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望まれぬ英雄 ~虫も殺せない僕が魔王になった理由(わけ)~  作者: 牧田紗矢乃
〈Episode2〉

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-9 あなたが執着する理由


 上司に提示された期間を過ぎても、ユラの居場所はおろか手掛かりさえも掴めなかった。

 ユラが残していった辞表は正式に受理され、ユラの痕跡は事務的に消されていく。


 名簿から名前が消え、無人の席だけがぽつんと残されている。

 アルフォンソと相部屋で使っていたスペースにも清掃が入り、遠からず新しい社員が入室してくるだろうと告げられた。


「……っ、なんでだよ……」


 どこにいるのか、何をしているのか全く掴めないユラ。

 そして、その状況を何とも思わず受け入れていくマリアンヌたち。

 両方への怒りが込み上げる。


 怒ったところで事態は変わらない。

 頭では理解していても、激情を紛らわす術はなかった。


 一人きりの部屋で罵声を吐き、物に当たる。

 そして、感情の波がひと段落すると屍のような足取りでふらふらと寮を出た。




 あれ以来、マリアンヌは気の毒がる素振りを見せるものの以前ほどアルフォンソに近付いては来ず、それに伴ってイーラとも距離ができている。

 完全に孤立状態になってしまったのは手痛いが、その分動きは自由に取ることができた。


 ユラがいなくなってからというもの、アルフォンソは仕事や訓練がない時間のほとんどをユラ探しに費やしていた。

 街へ行って聞き込みをしたり、野宿できそうな広場を回ったりと思いついたことは何でもした。


 なりふり構わないその様子を、恋人同士だからだと揶揄する者もいた。

 けれど、それに目くじらを立てる気力すらアルフォンソには残っていなかった。




「坊や、随分とやつれたじゃない」


 聞き覚えのある声に振り向いてみると、以前会った時と同じような恰好をしたクレハがそこにいた。

 彼女は憔悴しきったアルフォンソを愉快そうに見つめ、耳元にそっと顔を寄せる。


「――私で良かったら話し相手になるわよ?」




 クレハに話したところで、何かが変わるとは到底思えなかった。

 断って立ち去ろうと考えもした。


 アルフォンソの思考はいつの間にか裏切られ、気が付いた時に二人は喫茶店で向かい合って座っていた。

 アルフォンソの前にはコーヒー、クレハの前には紅茶が入ったカップがそれぞれ湯気を立てている。


「……で? どうしたの」

「別に……」


 アルフォンソが視線を逸らすよりも早く、クレハの両手が顔を包み込んだ。

 強制的に正面を向かされ、否が応にも目線を合わせられる。


「ユラのことかしら?」

「なんであいつの名前が出てくるんですか」

「いつも一緒なのに、今日は姿が見えないから」


 紅茶を啜る唇は毒々しいほど赤く蠱惑的だった。

 それでいて、夜の酒場で見たあの姿とはまた違う美しさがある。


 口づけをするようにすぼめられる動きに、アルフォンソは無意識のうちに目を奪われていた。

 クレハの口元から意識を散らすように頭を大きく左右に振る。


「坊や、あの子のことすごく大切にしてるじゃない。……まるで家族みたいにね」

「……っ、家族ですか。てっきり恋人とか、そんな風に言われるかと」


 周囲から投げつけられた中傷を思い返し、苦笑する。

 ブラックコーヒーの苦味が心地よく感じられた。


「あら、だってアナタがユラに向けてる感情は恋人よりは家族に対するそれでしょ?」


 当然のことのようにさらりと言ってのけたクレハを前にして、アルフォンソは額に手を当てた。

 これまで誰にも言わずに守ってきた秘密も、彼女の前ではいとも簡単に零れ落ちてしまいそうだ。


「クレハさんって不思議な人ですね。……まるで全てお見通しの占い師だ。

 あいつ――ユラは記憶喪失なんですよ。だから、オレが傍にいてやらないとって。それだけです」


 吐き出してしまうと気持ちが少し楽になったような気がした。

 クレハはさほど驚いた様子もなく、柔らかな笑みを湛えてアルフォンソを見つめている。


「坊やって責任感に押し潰されるタイプね」

「……くくっ。そんなことないですよ」

「笑って誤魔化そうったって、そうはいかないわ。ほら、もうこんなにも潰れかけている」


 妙に静かなトーンで語り掛けながら、クレハの指がアルフォンソの腕をなぞった。

 赤いマニキュアを塗られた爪が示すのは、アルフォンソの腕に残った傷の痕だった。


 ユラが見つからない苛立ちを物にぶつけてきたが、それでは飽き足りず己の腕にも爪を突き立て罪科をペンで刻んだ。

 その痕跡がうっすらと残っているのを目ざとく見つけられたのだ。


「こんなの何でもない、ただの気の迷いです」


 いたずらを咎められた子供のように、慌てて腕を引っ込めてクレハの目に触れないようにする。

 傷痕に指が触れると骨に染みるような痛みがあった。


「気の迷いで死ぬつもり? そんなに思い詰めてまでユラの面倒を見る必要なんてないじゃない」

「死ぬつもりはありませんよ」

「じゃあ、どうして縁もゆかりもないあの子に執着するの」


 クレハの詰問は悪意ばかりだ。

 こうして不必要に神経をすり減らすくらいなら、町で聞き込みをした方がまだ生産的だった。

 後悔を噛みしめつつ、コーヒー代を置いて席を立とうとした。


「坊やがユラに執着する理由、教えてもらえない?」


 場合によっては協力してあげないこともないわ、とクレハは意味ありげな笑みを見せた。

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