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望まれぬ英雄 ~虫も殺せない僕が魔王になった理由(わけ)~  作者: 牧田紗矢乃
〈Episode2〉

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-3 めちゃくちゃになった休日

 アルフォンソは近くにあったつっかえ棒を武器の代わりに使いなんとか応戦を試みる。

 マリアンヌは訓練所に所属しているとあって、手荷物の中に護身用の短剣を持っていた。

 普段の訓練で使っているものより刃渡りが短いので苦戦しているようだが、それでもどうにかカラスに立ち向かっている。


「ユラくんも行ってきて大丈夫ですよ?」


 心配そうにイーラが言う。

 けれど、ユラは首を横に振った。


「あの二人に任せておけば、きっと大丈夫だよ。何かあったら困るから僕はイーラのそばにいる」


 イーラが見ておくと言った手荷物の中には、皆の財布など貴重品も入っている。

 今日買ったばかりの洋服もあり、このどさくさに紛れて強奪しようとする輩がいないとも言えない。


 ならば自分もそばにいて、いざという時にイーラと荷物を守るべきだ。

 イーラにはそう答えたユラだが、内心は怖くて仕方なかった。


「……あれってなんなんだろうな」


 アルフォンソとマリアンヌが苦闘するカラスを見つめ、ユラがぽつりと零した。


「きっと、魔族だと思います」


 イーラの返答にユラが目を丸くする。


「魔族!? どうしてこんなところに魔族が……」

「それはわかんないです。けど、最近こういうの多いみたいで」

「こういうの、って……」

「――急に魔族が襲ってくるんです」


 うつむき加減で答えたイーラの肩は震えていた。

 その時、ユラの脳裏にあの光景が蘇る。


「……っ! アルとマリーを止めなきゃ」


 このままでは二人が魔族に殺されてしまう。あの日、故郷で母がそうされたように。

 弾かれたように飛び出そうとしたユラの腕を、イーラが掴んだ。


「大丈夫。あの二人なら、きっと……。それに、いざという時はわたしもいますから」


 応急処置くらいならできます、とイーラは言うが、その顔には緊張がはっきりと見て取れた。

 カラスはアルフォンソたちの手が届かない上空を旋回し、諦めたのか遠くの空へと飛んでいった。


「追い払ったのか……?」


 遠巻きに状況を見ていた人たちが感嘆の声を漏らす。

 アルフォンソとマリアンヌは勇敢な若者として、歓声に迎えられようとしていた。


「きゃっ……」


 悲鳴をあげたのはマリアンヌだった。

 左腕を押さえた指の隙間から、鮮血が流れ出している。


 何が起こったのか理解できずにいると、上空から黒い塊が降ってきた。

 ――カラスだ。


 退却したと思われたカラスは、仲間を連れて戻ってきたのだ。

 カラスの群れは弾丸のように急降下し、誰彼構わず攻撃している。


 アルフォンソはクレープ屋のつっかえ棒として使われていた木の棒でカラスを追い払いながら、マリアンヌの手を引いてこちらへ戻ってくる。


「イーラちゃん、マリーを頼む。ユラ、お前は一緒に来てくれ」


 クレープ屋に並んでいた客や、店員たちはまだ建物の中にいる。

 カラスたちの捨て身の攻撃により、移動用に軽量化されたクレープ屋の屋台は今にも壊れそうになっていた。


 アルフォンソから声をかけられたことで、ユラにも周囲の視線が集まった。

 仮にもレーベルク訓練所に志願した身だ。

 ユラはひとつ頷いて、アルフォンソの後に続いた。


 群衆の中の一人から受け取った物干し竿が武器の代わりだ。


 カラスたちを追い払いつつ、クレープ屋の中にいる人たちの安全を確保する。

 頭の中で思い描くのは簡単だったが、カラスたちはすばしっこく思うように攻撃が当たらない。


「くそっ!」


 嘲笑うように頭上すれすれを滑空したり、ユラ目掛けてフンを落としてきたりと完全におもちゃにされている。

 ようやく一羽叩き落とした時には、すっかり息が上がっていた。


「アル、そっちはどう……――」


 問い掛けながら振り向いて、そこにアルフォンソがいないことに気づく。

 アルフォンソの姿を探す間もなく、カラスたちの猛攻が再開した。




 どのぐらいの時間そうしていただろう。

 途中、加勢してくれた人たちがいたような気もする。

 けれど、顔も覚えていないくらい必死で物干し竿を振り回していた。


「ユラ、よくやった。あとはオレに任せとけ」


 ぽんと肩を叩かれて、ようやくアルフォンソが戻ってきたのだと知った。

 その瞬間、安堵からか全身の力が抜けた。


「……っ、おい! ここで座ってたら危ないぞ」


 アルフォンソに呼びかけられるが、体は鉛のように重く言うことを聞いてくれない。

 このままではカラスたちの標的にされかねないこともわかっていた。


 そこへ複数の足音が駆け寄ってきた。


「レーベルク戦闘技能訓練所、教官のインハルトだ」

「同じく、訓練生のロバルト」

「よく持ちこたえてくれた。この後は私たちに任せなさい」




 彼らは訓練所の教官たちというだけあって、その後は呆気ないほど素早く収束した。

 マリアンヌは怪我の治療のためイーラと共に訓練所内の医務室に向かい、ユラはアルフォンソに連れられて家に戻った。


 ユラが途中で動けなくなったのは、ただ単に体力が尽きたからだけではなかったようだ。

 昨夜の寝不足が祟ったのだろう。

 ユラは家に着くなりベッドへ倒れ込むと、そのまま眠り込んでしまった。


「虫も殺せないお前にしちゃ、頑張った方だよ。ユラ、よくやった」


 すやすやと寝息を立てるユラに毛布を掛けてやり、アルフォンソは小さく微笑んだ。

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