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-0 魔物の落とし物

 その日は、分厚い雲のせいで月も星も光を届けることが叶わなかった。

 雨が降り出しそうなこんな晩にわざわざ出歩く者もおらず、家々で灯された光だけがそこに人がいることを知らせていた。


 普段なら生命に満ち溢れた森もこの日だけは死に果てたように静かだった。

 時おり吹き抜ける風だけがガサガサと枝葉を揺らし、形のない自らの存在を主張した。


 危険を察知した獣たちは早々に巣穴へ潜り、嵐が過ぎ去るまで耐え忍ぼうと体を丸めていた。

 時おり体を動かしては外の様子を窺うように、あるものは耳を動かし、あるものは鼻をひくつかせる。


 日付が変わろうかという頃になって、分厚い雲はついに耐えかねたように雨粒を落とし始めた。

 風は勢いよく雲を押し流し、より遠くへ雨雲を運んでいく。


 次から次へと流れ込む雨雲は途切れることを知らず、空に閃光が走り耳をつんざく激しい音が恐怖心を掻き立てた。

 轟々と吹き荒れる風の音が嵐の到来を告げていた。


 暴風にあおられて、大粒の雨が地面を打ち付ける。

 辺りは地面に落ちて跳ね返った水滴やとめどなく降りしきる雨によって霞がかかったようになっていた。

 土を踏み固めただけの道はあっという間にぬかるみ、雨宿りし損ねた旅人の足元を汚す。




 厚い雲の下を巨大な影が滑るように飛んでいた。

 一体の魔物が鷲のように屈強な翼をはためかせ、夜空に閃く稲妻をかわしながら巣を目指している。人間より頑丈な体を持っているとはいえ、この嵐には耐えかねたようだ。


 獣のような前足が、一抱えはあろうかという大岩をしかと抱きとめている。

 それが大層大事と見えて、四方へ注意を巡らせながらも時々腕の中へ視線を落としていた。


 この辺りへ魔族が姿を現すのは珍しいことだ。

 足元に広がる森の外れにはダルブという村があるが、ダルブ村に魔族が現れたという記録はこれまで残されていない。


 魔族領からも集落三つ分ほどの距離があるので、方向を間違えて飛んできたのかもしれなかった。

 それが急な嵐に追い立てられることになり、平静を失ったのだろう。




 突如として眼の前を襲った稲光に、魔物はびくりと体を震わせた。

 その弾みで獣の前足が抱えていた岩が滑り落ちる。魔物は大切なものを手放してしまったことに気付き、金色の目を大きく見開いた。


 その時には既に大岩は目下の森へ飲み込まれており、どこへ消え去ってしまったかも定かではない。


 地上に降り立とうと試みたが、強風にあおられて姿勢が定まらない。

 必死に目を凝らしても、鳥のような頭についた瞳は夜目が効かないらしく、その場に留まったまま時間だけが過ぎていった。


 そうしている間にも雨風は強まり、激しい雷雨が近づいてきた。

 魔物はしばし上空を旋回した後、名残惜しそうに飛び去った。




 大岩を落下の衝撃から守ったのは、深く堆積した朽ち葉だった。

 柔らかな朽ち葉がクッションとなり、わずかに欠けた他は半分ほどが土に埋まっただけで済んでいる。


 周りの木々が邪魔して魔物がいた上空からは確認できなかったが、宝物は確かに無事だった。


 辺り一帯がはっきり見えるほどの閃光が周囲を照らし出した。

 その直後、間髪入れずに轟音が鳴り響く。魔族が大岩を落とした場所よりさらに標高が高い岩場に雷が落ちたのだ。


 稲妻の威力に耐えかねた岩が爆音を伴って粉砕する。岩の破片は四方へ飛び散り、周囲の木の幹を痛めつけた。

 随分と前から枯れ木になっていた木は容易く折れ、それでも衰えぬ勢いはつぶてを巻き込みながらふもとへ向かって行った。

 岩場が終われば雨を多く含んだ土壌が待ち受けている。


 初めはゆっくりとした動きだった大きな破片も、次第に速度を増した。


 子供の握りこぶし大のものから、大の大人が腕を回しても足りないであろうという大岩まで。

 さまざまな岩が斜面をえぐり、木をなぎ倒してふもとの村へ向かう。


 岩がぶつかった衝撃で、木が根元から倒れた反動で、多量の水分を含んで緩んでいた地面が崩れた。

 間一髪の所で難を逃れていた魔物の大岩は、瞬く間に土砂の流れに飲まれた。


 大岩も落下の衝撃で脆くなっていたのだろう。

 周りの岩や倒木に揉まれるうち、ボロボロと崩れ始め、ついに細かな破片に分かれてしまった。


 進むほどに土砂は量を増し、速度を得た。

 先頭を転がっていた一番大きな岩が後ろから迫ってきた濁流のような土に飲み込まれる。

 迫りくる恐怖の音は村へ届き、人々を安息の家屋から土砂降りの中へ追いやった。




 惨状に混じって、生まれたての赤子が滑るように斜面を下っていた。

 どこから来たかもわからぬ赤子は、体の半分を土砂に沈めていた。


 手足を必死で動かしながら、大きな声で泣いている。

 しかし、赤子の声は打ち付ける雨の音と四方から響く雷鳴にかき消されてしまった。

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