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Time Latency  作者: 桐生彩音
シリーズ001
5/14

005

「そういえば……蜘蛛の中には自分から動いて獲物を狩る奴もいたっけ?」

「ますたぁ、いっかいひこ?」

 とりあえず後ろに跳ぶ二人。遅れて彼らがいた地面に、蜘蛛足の先の爪が突き刺さった。

「……成程、腐っても騎士様か」

「どちらかというと、逃げられたのは冒険者時代の経験だ」

 武器を構えるライとミルズ。その横に身を低くしながらも、フランソワーズが再びレイピアを構えていた。その間も、目の前の巨大蜘蛛は複数の眼球を動かし、ライ達と周囲を忙しなく見渡している。

「ミルズ、前に出て戦え。威力的にお前が攻めた方がいい」

「りょうかい、ぶっとばしてみる」

 決めた後は早かった。

 前方に踏み込んで巨大な胴体の下にもぐろうとするミルズを、ライは剣で脚を攻めながら援護した。しかも、フランソワーズの方も指示されるまでもなく援護に回っている。

 二人掛かりの攻撃に気が引かれているところを、ミルズは容赦なく下から掬い上げるように斧を振るった。しかし、先程跳び掛かってきた敏捷(びんしょう)性を如何(いかん)なく発揮され、避けられてしまう。

「だめ、にげられる」

「結構素早いな、くそ……」

 現在、巨大蜘蛛は自らの牙を持ってフランソワーズを狙っている。その合間を縫って、ライは一度ミルズと共に脚を攻撃していた。

「さて、どうするか……やっぱり奥の手を出すか?」

「でもますたぁ、あの人はいいの?」

「ばれないようにやる……しかないだろう面倒臭い」

 そう言って、ミルズにフランソワーズを助けるように指示を出したライは、剣を鞘に納めてから、後ろ腰の武器を取り出した。長短のある鉤型の固まりの短い方を握ると、筒状の長い方を弄り、握りの上の部分を露出させる。

「蜘蛛だから、とりあえずは火でいいだろう」

 腰の革帯(ベルト)に仕込んである金属の筒を一つ摘み、上の部分に開いている穴に差し込む。そして手首を振って元の状態に戻すと、その場に身を低くして構えた。




 戦ってみると、キチンと戦士であると実感できたのは僥倖(ぎょうこう)だったと、フランソワーズは内心そう思いながらレイピアを振るっていた。

 正直な話、戦闘はともかく内面はただの無礼者だと侮っていたからだ。実力は高く女に目がない、腕のある冒険者の典型。

 しかし、町の人間の話を聞く限り、彼にはあまり当てはまらなかった。

 確かに女好きで、平気で金を風俗や飲み屋の女性に落とすような色情魔だが、相手を選んでいる節があった。

 その証拠に、ミルズ以外にも多くの女性を助けているくせに、身体を求めるのはいつも経験があり、かつ嫌悪感を抱かない者に限られていたのだ。

 つまり、処女や強姦により心的外傷(トラウマ)を抱えている者には一切手を出さず、むしろ『いい女になれよ』とばかりに金銭を与えては町の外、比較的安全な地方へと送り出していた。

 強引に身体を求めたことが一つもないのだ。むしろ質の悪い女に騙されたことも多いらしい。なのに彼は酒の肴に笑い話にするだけで、直接的な危害を加えられない限りは見逃している。

 だから、いやだからこそ、多少は遊び慣れている女から慕われ、この町で結構な『顔』になっているのだ。

 実際のところ、その話を信じたのは昨夜、彼が最後に着いた魔法薬の店で朝まで本当に(・・・)眠っていたことを聞いたからだ。普通なら都合のいい女なんてやりたくないとばかりに追い出されるのが関の山だと思っていたのに。

 彼が去った後、その魔法薬の店で彼のことを聞いてみたが、昨日はソファで寝ていただけだったらしい。

『いつものことだよ。昨日はさっさと寝たくて拒否ったら、すぐソファに横になったんだよね』

 昨日は自分のせいで最後までできなかったはずだ。盛った男のことは冒険中によく知っている。にも関わらず彼は、ライ・スニーカーは相手の気持ちを尊重して耐えたというのだ。

『あの人、絶対に誰かを傷つけることはしないんだよね。……だからみんな、あの人のことそんなに嫌いになれないんだよ』

 だからこそ、あの男を見極めたくなった。

 そのためにフランソワーズはここにいる。目の前の敵を討ちにきたライという男を見極めるために。

 そして、合流したミルズと共に巨大蜘蛛の攻撃を(さば)いていると、その疑念は確信へと変わった。

「やはり彼の力がいる……絶対に」




 目の前で倒れ伏せる巨大蜘蛛の頭上、未だに煙を噴く見慣れぬ武器を持つ冒険者崩れこそ、魔王を倒すために必要な人物であると。




「こんなもんか……」

 そう呟くと、ライは手に持っていた長短のある鉤型の固まり、中折れ式の単発銃を操作して空薬莢を吐き出させた。撃ち込んだ火属性の炸裂弾が巨大蜘蛛の脳髄(のうずい)を焼き尽くし、絶命に至らせたのだ。

 幸いにも、皮膚はそこまで強固でなかったのでできた芸当だ。でなければ事前に土系統の徹甲弾で穴を開けなければならなかっただろう。

「改良されたら厄介だな。……まあいいか」

 相手は倒した。仕事は終わったのだ。

 それだけを考えて、ライは銃を後ろ腰に仕舞った。





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