-6 二人が戦う理由
「ユラ、お前はさ、どうして魔族討伐に参加しようと思ったんだ?」
家に帰りくつろいでいると、アルフォンソが問いかけた。
突然の問いにユラは戸惑いながら言葉を紡ぐ。
「僕のお母さんは魔族に殺された。住んでいた村も破壊されて奪われた。その復讐っていうわけじゃないけどさ……、アルも魔族討伐に行きたいって言ってたし。それで……」
「ふぅん。
復讐やオレの付き合いならやめたらいい。ユラには向いてないと思うぞ」
いつになく冷たいアルフォンソの態度に、ユラは眉をひそめた。
「ユラは優しい奴だ。争いに身を置く他にも生き方なんていくらでもある。魔族討伐に固執する必要はないんじゃないか?」
きっと今日の模擬戦を見て、そんなことを考えるようになったのだろう。
アルフォンソが言わんとしていることも、わからなくはない。
けれど、そこで食い下がることをできなかった。
「……な、ならなんでアルは魔族討伐に行きたかったんだ?」
「んー、俺はな、自分の実力が知りたかったんだよ」
そう言って笑顔を見せたアルフォンソだったが、その奥には何かが隠されているようだった。
その「何か」が知りたくて、ユラは探りを入れる。
「本当にそれだけか?」
「ああ。あの町にいた頃、ちょっと剣の訓練を受けててさ。その時に才能があるって言われたんだよ」
たまたまこっちに来る機会があったし、それなら強いやつが集まるっていう訓練所に行ってみるのも悪くないかなって思ってさ。
とアルフォンソは真っ直ぐユラを見つめて言った。
アルフォンソのいう「あの町」は、彼の生まれ故郷でもあるカンペリエのことだ。
思えば、カンペリエの一部が魔族によって奪われレーベルクに移り住んでからというもの、アルフォンソは故郷の名を呼ばなくなった。
アルフォンソにも過去から目を背けたいという気持ちが少なからずあるのだろう。
故郷にいた頃からアルフォンソの剣の腕が有名だったのは事実らしく、レーベルクにきてすぐにアルフォンソの名前を知っている人と出会ったこともある。
マリアンヌもアルフォンソを尋ねてやってきた一人だった。
結局、訓練所に入ることはできなかった。
資金面を理由に入所が認められなかったことを知って腹を立てたマリアンヌは、しばしば訓練で習ったことをユラたちに教えに来てくれるようになり今に至る。
「そっか……。でも、腕試しなら相手は魔族じゃなくてもいいんじゃないか?」
魔族なんて恐ろしい、と零したユラに、すっと真剣な表情になったアルフォンソが問いかけた。
「たとえば、もし仮にだ。あの壁に止まっている虫が魔族だったらどうする?」
「えっ?」
「別にこれは突拍子もない話じゃない。ここ最近、魔族の領地から離れた街で、突然魔族が目撃されるっていう事例が続いているらしいんだ」
あの時のカラスもそうだった。
人間からすれば同じ虫に見えても、実際は魔物である可能性もゼロとは言い切れないと唱える人間がいるらしい。
その虫が捕食され、より大きな肉体を得るという、いわゆる寄生虫のような仕組みだとする説もあるという。
もしそれが事実だとすれば、人々はパニックに陥るだろう。
どれが魔族でどれがただの虫なのか、一目見ただけでは判断できないのだから。
アルフォンソは自らの剣術の腕を生かし、いざという時に対応できるようにしたいのだという。
それを聞けばユラも頷くほかない。
「悪いけど、オレは先に寝るぞ。明日早いんだ」
言うが早いか、アルフォンソはベッドへもぐり込んでしまった。
静かになった部屋の中、ユラが思いを巡らせるのは訓練終わりの出来事だった。
アルフォンソと別れ、宿舎の周りを十周という走り込みに向かったユラはすぐに後悔することになった。
宿舎の影、通路からは見えないところで数人の訓練生たちがユラを待ち伏せしていたのだ。
なんとなくそんな気はしていた。
だからわざと時間をずらしたというのに。
「特別に招待を受けた奴が来るって聞いてたから期待したのに裏切りやがって」
「女なんかに負ける奴がなんで特別扱いなんだよ」
ユラを取り囲んだ訓練生たちは、口々にユラを責め立てた。
「ロバルトと戦ってたあいつだってインチキでもしてたんだろ?」
じゃなきゃ勝てるはずないもんな、と一人が嗤う。
自分が不甲斐ないばかりに、アルフォンソまで馬鹿にされる。
それがどうしようもなく悔しかった。
「……僕の、僕のことは、好きに言ってくれてかまわない……。でも、アルのことは馬鹿にするな」
「はぁ? 雑魚のくせに口ごたえすんなよ」
思いきり突き飛ばすと、尻もちをついたユラに全員が入れ替わり立ち代わりで殴る蹴るの暴行を加える。
容赦のない暴行は、他の訓練生たちが二周目に差し掛かってきた声が聞こえてようやく止んだ。
「えっ……」
「大丈夫ですか?」
血を流しながら倒れ込んでいたユラを見つけた訓練生が近付いてくる。
その顔は怪訝に歪み、周囲に注意を配っているようだった。
「とりあえず、イーラちゃんを!」
そして、ユラは訓練生に連れられてイーラが待つ医務室へ運ばれた。
イーラは痛々しいユラの姿を見て顔をしかめる。
「何にやられたんですか、こんな……」
「ううん、何でもない。僕は帰れるから」
作り笑いで医務室を出ようとすると、その腕をイーラが掴んだ。
「言えないなら構いません。でも、治療はさせてもらいます」
そう言うと、イーラはユラの体に手をかざし始めた。
心なしか手をかざされている部分が温かく感じられる。
ユラがされるがままにしていると、十分ほどでイーラは「終わりました」と言う。
「たぶん大丈夫だと思うんですけど。ちょっと見てみてください」
イーラに促されるまま、服の袖をめくってみた。
すると、先ほどまであった傷がきれいさっぱり消えていた。
「……え? どうして」
目を丸くするユラに、イーラは唇へ人差し指を当ててささやく。
「わたし、昔からこういうことができるんです。みんなには秘密ですよ?」
いくら怪我をしていたからといって、出会って間もない人間にそんな重大な秘密を教えていいのだろうか。
疑問が頭をよぎったが、イーラのいたずらっぽい笑顔がそれ以上聞いてくれるなと暗に告げていた。





