶつかり合う。

 痺れるような衝撃にマーシーが顔をしかめた。


 後ろへ飛び退すさって間合いを取るも、シカは角を変形させて間隙なく攻め込んでくる。

 細かく砲身を動かしながら角による攻撃をいなしていくが、これではキリがない。


 変則的な攻撃は先が読めず、火炎放射器の燃料も残りわずかになっていた。

 マーシーが攻めあぐねていると、シカの横っ腹を別方向からの攻撃が襲った。


「っ、と」


 間に合った? 問いかけながらアルメリアが加勢した。

 手にしている武器はマーシーの火炎放射器と似た形状をしているが、噴出しているのは大量の水だ。


 高圧で射出された水はシカの脇腹を穿ち、森の奥へと立ち戻らせる。

 放水部分をカチカチと回すと、口の大きさが変わりより鋭い攻撃が可能となった。

 柔らかい土の地面に溝ができるほどの水圧で自分たちと魔族の間に線を引いてゆく。


 形勢逆転かと思われたその時。

 森がざわめいた。


 草むらから突如ツタが飛び出してきて、マーシーとアルメリアを狙う。

 この森の植物まで魔族に侵食されているのだ。


 二人の戦闘を傍観していたもう一人の男――リックは、首に掛かっていた紐を手繰り寄せた。

 そうして服の中から取り出されたのは金属製の小さな笛だった。


 ピイイィィィィィィ……――


 空間を切り裂くような高い音が鳴り響く。

 リックの笛の音で魔族たちはその場に硬直した。

 空を飛んでいた鳥たちも羽ばたくのをやめ、次々と墜落する。


 笛の音を合図に近隣一帯の時間が止まってしまったのかと錯覚するような光景が目の前に広がっていた。


 そこへ放水口を全開にしたアルメリアがシャワーのように大量の水を浴びせると、魔族たちはようやく意識を取り戻してこわごわと動き出した。

 そして、戦意を喪失したのかそのまま森の奥へと去っていく。


 尚も敵意を剥き出しに唸り声を上げる獣の姿もあったが、リックが笛を構え直すと観念したように唸るのをやめた。

 森へと消える後ろ姿を見送ると、アルメリアはマーシーの顔に水を浴びせた。


 地面すらえぐり取る水圧に襲われたマーシーは思いきり顔をしかめる。


「ちょっと、マーシー!」


 怒鳴りながら、アルメリアが大股で近づいてマーシーの手から火炎放射器の砲身を取り上げた。


「いつも言ってるでしょ? あたしの支度ができるまで火遊びは駄目! 燃料無駄にするんじゃないわよ」

「うっせぇなメリー! 今日だってちゃんとやってんだからい――」


「ピイイィィィィィィ……――」


 マーシーの言葉を甲高い笛の音が寸断した。

 耳をつんざく音に口論をしていた二人も思わず顔をしかめて動きを止める。

 マーシーは他の二人にも聞こえるよう、あからさまな舌打ちをした。


「リック!」


 髪に負けないほど顔を赤く染めたマーシーは、リックに掴みかかろうとする。

 それを制止したのはアルメリアだった。


「マーシー、喧嘩は後にして。リックの笛の効果が切れる前に後始末を終わらせましょ」


 言うが早いかアルメリアは茂みの奥の川に向かった。

 川に沈められた放水器のホースを引き上げると、中に溜まっていた水を全て排出させる。


 そして、リックが持っていた荷物から一つのボトルを取り出すと、それを開封し装着した。

 更に放水口を付け変えるとアルメリアの武器は噴霧器へと早変わりし、ボトルの中身を元々村だった土地に撒いていく。

 その間にマーシーとリックは魔族によって荒らされた建物の周囲から片付けを進めた。




 二時間ほどで作業は一段落し、村の面影が蘇った。

 まだまだ人が住むには至らないが、順調に作業ができれば遠からず住人たちも戻ってくることができるだろう。


「続きは明日、だな」

「そうね。このまま奪還できればいいんだけど」


 村をぐるりと見回して大きく伸びをすると、三人は荷物をまとめて村を後にした。

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