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〈1〉防災訓練

 防災訓練。

 それはその名の通り、災害に備え、いざという時に的確な行動を取れるようにするための訓練だ。

 しかし、それならば何故、その防災訓練のために寮の自室で自習になるのか。その辺りが解せないアーディであった。



 ここ、イグナーツ王国にあるアンスール学園は、国内最大級の学び舎である。

 国の重鎮はすべてこの学園の卒業生であると言っても過言ではない。つまり、この学園を卒業することで将来が開けるのだ。それ故に、この学園に通う生徒たちは良家の子女がほとんどである。


 ただし、時折変わり種が紛れ込んでいるのも事実だった。

 この学園、間口が広いと言うべきなのか、国王が大雑把に許可を与えていると言うべきなのか。


 一年生のアーディ=バーゼルトもある意味では変わり種であるかもしれない。

 本来なら皆と机を並べて勉学に励むような身分ではない。ここに来るまでは、教師を複数つけられてのマンツーマン授業であった。しかし、アーディは幼い頃から目立つことが嫌いだった。


 ひっそりと穏やかに生息していたかった。だから、関わる人間が少ないと落ち着く。マンツーマン授業がアーディには合っていた。


 しかし、それでは協調性が育たたないと危惧した家族の口車に載せられ、学園に通うはめになったのである。


 本名は、アーデルベルト=ゼーレ=イグナーツ。

 イグナーツ王国第二王子。だがしかし、地味で不愛想な顔立ちからそれを察した人間は今のところいない。


 アーディは毎日、楽しい学び舎で楽しい友人たちと楽しく勉学に励んで、いる――と、言ったら語弊があるだろうか。

 きっと、あるのだろう。

 何せ、数少ない友人の最たる者がせっせせっせと問題を運んでくるのだから。



「アーディ、アーディ、ねえ、聞いた? ぼーサイ訓練だってサ」


 変なイントネーションをつけて言うのは、エーベルハルト=シュレーゲル、アーディの(自称)親友である。アーディは誰にでも、『エーベルの親友』という地位を譲り渡してもまったく惜しくはないというのに、誰にも譲れないまま今日に至る。


「近い」


 ノートとアーディの顔の間に自分の顔を滑り込ませたエーベルを、アーディは遠慮なく手の平で潰した。机でゴッと後頭部を打ったが、もともとが紙一重の頭脳の持ち主なので、もしかするとかえって常識的な人間に生まれ変われるかもしれない。


 しかし、アーディがそんな扱いをすると、教室中から悲鳴が上がるのだ。

 何せ、このエーベル、間違いなく男なのだが、見た目はまるで美少女と見紛うような美少年である。光り輝く金髪に青い瞳、白い肌――ただし、残念なことにすぐ奇行に走る。その容姿を台無しにする言動ばかりで、顔がいいからといって許されることはひとつもないとアーディは思うのだ。


 だから扱いは雑なものなのだが、何故だか入学初日から懐かれてしまい、くっついて離れない。そのせいで数々の迷惑をこうむっている。


「聞いた。自習だっていうんだろ?」


 手を放すと、エーベルは机の上からアーディを上目遣いで見た。他の人間にすべきではない破壊力なのだが、アーディには通用しない。


「そうそう、自習。じっしゅっう」


 いちいちイライラするが、反応してやらない。冷ややかに見下す。


「寮の部屋から出るなって話だ。出るなよ。お前、出るなって言われたら出るだろ」

「えー」


 その、えー、というのは、そんなことを言われるなんて心外だという意味か、外出禁止に対する不満の声か、どちらだろう。両方であるかもしれない。両方であってはいけないのだが、両方だ。

 すると、エーベルはアンニュイに溜息をついた。


「外に出るななんて、それじゃあ幽体離脱を身につけなくちゃいけないじゃないか」

「身につけなくていいから、大人しく部屋にいろ」

「うん、わかった」


 真顔でうなずいてから起き上がったエーベルに、アーディが不穏なものを感じたのは、今までの学園生活を思えば致し方のないことだろう。嫌な表情を浮かべた。

 そんな二人を見守っていた――見守っていたのはクラスメイト全員ではあるが――少女一人と一匹がおずおずと近づいてくる。


「後でディルク先生が詳しく説明してくれるよ?」


 控えめに言ったのは、ヴィルフリーデ=グリュンタール。通称ヴィル。銀髪のショートボブに小柄で細身。どこか小動物を思わせる女子だ。人とのかかわりをあまり持とうとしないアーディが親しくする数少ない同級生である。


「防災訓練なんて、ニンゲンは変わったことをしますにゃ?」


 と、カワイコぶって小首をかしげてみせる黒猫はピペルというエーベルの使い魔だ。ただし、猫っぽい外見であるから面倒くさくて猫扱いしてしまうが、実は厳密には猫ではない。猫っぽい何かの魔族だ。

 ついでに言うと、結構なじいさんだ。根はジジ臭いのに、飼い主命令で無理をしてカワイコぶっている憐れな使い魔と言えよう。


「まあ、転ばぬ先の杖っていう言葉があるくらいだ。人間は脅威に対して備えておきたいものなんだ」

「なーァ? そんな訓練して備えるより、災害が怖いなら災害をドーニカする魔術を編み出した方がいいんじゃないの?」


 エーベルの発想ならそうなる。

 それはそうなのだが、自然に対して人が対抗し得ることは確実ではない。


「それができればな。できるようになるまでは訓練も必要なんだろ」


 アーディが言うと、エーベルはふぅん、とつぶやいた。カンジが悪い。嫌な予感しかしない。


 今後、卒業まで何も起こりませんように、とアーディは神様に祈りたくなったが、脳内の神様からは『本気で言ってる? 先、長いよ?』と失笑されて終わった。


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小説家になろう 勝手にランキング ありがとうございました! cont_access.php?citi_cont_id=952058683&s
― 新着の感想 ―
[一言] この作品が再会されてきましたかー! >災害に対して備えて訓練するより、災害をどうにかする魔術を編みだす方がいい なんていう正論! やっぱりエーベルって天才なのかも。 彼が産んだ魔術を一般人…
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