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望まれぬ英雄 ~虫も殺せない僕が魔王になった理由(わけ)~  作者: 牧田紗矢乃
〈Episode2〉

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-1 あたたかく大きな手

「――……あ、ああ……、……あああぁぁぁっ!!」


 自らの絶叫に目を見開くと、そこには見慣れた天井があった。

 乱れた呼吸を整えながら、それが何度となく繰り返した悪夢であったことを確認する。


 目の前で肉塊と成り果てた母の姿とむせかえるほどの血の臭いは今でも鮮明に蘇る。

 あそこからどうやって逃げ延びたかは定かでないが、事実、ユラは生きていた。


「……どうした? またあの夢か」


 耳障りの良い、優しい声が聞こえた。

 翡翠の瞳が静かにユラを見つめていた。


 隣で眠っていたアルフォンソを起こしてしまったらしい。


 アルフォンソは心配そうな眼差しを向けながら隣のベッドを抜け出して、ユラに寄り添った。

 彼もまた、魔族の襲撃によって故郷を失った一人だ。

 十年が経った今もなお消えぬほど、ユラに鮮烈な恐怖を植え付けた光景を知っている。


「アル……、悪いな。起こすつもりはなかったんだけど。

 僕は大丈夫だ。それより、明日早いんだから……」


 力ない笑いを見透かすように、アルフォンソがユラの頭を撫でた。

 緩いウェーブの黒髪が逃げるようにアルフォンソの指をすり抜ける。

 途中、その指が頭の一点に触れたことを敏感に感じ取った。


 母、デイシアがいつも気にしていた小さな瘤だ。

 両親を失った今、ユラの瘤のことを知っているのはアルフォンソ一人だった。




 父を含め、カンペリエに出稼ぎに行っていた男衆は、村が襲われた時少し手前の峠道にある休息小屋で休んでいたらしい。

 そこも魔族に襲われており、大量の血痕と原形をとどめないほど大破した休息小屋がダルブから逃げ出した人々によって発見された。


 その状況から生存者の存在は絶望視されているという。


 カンペリエに避難していたユラは、アルフォンソの家で世話になっていたらしい。

 らしい、といういい方をするのはアルフォンソと一緒に暮らしていたカンペリエの家も魔族の襲撃を受け、その前後の記憶があやふやになっているからだ。




 ユラの中の漠然とした不安は、夢という形になってたびたび表出した。

 悪夢に飛び起きるたび、アルフォンソはこうして起きて寄り添ってくれる。


 ユラよりも少し大きなアルフォンソの手は肩へ降り、優しく体を抱き寄せた。


「……よせよ。男同士で気持ち悪い」

「強がりは涙を引っ込めてから言うんだな」

「っ、泣いてねぇ!」


 悪態を軽く受け流され、気付かないうちに溜まっていた涙を拭いとられる。

 ひとつしか年が違わないのに、アルフォンソはユラの兄のように振る舞った。


 彼だって、魔族の襲撃で故郷を失った一人だ。家族や兄弟も命を落としている。

 それなのに、アルフォンソが辛そうにしている所を見たことがなかった。


「アルは強いな……」


 思わず本音が漏れた。

 出会ってほんの数カ月だった育ての親を失い、それを夢で見てうなされる自分。


 それと引き換えアルフォンソは弱音ひとつ吐かない。

 それどころか、こうしてユラを慰めてくれている。


「強くはないさ。強ければ、今ごろ仕返しのひとつでもしてる」

「そんなの……僕だって!」

「……だろ? オレたちはまだ弱い」


 アルフォンソの翡翠の瞳に見つめられ、ユラは沈黙するほかなかった。




 かつてユラやアルフォンソが暮らしていた土地は魔族の侵攻に遭い、呆気なく失われてしまった。

 一時は落ち着いていた侵攻もそれで勢いづいたと思われ、今や魔族領は広がる一方だ。


 人間側も押されるばかりではない。

 魔族との戦闘に向けた研究や訓練に力を入れる政策も取られている。

 魔族討伐のための特殊部隊を育成するための機関もあり、そこに所属している者たちは日夜訓練に明け暮れているという。


 ユラとアルフォンソも志願したのだが、入隊は認められなかった。

 資金面さえなんとかなればと言われたが、両親を失った二人にはなかなか厳しい課題だった。

 そのため、二人は日中は仕事をし、その後に仲良くなった訓練生のマリアンヌに訓練の内容を教わっていた。


「落ち着いたようだな。日の出まではまだ二時間ある。休んでおけ」

「あぁ……。悪かったな、アル」

「気にするな。そんなの、お互いさまだろ?」


 軽く笑うと、アルフォンソは再度ユラの頭を撫でた。

 幼子にするような撫で方に、ユラが不服の表情を浮かべる。

 しかし、アルフォンソは構うことなくユラの髪をくしゃくしゃとかき回すと、横になるよう促した。


「……わかってる。僕のことはいいから、アルも寝ろ」


 横目にアルフォンソを見遣るが、彼は足を組んでユラを見つめている。


「なあ!」


 ユラが強めに呼びかけると、アルフォンソは小さく笑って再度ユラの頭を撫でた。

 アルフォンソの体温が頭部の瘤をなぞり、優しく包み込む。

 そのまま自然な流れでベッドへ潜り込んできた。


「おやすみ、ユラ」


 アルフォンソは低く囁くと隣に横たわった。右の手だけは同じリズムでユラの頭を撫で続け、眠気を誘う。

 妙な居心地の悪さに抵抗しようとしたユラだったが、いつしかアルフォンソの手が止まり代わりに静かな寝息が聞こえてきたことで威勢を削がれた。


「……ったく」


 小さく不平を漏らすと、窓に目をやった。

 東の空が薄く白んできている。

 大きなあくびをして、ユラも瞳を閉ざした。

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