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望まれぬ英雄 ~虫も殺せない僕が魔王になった理由(わけ)~  作者: 牧田紗矢乃
〈Episode2〉

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-4 模擬戦への招待

 ユラとアルフォンソの職場は、昨日起きた突然の魔族襲撃の話題でもちきりだった。

 その場に居合わせ、さらに魔族から市民を守ろうと奮闘した当人とあって、アルフォンソは職場でも英雄さながらの扱いだ。


「すごいのはオレじゃなくてユラですよ。ユラが魔物たちの気を引いてくれてたから、店の中にいた人たちを外へ誘導できたんです」


 アルフォンソは事もなげにそう言って微笑む。

 すると今度はユラに注目が集まった。


「オレたち昼過ぎには上がりますからね? ちやほやしてくれるのは嬉しいけど、それで残業になったって知りませんよ」


 言葉巧みなアルフォンソは、頬杖をつきながら口角を引き上げる。

 その姿は妙に絵になっていた。




 仕事を早めに切り上げたユラとアルフォンソは訓練所に向かった。

 訓練所では今日、模擬戦が行われている。

 とはいえ、魔族を相手にすることはできないので訓練生同士での模擬戦だ。


 この模擬戦の結果は後の実戦の組み分けにも関わってくるとあって、訓練生たちはどの訓練よりも気合を入れて参加していることだろう。

 一般の訓練生の試技が終わった後、二人も特別にそこへ参加させてもらえることになったのだ。


「アル! お疲れさま」


 小さく背伸びしながら手を振るのは、ひときわ小柄な少女だった。

 彼女、マリアンヌこそ、ユラとアルフォンソが模擬戦に招かれるようはからってくれた人物だった。


 マリアンヌは訓練生の中でも珍しい女性でありながら、剣術の腕は上位五人に入るほどのレベルだ。

 そのマリアンヌの推薦とあって異例ともいえる模擬戦参加が認められた。


 ……といっても、実際に推薦を受けたのはアルフォンソ一人だ。

 ユラの実力は中の上と言ったところで、わざわざ模擬戦に招待をもらえるほどの腕前とは言えない。


 教官からは、昨日の魔族襲撃の時にとっさの判断で立ち向かったことを褒められた。

 その活躍は訓練生たちの間でも噂になっているらしい。


「今日もみんなの手本になるような試合を頼むぞ」


 二人に向けて囁かれた教官の言葉に、自然と身が引き締まった。




 実戦を模しての剣技ということで、安全のため参加者には皮製の鎧の着用が義務付けられている。

 剣は練習用の実際には切れ味のないもので、当たっても打撲以上の怪我をすることは滅多にない。


 この鎧の重さと動きにくさは見た目以上で、慣れないユラは鎧を身に着けることはもちろん、素振りにさえ四苦八苦していた。


 そんな中、ユラの番が回ってきた。

 ユラと向き合う相手は、この模擬戦に参加するきっかけを作ってくれたマリアンヌだ。

 彼女は挑戦的な眼差しでユラを見つめている。


 歳は二つ下で身体もずっと小さいが、マリアンヌがユラに剣の扱い方を教えてくれた。

 その恩を返すつもりで挑もう。

 そう考えると、剣の柄にかけた手にも力が入った。


「始めっ!」


 教官の鋭い号令により、マリアンヌが軽やかに動きだした。

 ユラは威嚇するように剣を向け、適度に間合いを保ちながら彼女の挙動に注意を向ける。

 先に仕掛けたのはマリアンヌだった。


 相手の攻撃をうまく流しつつ、小さな隙も逃さずに攻め込む。

 呼吸のタイミングひとつでさえ試合の勝敗を左右しそうなほど緊迫した空気に、ユラの額に汗が浮かぶ。




 一進一退の攻防はずいぶんと長く続いたように思えた。

 二人の試合を見学していた他の訓練生たちの声援にも熱がこもる。


 マリアンヌの突きが鋭くユラを狙った。ユラはそれに合わせて左足を引き、紙一重のところで相手の剣をかわす。

 流れる動作でマリアンヌの懐へ潜り込むと、剣を握り直した。


 このまま突きを決めればこの模擬戦はユラの勝利だ。

 この隙を逃すまいと一歩踏み込もうとした時だった。


「……っ、」


 マリアンヌが小さく声を漏らす。

 ほんのわずかに、左腕をかばう動作をしたのが見えた。


 そこで一瞬の迷いが生まれた。


 ユラが剣戟をためらっている間に、マリアンヌがユラの剣の柄を掴んだ。

 女の力とはいえ、動きを制御されたユラにマリアンヌの剣が迫る。


 マリアンヌの剣がユラに触れる寸前で、教官から勝負ありの判定が下された。


「……ふぅ」


 先ほどまでの鬼気迫る表情を一転させ、兜を脱いだマリアンヌが安堵の息を吐いた。

 模擬刀を鞘に納め、額に浮いた汗をぬぐう。


 汗で張り付いた前髪を整えると、後ろで三つ編みに結った髪を持ち上げた。

 赤みがかかった髪をパタパタと動かし、首元の熱を逃がしている。


「すごいね、マリー!」

「ありがと!」


 マリアンヌの元にもう一人の少女が笑顔で駆け寄ってきた。

 万が一の時、怪我人を介抱するためにイーラも控えていたのだ。

 仲睦まじいマリアンヌとイーラの姿を眺めていると、足音が近づいてきた。


「お前、なぜ手を抜いた」


 威圧的な教官の声に、ユラは体を強張らせる。

 手を抜いたつもりはなかった。

 マリアンヌが漏らした声で昨日彼女が負った傷を思い出し、最後の一押しがためらわれたのだ。


「……すみません」

「すみません、じゃないだろう。推薦したい者がいると聞いたから期待していたが……。

 実戦であんな不甲斐ないことをしてみろ。お前だけじゃなく周りまで被害を被るんだぞ」


 教官の叱責にどんどんと縮こまっていくユラの隣で、アルフォンソは自らの模擬戦の準備に取り掛かっていた。

 彼はユラを心配する素振りを見せるでもなく、淡々と支度を進めている。


 アルフォンソの相手を務めるのは、既に実戦経験もあるロバルトだ。

 昨日も教官たちに混ざって応援に駆けつけてくれていた。

 一、二を争う実力者の模擬戦に、他の訓練生たちの視線はさらに熱を帯びている。


「ユラ、お前もしっかり見ておけよ。

 ……始めっ!」


 教官の号令で二人が同時に動き出した。

 いつもの穏やかな表情はどこへやら、アルフォンソは鋭く真剣な面持ちでロバルトと対峙している。

 一方で、ロバルトの表情にはわずかに余裕が感じられた。


 アルフォンソが果敢に攻めるが、ロバルトはいとも簡単にそれらをいなしてしまう。


 流れるように反撃に入り、アルフォンソは防戦一方に追い詰められていった。

 周囲から小さなざわめきが起こり、誰もが勝負は決したように感じていた。


 ロバルトは剣先を上に向け、振り降ろす動作に入る。

 アルフォンソは咄嗟に目線の高さに剣を構え、その斬撃を受けると共にロバルトに向けて突きを放った。

 アルフォンソの剣はロバルトの兜、ちょうど眉間の辺りを捉え、一瞬の苦悶の表情の後、ロバルトが剣を取り落した。


「勝負あり」


 教官の声を合図に、アルフォンソは一礼して兜を脱いだ。

 イーラは不安そうな面持ちでロバルトに歩み寄り、二、三言葉を交わしていた。


 練習用の剣だったとはいえ、ロバルトの額は赤く熱を孕んでいる。

 ロバルトは額をさすりながらアルフォンソを見遣り、小さく舌打ちした。


「すごいな、アル。あそこから逆転するなんて思わなかったよ」

「……あ、ああ。オレもだ」


 荒い呼吸を整えながらアルフォンソがはにかんだ。

 見事な逆転劇に他の訓練生たちも集まってきて、さながら英雄扱いだ。


「ユラ、お前に足りないものはわかったか」


 教官に問いかけられ、ユラはこくりと頷いた。


「……決定力です。僕は相手を傷つけることをためらってしまう」

「そうだ。それさえ無くなれば、あいつらと同等、もしくはそれ以上にもなれる」


 教官の言葉に、喜ぶ余裕はなかった。

 ためらいの理由は相手が女性であったからではない。まして年下だったからでもない。怪我人だったから、というのも全てではない。

 相手を傷つけるという行為が、ユラの心を責めるのだ。


 ――たとえ、それが魔物であったとしても。


 自ら魔族討伐のための部隊に志願しておきながら、この体たらくだ。

 歯がゆさと不甲斐なさに奥歯を噛みしめる。

 こんな自分なら訓練所に入れなかったことはむしろ良かったことなのかもしれないとさえ思えてきた。


「今日の模擬戦で負けた者は、宿舎の周りを十周と素振り百。勝った者は素振り百が終わったら上がれ」


 教官の声を遠くに聴きながら、ユラはのろのろと走り込みに向かう集団の後ろについた。

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