-8 ユラの置き手紙
酒場を追われた二人は夜の街を適当に歩き回った挙句、家のすぐ横にある公園で一夜を明かした。
日が昇ってみると、クレハに連れて行かれた酒場での出来事は全て夢だったのではないかと思えてくる。
そのくらい現実離れした体験だった。
「あっ、アルじゃない! ユラも一緒だし……」
不意に声を掛けてきたのは、マリアンヌだった。
公園で剣の練習をするつもりだったのか、片手に練習用の剣を携えている。
「お、マリーは今日も朝っぱらから練習か。さすがだな」
「まあね。……ユラ、アンタももっと気合い入れて練習したら?」
アルフォンソと話していたはずのマリアンヌに急に攻め込まれ、ユラは身じろぎした。
「訓練所にいたら訓練落ちしてるところよ?」
「……っ」
マリアンヌの口にした「訓練落ち」という言葉にユラは唇を噛んだ。
戦士としての適性に欠けると判断された訓練生は、教官の判断でいつでも訓練を打ち切られる可能性がある。
それは訓練生にとって何よりも不名誉なことだ。
「遊び呆けてる暇があったら素振りの百回でもすればいいのよ。そうすれば今よりもっとマシになるはずだわ」
「……っ、マリー! それは言い過ぎだ」
アルフォンソに諌められ、マリアンヌは不服そうに頬を膨らませた。
その態度が自分の行動の正当性を主張しているように見えて、ユラの苛立ちが爆発する。
「朝っぱらから汗臭い女は嫌いだ」
「なによ! アンタなんて酒臭いじゃない!」
ユラが吐き捨てると、負けじとマリアンヌも言い返した。
一触即発の雰囲気を危険と判断したアルフォンソが無理矢理二人を引きはがすと、ユラの手を引いて家へつれ帰る。
その間もユラは終始不満げな表情だった。
「悪かった」
部屋に入るなり、アルフォンソが頭を下げた。
予想だにしなかった友人の行動に、ユラは目をしばたかせる。
何とも言えない居心地の悪さが部屋を支配していた。
「どうしたんだよ、急に……」
「オレが連れ出したせいで、マリーにあんなこと言われただろ」
「そんなの……関係ないだろ。アルが誘ってくれなかったら今頃うじうじしてただろうし。むしろ感謝してるくらいだよ」
なぜアルフォンソが責任を感じなければいけないのか。
友人に頭を下げさせてしまったことに歯がゆさを覚えた。
ユラの思いを知ってか知らずか、アルフォンソは沈黙を貫いている。
「夜中じゅう動き回ってて疲れたな。寝よう」
幸い今日は仕事も休みだ。
贅沢にも休日を睡眠に費やそうというユラの提案に、アルフォンソは噛み殺しきれなかった欠伸で答えた。
ばつが悪そうに視線を逸らしたアルフォンソを無理矢理ベッドに押し込んだ。
いつもアルフォンソがしてくれるように、今日はユラが彼を寝かしつける。
……といっても勝手がよくわかっていないので、見よう見真似ではあったが。
寄り添って寝かしつけようとしていたユラがうとうとし始めた頃、アルフォンソもようやく静かな寝息を立てた。
すぐに動いて起こしてはいけないと、しばらくそこに留まることにする。
寝顔を観察されることこそあれど、親友の寝顔をまじまじと見るのは初めてだった。
聡明な翡翠の瞳も今はゆるく閉ざされ、安堵に身をゆだねきっている。
こうして見ればやはりアルフォンソも同世代の青年だ。
ユラが意図しない間にも様々なことを背負わせてしまっているのだろうと考えると、いたたまれない気持ちになった。
「……ごめんな、アル」
――このままではいけない。このままではアルフォンソを不幸にしてしまう。
ユラの中でその思いが増幅し、心臓を締め付ける。
目の前がチカチカするような頭痛と息苦しさがユラを苛んだ。
アルフォンソがしっかり寝入っているのを確認すると、ユラはベッドではなく机に向かった。
夕食の良い匂いに誘われて、訓練生たちが寮から食堂へと流れていく。
その中を掻き分けてアルフォンソは右へ左へとせわしなく視線を動かしていた。
「マリー、マリーっ!」
探していた人物を見つけ、彼女の名前を大声で呼んだ。
マリアンヌも名前を呼びながら大きく手を振っているアルフォンソにすぐに気が付いて、イーラの手を引きながら人混みの中をくぐり抜けてやってくる。
「どうしたの? 珍しいじゃない、アルがここに来るなんて」
訓練所の食堂は、訓練生でなくても利用できる。
けれど、アルフォンソがここへ来るのは初めてだ。
マリアンヌも困惑していると見え、イーラと繋いだままの手に力がこもる。
アルフォンソはズボンの尻ポケットから一枚の紙きれを取り出して、それをマリアンヌに手渡した。
「ユラが……、ユラが出て行った」
「えっ……!?」
先に反応したのはイーラだった。
マリアンヌは折り畳まれた紙を広げ、その文面に目を落とす。
【アルへ
迷惑かけてすまない。お前はお前のために生きろ。
ユラ】
あまりにも簡素な文章だった。
よく見てみればアルフォンソの髪には寝癖が付いたままで、慌てて家を飛び出してきたことが窺えた。
「アル、これだけじゃ出て行ったなんて断定できないわ」
「だ、だよね! わたしもそう思う」
相槌を打つイーラを否定するように、アルフォンソは首を横へ振った。
「荷物が何もないんだ。それに、職場にこれを……」
アルフォンソが次に見せたのは、アルフォンソ宛てのそれよりもしっかりとした文書だった。
そこには仕事をやめて町を出る旨が書かれており、宛て名は二人が勤める会社の社長の名前になっている。
「社長は今日、休みでいない。だから他の上司に預けていったらしい。本当なら中身を見ないで社長に渡すんだが、あまりにも様子がおかしいから中を確かめたんだと……」
「……ふーん。で、ユラが出て行ったのは私のせいだって言いたいの?」
「違う。……上司が、言ってたんだ。明日までにユラが戻ってくれば、この辞表はなかったことにするって」
遠回しにユラ探しに協力してくれと申し出たアルフォンソだったが、マリアンヌは迷うことなく首を横へ振った。
「悪いけど、最近のユラを見てたら無理だと思うわ。帰ってきてもすぐにクビになりそうだし」
「ね、イーラ?」と友人に同意を求める。
話を振られたイーラは困ったようにアルフォンソへ視線を向けた。
「……そうか。呼び付けて悪かった」
イーラの反応をマリアンヌへの同意と取ったアルフォンソは、二人に背を向ける。
慌てたイーラが呼び止めるのも聞かず、アルフォンソは食堂から去っていった。





